かこちゃんの話

けろけろ

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家族

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 「どうかお引き取り下さい」
幸子。いまの時代に二十歳を少し過ぎたくらいの女の子の名前としては珍しい。
しかし、それは奇抜な名前の多い現代の子どもたちを預かる真弓には好感を覚えさせる。
「お願いします」
「申し訳ありません」
 養護施設というのは親を(色々な意味で)失った子どもの最後の砦だ。だから守りが堅い。いや、堅いどころではない。普通なら触れることさえ叶わない。
 それはそうだ。そうしなければ、親が子を殺しにくるような悲しいことも起こるのだから。
 かこちゃんが施設に預けられて、予定されていた「もりのなか」への入園の話は消えてしまった。
この社会福祉法人「愛護園」が運営する児童養護施設「愛護園」は保護している子どもたちを皆同じ園や学校に通わせている。
それも子どもたちを守るためなのだけれど、真弓は諦めるわけにはいかなかった。かこちゃんにはいまこそ、「もりのなか」での生活が必要だと信じていたのだ。
園長先生も同意見で、だからこそ、朝の子どもたちの受け入れを代わってくれたのだ。
 半ば無理矢理にアポイントメントを取っていたとしても、こんな朝早くに訪ねられるのは迷惑だろうけど。
真弓は思った。
でも、正直言って、かこちゃんを自分以外の保育者がみるなんて有り得ない。
 向こうだって真弓と同じように強い意志を持って断っているのだから、その意見を変えるのはとても大変であろうことは想像がついた。
 せめて、話だけでも聞いてもらえれば、かこちゃんのために「もりのなか」での保育が必要であることは分かってもらえるのに。
 真弓は山の中腹の林のなかに拓かれた愛護園を振り返る。朝日がもうすでに熱い。
 「いいところね」
 高く響く鳥の声と混ざって子どもたちと指導員たちの活気のある声が届いくる。

 幸子は焼けた肌が光る幼稚園教諭を帰したあと、急いで担当の「家」に走った。
 真弓と名乗った彼女に失礼なのは分かっていた。けれど、朝から取っ組み合いの喧嘩があり、怪我をした子どももいた。帰ってもらうしかなかったのだ。
 でも、また来るだろうな。
幸子は情熱と美しさを備えた真弓に好感を持っていた。

 「もりのなか」に帰ると園長先生が子どもたちにゴム跳びを教えていた。
とんてん、とんてん、とんてん、とーん
聞いたことのない歌で見本に飛んでみせる園長先生。
 近づいた私にいつも我先に遊びを覚えて、周りに教えるのを使命のように感じている女の子が、「真弓先生おかえりなさい」と少し園長先生から目を離して言う。もちろん、すぐに視線は戻したけど。
それを聞いて周りの子どもたちも「おかえり!」とか「先生おかえりなさい」などと挨拶をする。
 園長先生が踵より少し上に引っ掛けたゴムを交差させて、もう一本のゴムを飛ぼうとしたが、踏んでしまう。
 「あー。残念、もう少しだったのに」
「園長先生すごーい」
子どもたちが口々に感想や歓声を上げる。
「園長先生、どんまい」
使命を帯びた女の子が言う。
「ゆあちゃんありがとう」
園長先生は優しく微笑んで返す。
 この人のようになりたい、そう私は思う。いつもそうだけど、改めてそう思う。何度だって思うのだ。
 「園長先生、どうもありがとうございました」
私は朝の受け入れを代わってもらったことへのお礼を言う。
「いいのよ。お陰で楽しかったわ」
園長先生はいつも以上に晴れやかに微笑んだ。
そして、自分なりにゴム跳びしていく子どもたちを眺めて言う。
「きっと子どもたちに私は、私が思いもしない姿に見えてるのね」
私は森のなかのお地蔵様を思い浮かべる。
「私はですけど」なのでそう伝える。「園長先生が静かな森深くに鎮座するお地蔵様に見えます。いえ、見えるというか、そういうものを前にしたらこんな気持ちだろうなって思います」
「あらあら、怖い」
「えっ」
園長先生は珍しく可笑しそうに優しく吹き出して笑う。
「だって、お地蔵様って、閻魔様の現し世での仮の姿よ」
「いえっ、私は別にそんなつもりではなくてですね」
「分かってるわ。いいの」
でも、もしかしたら間違ってもいないのかも、と考える。時折訪ねてくる園長先生が担任をしたクラスの卒園生たちはみな、口を揃えて園長先生がとても怖かったと言うのだから。
 「それなら、あなたはイルカよ」
突然、園長先生の口から出た言葉にきょとんとしてしまう。
「え?イルカですか?」
「ええ、飛び抜けて速く泳ぐ、形のいいイルカ。そう見えるわ。私には」
話が掴めていない様子の私に付け足す形で言葉を重ねる。最後まで聞いて私はやっと言葉を返す。
「ああ」納得すると同時に嬉しくて、すぐに子どもたちに向かって聞いてみる。
「真弓先生がイルカに見える人!」
ばしっと手を挙げて促す。
「見えるー」と手を挙げる子は一人、「えー」と反抗的な子が大半だった。
「イルカじゃなくてゴリラだよ」
思わず飛んでくる強烈な一撃。
「えー、先生ゴリラは嫌だー」
今度は私がぶりぶりに反抗する。
「私は鹿さんに見える」
「鹿さん?どんな?」
「カッコよくて、かわいい鹿さん」
カッコよくて、が先なのかと少し引っかかったが、ずっとイルカに近い。
「じゃあ、園長先生は何に見える?」
私が訊くとすぐに「お地蔵様」という声が上がった。
他にも「おばあちゃん(亡くなったおばあちゃんが似ていたらしい、とは言ってもこの子が一歳になるかならないかの頃の記憶なので、顔が似ているとか性格がとかというものではないだろう)」、「お坊さん(近くにあるお寺のお坊さんに似ているのだそうだ)」などが上がった。
 面白いことに私の時には出なかった「人間」の喩えが園長先生には多かった。
 これが「人間性」というものかと私は思った。私もはやく子どもたちが人間に喩えてくれるような外から人間性が見える人間になりたい。

 「で、どうだったの?」
保育というのは子どもたちがいる間は流れていくもので、止めたり遮ったりしてはならない。保育が子どもを中心として行うものだからである。
 なので、園長先生と今日の朝のことを振り返るのが子どもたちが帰ってからの時間になってもおかしくない。
「かこちゃんのこと」
園長先生の部屋で私はすっかり疲労してソファの背もたれに身体をあずけて天を仰いでいた。
「ええと、ですね」
まだ今日の保育のことで頭がいっぱいなのと、子どもたちが帰って安心しきっていたので、園長先生から訊かれたことが何のことか思考が取り留めるまで時間が掛かった。
「ええと、それが、話も聞いてもらえませんでした」
「あら、そうだったの」
園長先生がコーヒーの入ったカップをソーサーに乗せて出してくれる。
「何か入れる?」
「いえ、ありがとうございます」
私は軽く頭を下げる。
「でも、あの様子は、たぶん何か問題が起こって急遽話が聞けなくなったのだと思います。だから、また都合を聞いて行ってみます」
「ええ、朝の受け入れなら私がいくらでも代わるわ」
「ありがとうございます」
私はまた頭を下げる。
 妥協はできない。乳幼児期の生活で得られるものは、その人の人生の基礎になる。かこちゃんのことも家庭の事情も知っている自分が保育を行うことは殆ど必然のように感じる。
 「宇宙が」と以前園長先生がいったのは、きっとこのこともすべて含めてのことだったのだ。(正しくは宇宙がこのことを見通していたのだ)
 かこちゃんは必ず「もりのなか」で私がみる。
もはやそれは私にとって、地球を一日に一回回すことや宇宙を正しく運行することと等しかった。

 いけないことかもしれない。こころが荒んでいる「所為」かもしれない。
 幸子は子どもたちのいなくなった「家」を掃除しながら必死に考える。もしくは考えないように努める。
 「お願いします」と言った、あの幼稚園教諭の力強い目。日に焼けた綺麗な腕、背の高い身体に不釣り合いなピンク色の可愛らしいエプロン。
自分にもあの強さがあれば、幸子は強くそう思う。これが憧れだったら何も問題はないのに。
 「愛護園」は静かな山の中腹にあり、子どもたちが学校や園へ出掛けてしまうと静まり返る。
とくに今日は樹々のざわめきも風のそよめきもちいさくて家の中にいると聴こえないので、独りで掃除などしているといろいろと考えるのが幸子の癖になっていた。
 気づくと廊下のランプシェードの埃も、子どもたち(未満児から学童期の子ら)の部屋のごみ箱の中身を一纏めにして集積所へ持っていくのも、洗濯も、みな終わっていた。
ぼんやりしててもしっかり掃除できてしまうのは職業病みたいなものだった。
 もっとやることがあればいいのに。動いていないと考えがはかどらない。
そう思って家の中を見回していると他人行儀な電話が鳴った。

 お母さんは、かこちゃんと一緒にいると、酷いことをするから、離れなくちゃいけない。
寂しいかもしれないけど、私のことを家族だと思ってね。
 そんなことを言われた。
だったら仕方ないか。華子穂は「そういうこと」で今までの「家」とは違うところで過ごしている。
 だけど、どうしてきっこと離れなくちゃいけなかったのだろう。
なんだか、転がるように、朝も夜も滞りなく移っていく様だったのに。
保育園の先生だって、初めは話さないように気をつけてたのに、いつの間にか話さないように気をつけることは何でも話すことと同じことになっていた。
 転がるように、そして、弾むように。
 あの雨の日のように、華子穂は窓に引っ付いて外を眺めている。
黄色いくらいに明るいフローリング、綺麗に可愛らしく飾られた壁。サンタクロースのような格好の子どもたち。(もちろん、それらは華子穂やきっこと違う生き物の子どもだ)
それらはでも、意味というか、華子穂の視界に入っても情報にならない。
ただ、華子穂の身体を透過していく。目に見えない宇宙線のように。
 昨日よりずっと昔、かこはきっこの隣にいた。いまも、その昔のきっこと隣合っている。
だから、何も怖くない。明日よりずっと明日のきっこを向かえにいかなくちゃ。
それは意思や願望ではなかった。じぶんが転がすための予備動作のようなもの。
 窓を開けた華子穂の耳に、さざーーん、さざーーん、と波音が聴こえた。
 はだしで部屋の外へ出る。部屋の外には少し段差があってコンクリートの廊下がある。廊下には年季の入った絨毯が敷かれ、そこを通ってすべての保育室へ出入りができる。日除けがないので廊下は破裂しそうな程暑い。
 華子穂はその廊下も降りて砂の上に立つ。そして、すぐに近くの花壇を囲うブロックへ飛び乗る。そのまま両手を広げてバランスをとり、走り出す。
 ざざーーん、さざーーん
 「ざざーん、ざざーーん」聴こえたままを口に出して園の門より、凸凹に並んだ町より、向こうに目を向ける。華子穂が臨める一番遠くを。
だけれどそこにあるはずの海は見えない。
 おかしいな、と立ち止まっているといきなり後ろから抱きつかれた。
「かこちゃん、お部屋戻りましょうね」
その瞬間、自分のすべてを否定されてしまうようでゾッとし、気づけば保育士の腕を振り解こうと藻掻いていた。
とても信じられないことだけれど、微かに、だけれど絶望に近いほど巨大に、華子穂はもう二度ときっこに逢えない予感を覚えていた。

 死にたくないから生きてる。そんな意欲なら、死を恐れなくなったとき、ふと死んでしまうなんてことも有り得る。
 真弓は悪魔が忍び寄るように迫る夕闇から逃れたくて足早に歩く。もちろん、そんなことは無意味なのだけれど、だけど、そう考えてしまうと絶望してしまいそうで、(私は闇から逃げている)と自分に言い聞かせる。
 父が死んだのはジュニアハイスクールの三年生のときだった。もともと病弱だった。活発で笑いの絶えない父だったのに。大袈裟に眉を上げて格好を付ける父が、娘には可笑しくてたまらなかった。
 日本に戻って母が自殺をしたのはそれから三ヶ月後。未遂とはなったけれど、綺麗で強い母はあのとき死んだ。いや、そんな母は父と一緒に逝ってしまったか。
 まずいな。
真弓は途方に暮れかける。
 闇が滴るとき、音はない。いつの間にか闇が染み込んで、胸のなかに滴り浸していても気が付かないことが多い。
 そういうときは慌ててまずいなと思う。
これはまずいことだ。そう自覚する。
それで闇を抜くことができる。
 ところが今日はそうならない。溢れる闇のせいで夜と自分の境を失う。
(逃げなくちゃ)
いつの間にか真弓は駆け出していた。
部屋に帰って明かりを付けよう。こういう時のために馴染みのない真っ白な強烈に明るい電球を付けている。
それでシャワーを浴びながら湯船にお湯を張る。蛇口を全開まで開けて、どどどどど、と注ぐお湯の音を聞きながら少し温めのシャワーを浴びよう。
湯船で子どもたちのことを思い出しながら独り微笑んで、あがったらオリーブオイルに漬けたニシンの缶詰をツマミに梅酒を飲む。
その後に簡単にサラダを作ってガーリックとトマトのドレッシングをかけて食べる。
トマト!
その単語だけで幸福になれる。
真弓の昔からの好物だ。
プチトマトを七個、サラダに並べよう。
 立ち止まり、上がった息を整えようと膝に手を当てて、荒い呼吸を繰り返す。
すぐに呼吸は整い、気づくと静かな闇のなかにいた。
闇は真弓の輪郭の外側の世界を浸し、もうなかに入ってこようとはしてこない。
それどころか、今の真弓には闇が人の輪郭を侵すようなものには思えなかった。

 鈴木 厳の病室は四階で、窓からは中庭が見える。
「それだから仕事ももう辞めようと思って」
幸介は厳のベッドの側に置いた椅子に座り、風に揺れるカーテンと窓を見つめて言った。
ちょうど今、幸介は厳に罪を犯した美咲と手元から離れていった華子穂の話をしたところだ。
「もう、あんなところにいる意味はなくなったから……」
五度、六度と繰り返した言葉を幸介はまた口にする。何かを確認しているかのように。
 厳は痩せぎすな細い身体から穏やかな気を放ちながら、幸介の言葉が完全に消失するまで待って喋り始めた。
「馬鹿だな」と。
「家族たるものが何なのか、いまのお前は見失ってるぞ」
厳に向き直り黙って聴いている幸介。白血病に冒されて肉が削げても変わらず厚みのある顎のライン。腕に伸びる一本の点滴。
「美咲さんと華子穂ちゃんを救えるのはいまやお前だけなんだぞ。しっかりしろ。自暴自棄になっても歯を食いしばって仕事は続けろ」
「でも、俺には何もできなかった」
後ろめたさで目を逸らせる幸介。弱々しく視線を落とした幸介を眼鏡ごしに見つめる厳。そして言い放つ。
「いや、そんなことはない」と。
「無責任に聞こえるかもしれないけど、お前の家族はこうなる運命だった、そう思えないか。必ずしも健康が健全ではないと僕は思うよ」
まるで子どもの頃から変わらない幸介が保育士を目指すきっかけになった厳のたしなめ方。いつもそうだった。“厳兄ちゃん”は何もかも肯定してしまう。
あんな美咲さえも、救い難く思える華子穂さえも、そしてこんなに不甲斐ない自分さえも。
 幸介は懐かしいことを思い出す。
 “厳兄ちゃん”は近所に住む子どもの一人だった。思い出したのは幸介が小学三年生のときのこと。厳兄ちゃん中学一年、幸介の二人の兄は小学校の五年生と六年生だった。
 あの頃は(まだ)世間が今よりも拓けてて、子どもたちが徒党を組んであらん限りの遊びを尽くした。
 その徒党のなかの最年長者が厳兄ちゃんだった。(その前は巌兄ちゃんのお兄さんがそうだった)
 でも、厳兄ちゃんはリーダーではなかった・・・・・・・・・・
リーダーはウチの長男の陽介。副リーダーが次男の竜介だった。
我儘でケンカばかりのウチの兄二人に伊達町内の二十人弱ほどいた子どもたちはさんざん振り回された。
 しかし、それでもその徒党が分裂しなかったのは、厳兄ちゃんがいつも悪ガキ二人を窘め、支えていたからだった。
 身体があまり強くなかった厳兄ちゃんは、僕らの側のほんの少し小高いものに腰を下ろして眼鏡越しの視線をいつも本に落としていた。塀や突き出た岩、軽トラの荷台や桜の木、僕らが川で遊んでいるときは河川敷に座り、ある時は鶏小屋やガレージの屋根、滝の落ちる切り立った崖の上なんなに足を放り出して座った。
 「ここで遊ぶぞ」上の兄たちがそう言うや否や、いつの間にかそういう所に厳兄ちゃんはいて、僕ら兄弟は厳兄ちゃんが宙に浮かぶことができると本気で信じた。
僕は、いや兄たちもそうであるだろうけど、今でもそう信じている。今だって、そう信じているんだ。
 ある時、兄二人がリーダーの座を掛けて(勝手に)ケンカをしたことがあった。神社前の通りで達磨さんが転んだをするか、範囲無制限の缶蹴りをやるか言い争い、互いに溜まったものを吐き出したのだ。
 場所は子どもらがオバケ村と読んでいた旧商店街で、そこは廃墟ばかりが立ち並ぶ異様なところだった。
 始めは二人のケンカを取り巻いていた子どもらも、さすがに二時間、三時間と過ぎるうちにいなくなり、最後は僕ら兄弟と放棄されたフォルクスワーゲンのワゴンのルーフに座って本を読んでいた厳兄ちゃんだけになった。
 「てめぇ、コロス!」
「やれんのかよ、カス!」
三時間前と変わらぬ罵声を飛ばしながら、それでも顔も拳も血が滲み、服は今思いだすと笑ってしまうほどボロボロだった。
だけれど、当時の僕は何時間過ぎようが目の前の出来事を受け入れられず、小刻みに震えて「やめてよ」「ケガするよ」なんてことを消え入りそうな声で繰り返すばかりだった。
 すると、ふと厳兄ちゃんが車のルーフから軽やかに降り、二人の元へ歩いてきたのだ。
「やめろ」
その一言で二人は手も足も止めた。口も。
「周りを見るんだ」
二人はしかし厳兄ちゃんを見つめるだけだった。
「みんな帰った。当たり前だ。陽介、竜介、お前たちは自分のためにしか戦わなかったんだから」
そう、これが世に言う「9.18」鎌田豆腐店跡の変だ。この一言で人生が変わったのだと、兄二人はこの直後から今に至るまでずっと言っている。
兄達が「厳兄ちゃん」を仏様の如く敬う理由の一つ・・である。
 雷だった。僕も確かに見たのだ。二人の兄の身体を稲妻が突き通していくのを。
動けない二人に厳兄ちゃんは続けた。
「でも、お前らは凄い。自分の誇りを懸けて、倒れることがなかった」そうして僕に視線を向け「幸介、お前も凄い。お前も誇りを懸けて戦ったんだな」そう言い、まるで称えるような高貴な表情で微笑んだのだ。
 高貴……、僕が出逢った人物でそう形容できるのはたった一人だけだ。
 なんと言えばいいだろうか。あの瞬間、僕らはそれまでとは違う存在になっていた。ありきたりな言葉なら「信頼」だろう。
僕らはあの時、信頼を知った。子どもながら、永遠に消えないものがあることを全身で感じたのだ。
 すっかり夜の帳の降りた玄関先で二人の兄は僕に言った。
「もしこの先、何かに迷ったら俺たちじゃなく厳兄ちゃんにつけ」
「お前は馬鹿じゃないんだから、それが正しいんだって分かるだろ」
 阿呆で恥ずかしい兄二人が、その時はとてもカッコよく見えた。
 美咲や華子穂が僕の人生に登場する十年ほど昔、今では悲しくなるほど懐かしい時代の話だ。
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