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翳り

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席に戻ると、トレーを手にしたメイドさんの姿が視界に入った。ハルカさんと楽しそうに話しているのは、エレベーターに乗っていたメイドさんだろう。口元に手を当てて笑う姿は、とてもお淑やかに思える。
 
テーブルに向かっていると、ハルカさんが僕に気がついて「おかえり」と言った。僕が首を上下させたのと同じタイミングで、メイドさんが微笑みながら会釈をする。

「ちょうど来た所だよ」
 
手元に置かれやオムライスに視線を落として、ハルカさんが言う。席に着くと、こんがりと焼けた肉の匂いが鼻孔をくすぐった。
 
値段が張ることもあって、料理のボリュームは相当ある。使われている食器も、高級なものに見えた。

「ごゆっくりどうぞ」
 
メイドさんは膝を曲げて首を傾げると、微笑を浮かべて隣の客席へと移っていった。

「美味しくなる魔法、やらなかったんですか?」
 
ハルカさんの目の前に置かれたデミグラスオムライスには、ホワイトソースが波を打つようにかけられている。アニメなどで描写されるハートマークは書かれていなかった。

「うん。お店によってなのかも」

「ちょっと残念ですね」
 
そう返答したものの、内心少しだけホッとしていた。メイドさんと一緒に魔法の言葉を唱えることに、少しだけ抵抗を覚えていたからだ。それがメイドカフェの醍醐味だとわかっていても、いざ自分も参加する慣れば気恥ずかしさを感じてしまう。

「いただきます」
 
ハルカさんが手を合わせて小さく頭を下げる。後ろで接客しているメイドさんが、その姿を見て微笑んでいた。
 
真っ白な手が伸びて、カトラリーケースに入ったフォークとナイフを掴んだ。

「はい、どうぞ」

「……ありがとうございます」
 
差し出されたフォークとナイフを受け取って、ハンバーグを切り分けていく。表面に切り込みを入れると、肉汁が溢れ出して皿の上に広がった。それほど腹が減っていたわけではなかったが、みるみるうちに食欲は増していった。

「……おいしい」
 
コンセプトカフェの料理とは思えないほど、味がしっかりとしていて中身もぎっしりと詰まっている。こんがりと焼かれた表面の先は、程よく火が通っていて柔らかい。

「オムライスも美味しいよ」
 
ハルカさんはそう言うと、スプーンで掬って「一口食べる?」と聞いた。口元を手で覆いつつ、首を左右に振って

「大丈夫です」と返答する。
 
人から食べ物をもらうのが、なぜだかとても苦手だ。幼稚園の頃から、弁当箱の中身を交換し合っている友人たちをなんとも言えない気持ちで眺めているような子供だった。
 
カツカツと、メイドさんの足音が店内に響く。流れる音楽のせいもあってか、その振る舞いはより一層悠然として見えた。
 
店内は、ファミリーレストランよりも静かだ。
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