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闇のはじまり
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いつも以上に発達した雷雲は不吉な花が咲くように、辺りで炸裂して華子穂を取り込もうとする。
それから逃れようと華子穂は青い草原を走る。
「かこ、待って!」
背中から届くきっこの声も今の華子穂には聴こえない。
空高く聳える雷雲は、その見かけからは想像のできない素早さで華子穂を追いかける。雲のとった形はまるで人間のようだった。
雲が脈打つように一瞬膨らむと駆けて逃げる華子穂に向けて、緑色の茨のような雷を撃つ。
鋭い一撃は華子穂の右手首を捉える。茨は華子穂を射ても消えることなくその手首に喰い込み捕らえる
逃げられなくなった華子穂へ、雲は次から次へと緑色の茨を撃つ。それらは今度は華子穂の小さな肩や背中を打つと大きな衝撃を与え消えていく。
衝撃は無理矢理に踊らせるように、華子穂の身体を弾く。
たまらず倒れ込む華子穂。
そこへ駆け寄る雲の足元にある草が火を上げ始める。それと同時に雲の背後から黒いものが空を流れてくる。
「黒いもの」は空に浮かんでいるのではなく、空の裂け目のように深い闇だった。
「闇」がぶちりぶちりと、空を喰う。裏腹に草原は赤々と燃える。
「離して!」
華子穂は喚き、暴れるが、手首に巻き付いた茨は執念深く喰い込んで離れない。雲と炎は容赦なく迫る。
青々と輝いていた草原は血のように赤く染まり、樹は叫び倒れて藻掻く。
「きゃーー!!」
華子穂はもう叫ぶしかなかった。
「きゃーー!!」
もう何が叫んでいるのか分からない。草原も樹も、華子穂もみんな叫んでいる。
支援センターに着いたかこちゃんは明らかに様子がおかしく、そしてその訳はお母さんが帰ってすぐ分かった。
「先生。お母さんが叩きます」
「どこを?」
「背中です」
服を捲ってみて友佳は戦慄を覚えた。酷い痣だ。もしかしたら骨折も疑ったほうがいいくらい。
友佳は華子穂を病院へ連れていった。
かこちゃんは賢い。このままやられていたら、いつか殺されてしまうところだったろう。
「かこちゃん、教えてくれてありがとう」
友佳は伝える。
「いえ。なぜお母さんは叩くのでしょうか?」
朝、お母さんといる時は目を白黒させていたかこちゃんも、いまはいつもと変わりないようにみえた。
「分からないわ」
友佳は正直に答える。
「あのひとのことは多分、誰にも」
それにしてもなんて家族だろう。母が母なら、父も父だ。母娘の変化に気づかないなんて。あんな家にかこちゃんを置いてはおけない。
華子穂が診察を受けている間に友佳は児童相談所に電話を掛けた。
休憩中に美咲の作った弁当を食べていると幸介の携帯電話が鳴った。
知らない番号からでも出られるときは出るようにしていた。
「はい」でも、こちらからは名乗らない。
「雨立 幸介さんの電話でよかったでしょうか?」
ぶっきらぼうな男がだらだらと言う。
「そうですが」
「私、〇〇警察の相楽というものです。少しお話よろしいでしようか」
有無を言わせない状況で何が「よろしいでしょうか」なのだろう。相楽と名乗った男は可笑しそうに嗤っているようだった。
でも、幸介が感じたのはただ背筋に漂う悪寒だけだった。でも、それはきっと間違っていない。
美咲に面会したときには夜遅くなっていた。テレビの記者というのは、呼んでもいないのにどうやって嗅ぎつけてくるのだろう。
「信じられないよ」
幸介はこころからそう伝える。
「君がこんなことになるなんて」
美咲はこちらを見て黙っている。
「これからどうなるんだろう……」
「さあね……」
掠れた声で美咲は答える。
「あの子は施設に預けられて、私たちは子どもを失う。それだけだっても考えられるわ……」
美咲の投げやりな態度に突き上げるような怒りが沸く。
「あれだけ愛してたんじゃないか」
「愛なんてものは」
実咲の虚ろな目は無意味に派手なオレンジの床に向けられる。
「ルールの上で成り立っているコミュニケーションの一つでしかないのよ」
「何を言っているんだ」
「もう私では華子穂を愛せない。そう言ってるのよ」
華子穂。カコホ。
まるで異次元の世界の名前のように、その言葉には親しみの欠片もなかった。
「あなたには、何も分からないでしょうけどね」
幸介はぞっとした。皮肉に歪んだ美咲の表情、憎しみと怒りを吐露した言葉。
誰だ、この醜い女は。
こんなに遠くにいってしまっていたのか。
幸介もよく理解した。この女をもう二度と愛せないことを。
それから逃れようと華子穂は青い草原を走る。
「かこ、待って!」
背中から届くきっこの声も今の華子穂には聴こえない。
空高く聳える雷雲は、その見かけからは想像のできない素早さで華子穂を追いかける。雲のとった形はまるで人間のようだった。
雲が脈打つように一瞬膨らむと駆けて逃げる華子穂に向けて、緑色の茨のような雷を撃つ。
鋭い一撃は華子穂の右手首を捉える。茨は華子穂を射ても消えることなくその手首に喰い込み捕らえる
逃げられなくなった華子穂へ、雲は次から次へと緑色の茨を撃つ。それらは今度は華子穂の小さな肩や背中を打つと大きな衝撃を与え消えていく。
衝撃は無理矢理に踊らせるように、華子穂の身体を弾く。
たまらず倒れ込む華子穂。
そこへ駆け寄る雲の足元にある草が火を上げ始める。それと同時に雲の背後から黒いものが空を流れてくる。
「黒いもの」は空に浮かんでいるのではなく、空の裂け目のように深い闇だった。
「闇」がぶちりぶちりと、空を喰う。裏腹に草原は赤々と燃える。
「離して!」
華子穂は喚き、暴れるが、手首に巻き付いた茨は執念深く喰い込んで離れない。雲と炎は容赦なく迫る。
青々と輝いていた草原は血のように赤く染まり、樹は叫び倒れて藻掻く。
「きゃーー!!」
華子穂はもう叫ぶしかなかった。
「きゃーー!!」
もう何が叫んでいるのか分からない。草原も樹も、華子穂もみんな叫んでいる。
支援センターに着いたかこちゃんは明らかに様子がおかしく、そしてその訳はお母さんが帰ってすぐ分かった。
「先生。お母さんが叩きます」
「どこを?」
「背中です」
服を捲ってみて友佳は戦慄を覚えた。酷い痣だ。もしかしたら骨折も疑ったほうがいいくらい。
友佳は華子穂を病院へ連れていった。
かこちゃんは賢い。このままやられていたら、いつか殺されてしまうところだったろう。
「かこちゃん、教えてくれてありがとう」
友佳は伝える。
「いえ。なぜお母さんは叩くのでしょうか?」
朝、お母さんといる時は目を白黒させていたかこちゃんも、いまはいつもと変わりないようにみえた。
「分からないわ」
友佳は正直に答える。
「あのひとのことは多分、誰にも」
それにしてもなんて家族だろう。母が母なら、父も父だ。母娘の変化に気づかないなんて。あんな家にかこちゃんを置いてはおけない。
華子穂が診察を受けている間に友佳は児童相談所に電話を掛けた。
休憩中に美咲の作った弁当を食べていると幸介の携帯電話が鳴った。
知らない番号からでも出られるときは出るようにしていた。
「はい」でも、こちらからは名乗らない。
「雨立 幸介さんの電話でよかったでしょうか?」
ぶっきらぼうな男がだらだらと言う。
「そうですが」
「私、〇〇警察の相楽というものです。少しお話よろしいでしようか」
有無を言わせない状況で何が「よろしいでしょうか」なのだろう。相楽と名乗った男は可笑しそうに嗤っているようだった。
でも、幸介が感じたのはただ背筋に漂う悪寒だけだった。でも、それはきっと間違っていない。
美咲に面会したときには夜遅くなっていた。テレビの記者というのは、呼んでもいないのにどうやって嗅ぎつけてくるのだろう。
「信じられないよ」
幸介はこころからそう伝える。
「君がこんなことになるなんて」
美咲はこちらを見て黙っている。
「これからどうなるんだろう……」
「さあね……」
掠れた声で美咲は答える。
「あの子は施設に預けられて、私たちは子どもを失う。それだけだっても考えられるわ……」
美咲の投げやりな態度に突き上げるような怒りが沸く。
「あれだけ愛してたんじゃないか」
「愛なんてものは」
実咲の虚ろな目は無意味に派手なオレンジの床に向けられる。
「ルールの上で成り立っているコミュニケーションの一つでしかないのよ」
「何を言っているんだ」
「もう私では華子穂を愛せない。そう言ってるのよ」
華子穂。カコホ。
まるで異次元の世界の名前のように、その言葉には親しみの欠片もなかった。
「あなたには、何も分からないでしょうけどね」
幸介はぞっとした。皮肉に歪んだ美咲の表情、憎しみと怒りを吐露した言葉。
誰だ、この醜い女は。
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