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星見さんの気持ち

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前向きな返答を求めているみたいだが、首を縦に降ることはできない。昨日まで不登校だった人が、突然勧誘されて入部できるはずがなかった。

「彼は入りたいって言ってるの?」
 
口を開かない僕の心情を察したかのように、先輩は言った。
 
落ち着きのある雰囲気が消えて、二人の間に緊張感が満ちていく。
 
変化に気がついたのか、星見さんは顔をこわばらせて教室の奥に視線を移動させた。

「……まだ聞いてません」

「まあ、そうだよね」
 
先輩は腕を組んで、呆れた顔でため息をついた。

「友だちを連れてくるのはいいけど、本人の希望がないと私も快く受け入れられないよ」
 
厳しさの中に、少しの優しさを覗かせて言う。完全に突き放そうとはせず、あくまでも星見さんの考えを探っているみたいだ。

「はっきり言うと、興味がない人に入って欲しくないの。運動部と違って毎日練習に励んだりしてるわけじゃないけど、やっぱり部活を好きになってくれる人がいいかな」

「……でも部員のみんなもいい人ばっかりだし、斎藤くんも楽しいと思うんです」

「それはそうだけど。でも楽しいって思ってもらうためには、まず興味を持ってもらう必要があるでしょ? 無理やり連れてきて、入ってくださいって言うのは違うと思うよ」

「……はい」
 
正論を前に何も言えなくなった星見さんは、肩を落として押し黙った。気力に満ちていた顔の影が、だんだんと濃くなっていく。拳をぎゅっと握って、唇を固く結んでいた。

「……沙希ちゃんの友だちだから信頼はしてるけどね。でも、部員が足りないからって理由だけで連れてくるのは少し違うかなって」
 
先輩は小さな頭をゆっくりと撫でて、「ごめんね」と耳元で呟いた。星見さんが首を左右に振って、「私こそ無理言ってごめんなさい」とこぼす。
 
僕たちの関係が友だちと呼ぶかは別として、先輩の気持ちを察することはできた。
 
先輩はこの部活を心から大切にしていて、誰よりも真剣に向き合っているのだろう。

「まぁ結局、入るかどうかは斎藤くんが決めることなんだけどね」
 
首を捻って顔をこちらに向けて、困ったように笑う先輩。厳しく言っていたが、先輩だって好きで言っているわけではないに決まっている。部長として、正しい判断をしただけだ。

「……一応聞くけど、どうする?」

「えっと……」
 
戸惑いながらも断ろうとしなかったのは、偽りの優しさのせいでもなければ、この部活に興味があったからでもない。必死に先輩を説得しようとする星見さんの姿が脳裏に焼き付いていたからだ。
 
なぜ僕を選んだのかという疑問は残っていたが、勧誘することにあそこまで熱量を注がれたことが嬉しく感じてしまった。求められる役割を背負うのは、僕である必要はなかったかもしれないが、それでも学生としての自分が認められたように思えた。

「……取りあえず、少しだけ見ていきます」

「いいの? 嫌ならきっぱり断っても大丈夫だよ?」

「僕もアニメ好きなので、見ていこうかなって思って」

「……本当に?」
 
星見さんはそう言いながら顔を上げると、わずかに開いた口元から白な歯を覗かせた。視線がバッチリと合ってしまい、恥ずかしくなって目を背ける。頬にじんわりと熱が帯びていくのがわかった。

「そっか」
 
雲が晴れた星見さんの表情を見て、先輩が微笑む。
 
感謝の言葉は、将来の部員としての僕に向けられたのか、星見さんの友だちとしての僕に向けられたのかわからなかった。
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