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一
一①
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養護施設を出た後、里帆が向かった先は職場の神社近くにある寮だった。寮と言っても家具家電が一式揃っている、普通のワンルームマンションである。そのマンションの一室が今日から里帆の城となる。因みにここの家賃は給与からの天引きである。
里帆の荷物は少なく、小さなボストンバッグと大きな紙袋の一つだけだった。里帆は部屋の中にボストンバッグを置くと、すぐに大きな紙袋を持って、両隣の部屋へ挨拶に向かった。そうして最後には明日から世話になる神社へ挨拶をする。
神社の境内は教会とはまた違った神聖さを感じなくもなかったが、それでも里帆はここにも神などと言う存在はいないのだろうなと、漠然と思うのだった。
新生活として選んだ巫女という仕事は上下関係と礼儀作法に厳しい世界だった。それでもそこには人間らしさが感じられ、養護施設で過ごした日々よりも断然ましだと思えてならなかった。
幸いにも里帆は先輩の巫女たちにも恵まれており、仕事内容や舞の舞い方まで、一から丁寧に教わることが出来たのだった。
日常生活においても、今まで普通だと思っていたことが、外の世界に出てみると普通ではなかったり、里帆の知らないことが多くあったりした。そんな里帆のサポートをしてくれたのも、同じ寮に住んでいる先輩の巫女たちだった。
そうして仕事を一つ一つ覚えていきながら日々を過ごしているうちに、一人また一人と先輩の巫女が定年退職を迎えていく。巫女の定年退職が早いことを、里帆も就職する前から知っていた。
気付けば神の存在を感じることなく五年の月日が過ぎ、里帆は最年長の巫女として後輩を指導する立場へとなっていた。
この五年間、里帆は祭礼などで舞を披露し、奉納することがたびたびあった。普通の人よりは神に近い場所にいるはずなのだが、それでもいくら舞を奉納したところで、神の存在を感じることはなかったのだった。
(これはもう、私が鈍いのかしら……?)
そう考えない日もなかった。このまま何も感じることなく、自分は巫女の定年退職を迎えるのかもしれない。そう漠然と考えていたある日のことだった。
その日の早朝は里帆が境内の掃除を行う日だった。秋も深まった十月のこの日は、境内にもたくさんの落ち葉が落ちている。里帆は黄色く紅葉した落ち葉を掃き集めていく。
集まった落ち葉を袋へと入れている時だった。突然強い一陣の風が吹いた。里帆は思わず顔の前に手をやる。緋袴が風に揺れた。突風が吹いた僅かな時間が過ぎ、里帆が顔の前の手をゆっくりと下ろしていく。すると目の前にいつの間にか一人の男性の姿があった。
(綺麗な人……。外国人?)
その人物は淡い空色の柔らかそうな髪をしていた。奥二重の瞳の色は黄色だ。トレーナーにジーンズというラフな格好で現れたこの美青年は、落ち着いた印象を里帆に与えた。
「おはようございます。参拝の方ですか?」
里帆は怖ず怖ずと声をかけた。里帆の言葉を聞いた青年は、にっこりと微笑む。
(日本語、通じないのかな?)
里帆がそんなことを考えていると、
「僕はラファエル。君は、里帆?」
ラファエルと名乗った青年は、何故か里帆の名前を知っていた。里帆は咄嗟に後ろへと下がると、ラファエルから距離を取る。そんな里帆の様子でも、ラファエルの笑顔は崩れない。
里帆はじりじりと後ろへと下がりながら、ラファエルとの距離を広げていく。そうしながら、
「ラファエル、さん? どうして私の名前をご存じなのですか?」
里帆の率直な疑問に、ラファエルは笑顔を絶やさずに答える。
「僕は、天使だからね」
(この人、ヤバイ人じゃない!)
里帆は内心で冷や汗をかく。しかしそれを表に出すことはなく、ゆっくりと集めた落ち葉の袋を手にすると、
「ごゆっくり、どうぞ」
そう言って里帆はラファエルに一礼すると、袋を持って足早にその場を後にするのだった。
掃除を終えた里帆は神主の装束の準備に取りかかった。とはいえ、大概のことは後輩の巫女が行っていたため里帆はその仕事内容に不備がないかをチェックしていく。
その後は社務所にて、お守りや絵馬などの授与品の販売準備に取りかかる。しかしその手は社務所の正面にあるベンチの上に腰をかけた人物によって止まることとなった。
「三浦さん、どうかなさったんですか?」
隣で同じように準備をしていた後輩の巫女から声をかけられた里帆は、正面のベンチを指さして言う。
「あの人……」
「え? どの人ですか?」
後輩の巫女はラファエルの存在に気付いていなかった。里帆はなおも指さしたまま、
「ベンチに座っている、外国の方なんだけど」
そう説明するも、
「ベンチ? 誰も座ってなんていませんよ? 三浦さん、疲れているんじゃないですか?」
きょとんと返される。その様子はとぼけているようには見えなかった。
(もしかして、私にしか見えていないの?)
そんな非現実的なこと起きるはずがないと思いながらも、里帆の視線はラファエルと名乗った青年に釘付けになるのだった。
里帆の荷物は少なく、小さなボストンバッグと大きな紙袋の一つだけだった。里帆は部屋の中にボストンバッグを置くと、すぐに大きな紙袋を持って、両隣の部屋へ挨拶に向かった。そうして最後には明日から世話になる神社へ挨拶をする。
神社の境内は教会とはまた違った神聖さを感じなくもなかったが、それでも里帆はここにも神などと言う存在はいないのだろうなと、漠然と思うのだった。
新生活として選んだ巫女という仕事は上下関係と礼儀作法に厳しい世界だった。それでもそこには人間らしさが感じられ、養護施設で過ごした日々よりも断然ましだと思えてならなかった。
幸いにも里帆は先輩の巫女たちにも恵まれており、仕事内容や舞の舞い方まで、一から丁寧に教わることが出来たのだった。
日常生活においても、今まで普通だと思っていたことが、外の世界に出てみると普通ではなかったり、里帆の知らないことが多くあったりした。そんな里帆のサポートをしてくれたのも、同じ寮に住んでいる先輩の巫女たちだった。
そうして仕事を一つ一つ覚えていきながら日々を過ごしているうちに、一人また一人と先輩の巫女が定年退職を迎えていく。巫女の定年退職が早いことを、里帆も就職する前から知っていた。
気付けば神の存在を感じることなく五年の月日が過ぎ、里帆は最年長の巫女として後輩を指導する立場へとなっていた。
この五年間、里帆は祭礼などで舞を披露し、奉納することがたびたびあった。普通の人よりは神に近い場所にいるはずなのだが、それでもいくら舞を奉納したところで、神の存在を感じることはなかったのだった。
(これはもう、私が鈍いのかしら……?)
そう考えない日もなかった。このまま何も感じることなく、自分は巫女の定年退職を迎えるのかもしれない。そう漠然と考えていたある日のことだった。
その日の早朝は里帆が境内の掃除を行う日だった。秋も深まった十月のこの日は、境内にもたくさんの落ち葉が落ちている。里帆は黄色く紅葉した落ち葉を掃き集めていく。
集まった落ち葉を袋へと入れている時だった。突然強い一陣の風が吹いた。里帆は思わず顔の前に手をやる。緋袴が風に揺れた。突風が吹いた僅かな時間が過ぎ、里帆が顔の前の手をゆっくりと下ろしていく。すると目の前にいつの間にか一人の男性の姿があった。
(綺麗な人……。外国人?)
その人物は淡い空色の柔らかそうな髪をしていた。奥二重の瞳の色は黄色だ。トレーナーにジーンズというラフな格好で現れたこの美青年は、落ち着いた印象を里帆に与えた。
「おはようございます。参拝の方ですか?」
里帆は怖ず怖ずと声をかけた。里帆の言葉を聞いた青年は、にっこりと微笑む。
(日本語、通じないのかな?)
里帆がそんなことを考えていると、
「僕はラファエル。君は、里帆?」
ラファエルと名乗った青年は、何故か里帆の名前を知っていた。里帆は咄嗟に後ろへと下がると、ラファエルから距離を取る。そんな里帆の様子でも、ラファエルの笑顔は崩れない。
里帆はじりじりと後ろへと下がりながら、ラファエルとの距離を広げていく。そうしながら、
「ラファエル、さん? どうして私の名前をご存じなのですか?」
里帆の率直な疑問に、ラファエルは笑顔を絶やさずに答える。
「僕は、天使だからね」
(この人、ヤバイ人じゃない!)
里帆は内心で冷や汗をかく。しかしそれを表に出すことはなく、ゆっくりと集めた落ち葉の袋を手にすると、
「ごゆっくり、どうぞ」
そう言って里帆はラファエルに一礼すると、袋を持って足早にその場を後にするのだった。
掃除を終えた里帆は神主の装束の準備に取りかかった。とはいえ、大概のことは後輩の巫女が行っていたため里帆はその仕事内容に不備がないかをチェックしていく。
その後は社務所にて、お守りや絵馬などの授与品の販売準備に取りかかる。しかしその手は社務所の正面にあるベンチの上に腰をかけた人物によって止まることとなった。
「三浦さん、どうかなさったんですか?」
隣で同じように準備をしていた後輩の巫女から声をかけられた里帆は、正面のベンチを指さして言う。
「あの人……」
「え? どの人ですか?」
後輩の巫女はラファエルの存在に気付いていなかった。里帆はなおも指さしたまま、
「ベンチに座っている、外国の方なんだけど」
そう説明するも、
「ベンチ? 誰も座ってなんていませんよ? 三浦さん、疲れているんじゃないですか?」
きょとんと返される。その様子はとぼけているようには見えなかった。
(もしかして、私にしか見えていないの?)
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