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第四章 海底の真相
51.カイケツヘン
しおりを挟む考えをまとめて、呼吸を落とす。
「鯨坂高校で起きた一連の騒動は周到に仕組まれていた。まず、あなたはジェスター様として〈テラリウム〉に潜み、興味を引きそうな投稿で人気者になった。やがて秋になり、〈美術室のピエタ像の前で自撮り写真を撮ると恋が叶う〉という噂話を学内に広めた。こおまで、乙戸辺先輩の手も借りてたそうだね。……〈テラリウム〉で知り合ったんだって?」
乙戸辺も意地が悪い。
彼もネモとは友人で、ともにオンラインゲームに興じるうちに仲良くなったらしい。
ふたりで悪だくみをするのは日常だったそうだ。
「悩み多き年頃の青少年への慈悲で、恋愛相談に乗ってあげてただけ」
「よくいうよ……。ともかく、噂話は順調に拡散され、鯨坂の流行になった」
「なんのために? 僕、べつに名声には困ってないなぁ」
「推測はある。流行りにのるために〈テラリウム〉ユーザーになった生徒は多かった。あなたは、テラリウムに、鯨坂高校の学生からの情報が集まるようにしたかった」
「……なるほどね」
にやりとわらって、犯人は肯定も否定もしない。
「ここからは、おさらい。乙戸辺先輩とあなたは、人造乙女の本体の一件で決定的な仲違いをした。そして第一の事件当日、十月の地震が起きた日――。もうひとりの協力者である真木から連絡を受けて、あなたは学校へ訪れていた。あのとき、校舎に足を踏み入れたんでしょう」
学生たちは体育館に避難していたから、見咎める者はいない。
地震の混乱に乗じて学内に潜入する不審者なんて、そもそも想定していないが、保護者が学校にやってくるのが自然な状況であれば、紛れこむのは容易だ。
「実習棟の三階へと昇る途中で、写真部の部室を覗いたときに、人造乙女の首をみつけた。そこであなたは、悪趣味な思いつきをした。その首をもって美術室に潜入する。扉は開いていたから、置くのは簡単」
ジェスター様は計画犯でいながら、衝動的な行動もとる。計算づくの盤上でときに享楽的な思いつきを実行して、観衆をたぶらかして愉しんでいたのだろう。
「一方、学生たちは体育館に集められていた。待機中の真木はあなたから指示を受け、美術室へと私たちを誘う。……私が真木をひとりで行かせることはないとを見込んでた」
「作品はお披露目をしなきゃね。あの場にきみの名鳥ちゃんがいたのは、いい演出になった。いなくても君は怒り狂ってくれただろうけど――あの事件で着火したろ?」
……思惑に乗せられていたのは自分もだ。
「作品ナンバーゼロ――〈消費される人造乙女〉は思いがけない傑作だったよ。あれは、乙戸辺くんとの合作だ。まったく恋する青少年はいじらしいよねぇ」
「先輩が壊すことまで予測して贈ったの?」
「そうではないな。もっと単純に――よく働いてくれたし、ご褒美のつもりだった」
「ひとの心を考えなさすぎ……」
乙戸辺が〈人造乙女〉を壊し、光梨に〈首〉を見せて、あきらたちとジェスター様が対立する構図をつくりあげた。偶然も働いているが、結果は螺科未鳴の思惑通りだ。
「では、次の講評を。作品ナンバーゼロワン〈水棲少女〉について」
美術室からピエタ石膏像が消失し、〈テラリウム〉に作品の写真が投稿された一件。
「あれは、鯨坂の流行を完結させるために必要だった。学園内には〈ジェスター様は恋をしないものに天罰を与える〉なんて、根も葉もない噂もささやかれ始めてた。これは、あなたにとっては計算外。尾鰭がついた〈ジェスター様〉が自在に泳ぎだしたからこそ、産まれた俗諺。だから事態が大きくなりすぎる前に、流行の発端であるピエタ石膏像を消すことにした」
こちらは美術部も隠蔽に加担している。
〈水棲少女〉はいまも写真部の部室で眠っているのだろう。
「お見事。潮時は見極めておきたかったからね」
ジェスター様はご機嫌だ。顎をゆるりと撫でながら、さも嬉しそうに催促してくる。
「さて。しからば第二の事件――〈リモナイト密室盗難事件〉の解明にはいろうか」
夏織のコンクールへの公募作品が変色した事件――。
あの事件では、あきらも密室の謎に混乱させられた。
だが、それが錯誤だと気づけば、事態は単純だったのだ。
「第二の事件でもあなたは影に潜んでいた。真木はお古の油絵具をイトコからもらったと証言していたけど、これは嘘。親戚で油絵を描いてる人はいないって。なら、あなたが彼女にあげたんだ」
クロッキー帳の走り書きから、真木が顔料の知識を事前に得ていたことは明らかだ。
夏織は納得がいくまでこだわって、丁寧に作品を仕上げる。彼女をよく観察して、リモナイトが鉄系顔料であるといちはやく気づいた真木は、手持ちの画材のなかから雄黄の絵具をつかって賭けに出たのだろう。
画材メーカーが生産している市販の絵具であれば、化学反応を起こしやすい原料同士の組み合わせでも、変色が起こらないように工夫されている。
夏織が、兄からもらった自作の絵具を使っていたからこそ、起こり得た現象だ。
ただし疑問は残る。
油彩に興味をもちはじめたばかりの真木が、そこまで考えつくだろうか。
考ええついたとして、実行するだろうか。
「未鳴。……真木にはなにをさせていたの」
ジェスター様は箱庭にいない。
手足になりうる学生たちを学園内で動かしていたのなら、理由があるはずだ。
「さあてね。真木くんには道化らしく笑いがら、額縁にペンキを塗ってもらってただけ。〈リモナイト密室盗難事件〉のときは、暴走しすぎだったね。こっちで帳尻あわせるために〈テラリウム〉には犯行声明は投稿したけどな」
「とぼけないで。あなたは自分に利があるように立ちまわりながら、一方的な搾取はしない。裏で取引してたはず」
未成年者の孤独につけこみ、心を許したところで取引を持ちかける。
被害者は相手に期待されているという思い込みから、無条件に献身を返す。行われていたのが悪事であれば、それは犯罪者の手口だ。
「最後に〈鯨坂女生徒誘拐事件〉について。あなたは真木の誘拐を計画していた。この場合、ターゲットは真木の両親になるはず。要求は親の愛情と身代金。そんなところかな」
「ははぁ。愛と金か。俗世の汚い単語だな。うーん、たまらない」
「真木誘拐は周到に準備を重ねてから、実行に移してる。そもそも、被害者が共犯者なんだから、ことを運ぶのはたやすい。真木が学校を三日連続で休んだタイミングで、動画を投下し、さも誘拐事件であるかのように仕立てあげる。……でも、それっておかしいよね」
「それは、どうしてだい?」
「矛盾してる。ジェスター様は〈テラリウム〉のカリスマで、大人には観測できない海底でしかヒーローになり得ない。計画に〈テラリウム〉を用いる以上、真木の両親が誘拐に気づくのは遅れて当然。それなら事件を起こす目的……ターゲットは子供になる」
ならば標的は何者なのか。
第三の事件はターゲットを限定していたとする。条件は三つ。
〈テラリウム〉ユーザーである者。そうでなければ、事件を観測できない。
真木とクラスが同じである者。そうでなければ、彼女の連日欠席を確認できない。
鯨坂高校の美術室に訪れたことがある者。そうでなければ、動画の撮影場所が特定できない。
「あれこそ明確に挑戦状だった。……鯨坂高校美術部への」
「それはどうかなぁ。仮にきみの推測が正しかったとして、君たちが大人に告げ口したら、それこそ計画はご破算じゃないかい?」
「あなたが螺科未鳴だと知って、私がすると思う?」
「アキラならやりかねない。良くいえば規範意識が高く、悪くいえば徹頭徹尾に石頭」
「私は冷静でいたいだけだから……」
酷い言われように辟易としてきた。
光梨はともかく、乙戸辺が味方についてくれたのは、真木が失踪したからだろう。
あのときこそ彼は友情を捨て、ジェスター様の傘下から離反してくれたのだ。
「場所を特定するまでは難航したけど、犯行動画の二本目は明らかにヒントだった。動画の右側から、光が差しこんできてたから。ストロボを使った演出――つまり人工の光源ではなければ、自然光だ。そして動画の背景は、美術室の背面だった。だとすると、右方にあるのは東の窓辺」
絵を描くのは、美術の授業中を除けばいつも放課後だった。
夕方。日没前後。太陽が西から差しこんでくる時刻。
「いつ撮影したんだか、って呆れたよ。鍵の管理がなってないなんて、先生たちから怒られたくないんだけど……。美術室の鍵当番は、伝統ある鯨坂高校のなかでは、すでに慣習だから……」
「ははっ! あれまだ残ってたんだもんなぁ! 真木くんから聞いて驚いた驚いた!」
螺科未鳴がお腹を抱えて大笑いしていた。このひとは鯨坂高校の卒業生なのだ。
「真木が鍵当番の週に、早朝に撮影してたんだよね?」
「あ、僕は監督ね? 撮影者はゴーストだ。三脚にカメラを設置してタイマーで録画。僕は道具を貸して指示しただけ。撮影のタイミングでは学内には侵入していないよ?」
「つまり、学校側の許可なく無断使用……」
ネモとして〈テラリウム〉に潜み、あきらに知恵を貸してくれながら。
ジェスター様として学園中を湧かせていた。
「事件が解決してからずっと考えてた。ジェスター様としてあなたが与えようとした報酬が、誘拐事件を起こすことなら。真木があなたに捧げた献身は、何だったのか。そして、あなたはなぜ、鯨坂高校で事件を起こす必要があったのか」
「芸術家だからだろ?」
「それだけじゃ不十分」
「過信されたものだな。僕ってそんなに策略家かな」
「あなたならどうするかって――私はずっと考えてきたから」
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