メイ・ディセンバー ラブ

しまおか

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光輝~②

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 りん姉のお葬式は、彼女の地元ではなく東京の葬儀場で営われた。しかし最低限の人にしか連絡しなかったらしく、こぢんまりとした集まりだった。告別式には、部長になった長谷川さんの姿もあった。
 光輝はその時、彼を見ても怒りが湧くことは無かった。それよりわざわざ遠くから、よく参列しに来てくれたものだと感心さえした。
 隣の課の元課長だったこともあり、あい姉と二人で長谷川部長に挨拶をした。りん姉との関係を知っている光輝達に会ったからだろう。最初は何となく所在無げな態度だった彼だが、式の終りにこっそりと呟くように教えてくれた。
「彼女には、本当に申し訳ないことをしたと思っている。その罪は私もちゃんと感じているんだ。今、私は家族と別居している。部長には昇進したけれど、不倫の件が最近になって突然大阪の支店内で知れ渡ってね。家内の耳にも入ったらしい。問い詰められた俺は、彼女との事を、正直に話した。近々離婚するかどうかの協議をするつもりだ。会社もその後、辞めることになるかもしれない」
 あい姉は驚いて、目を見張っていた。部長は寂しげな笑いを浮かべ、話を続けた。
「でもね、後悔はしていないよ。彼女と会ってからの私は幸せだった。だから彼女を失った今は辛い思いをしているが、それはその代償だから仕方がないし、後悔もしていない。彼女がもういないことは寂しいが、それも運命だと思って諦めるしかないからね」
「これから会社を辞めて、どうされるのですか?」
 思わず光輝がそう尋ねると、部長はいたずらっ子のような表情で軽く舌を出し、
「彼女の後でも追うことにしようかな」
 そう言い残して光輝達に背を向け、お寺から遠ざかって行った。その数日後、離婚した部長が会社を辞めたという社内の噂を耳にした。だがもっと驚いたのは、その後だった。
 何故ならさらに数日後、彼が首を吊って自殺したと聞いたからだ。本当にりん姉の後に続き、この世を去ったのである。光輝達は人の人生というもののはかなさを、改めて思い知らされたのだった。
 
 あい姉はりん姉の死後、ショックを引きずり自分を完全に見失っていた時期があった。光輝もまた引きずられるようにして、嫌なことを忘れ去ろうと一心不乱で仕事に打ち込み、身がぼろぼろになるまで働いた。
 その様子に見かねたらしく、二人は課長から注意を受けた。
「無理はするな、少し休め。体が資本なんだから、そんな仕事の仕方をしていたら、必ず後で反動が来てしまうぞ」
 その直後、光輝は過労により倒れ一時入院することになった。さらに退院後も体調が戻らず、朝から頭痛がひどく動悸がして、顔色も他人から見て明らかにすぐれないため、
「大丈夫か? 今日は早めに帰れ」
と言われる日が続いた。その為会社を休み、病院で再び内科の診察を受けたが、特にどこも悪いところは見当たらないと医者に告げられた。
 だからまた会社に行く。すると体調がすぐれないという繰り返しだった。そんな光輝に、あい姉は言った。
「今度は違う病院に行ってみたら?」
 そこでメンタルクリニックの診察を受け、結局軽いうつ病と診断され、しばらく会社を休むことにまでなったのだ。
 “心の風邪”とも呼ばれ、近年では珍しくなくなったうつ病だが、いざ自分がそんな病気にかかってしまったと判った光輝は、ショックを受けた。
 しかし思い返すと、小学生時代の事件から少しずつ人との距離を置き始めた頃から、心に深い傷を負っていた。その後も数少ない心許し合った友の一幸やりん姉を失い、さらに次長が自死した一連の事件によって、これまでにないほど例えようのない衝撃を受けた。それらの後遺症が、一気に表へと出てきたのかもしれない。
 そんな光輝の寂しく震える心は、人の温もりという名の毛布を一枚、一枚剥ぎ取られたようだった。真っ暗な夜空の下、裸同然の格好で白い雪の中へ放り出されたような寒さを覚えた。
 “風邪”をこじらせた光輝は、会社を休んで医者からもらった薬を飲み、頭の痛みや動悸から逃れる為、布団に潜り込んでひたすら眠ろうとした。
 だがすぐに目を覚まし、また眠るという状態が続く。眠りが浅い為か体もだるく、疲れもまるで取れない。そうした状況の中、徐々に食欲も減退し、ベッドから抜け出せない毎日が続いた。
 そんな時、光輝の部屋を訪れ見舞ってくれたのがあい姉だった。
「余り食べていないみたいね」
 最初、会社帰りに寄ったという彼女はそう声をかけてくれ、大きな鍋一杯のカレーを作ってくれた。香辛料の匂いが食欲を刺激し、久しぶりに食事らしい食事ができた。
 バクバクと食べる光輝の横で、彼女は何も言わず微笑みながら、じっと様子を見てくれた。やがて帰る時は優しく言った。
「沢山作っておいたから。カレーなら明日の朝でもお昼でも、ご飯さえ炊いておけば食べられるでしょ。しっかり食事だけはして、ゆっくり休みなさい」
 それ以上の事は何も言わず、尋ねもしなかった。光輝には、それだけでありがたかった。心の体力が無い今の状態で、あれこれ聞かれたり指図されたりするのは、とても耐えられなかったからだ。
 そんな状況を理解してか、彼女は必要最小限のことだけを告げ、食事を作り、様子だけ見て帰っていく。そんな日が続いた。休日には、
「少し散歩しようか」
と誘ってくれ、近所の公園まで歩き部屋まで戻ったりもした。
 昼食前に一度歩き、また食事を食べさせてから光輝が横になっている間、部屋の掃除を簡単に済ませて夕方近くに起こしてくれた。
「食事前に少し、散歩しようか」
と再び公園まで歩いて帰ってくる。それを何度か繰り返した。夕飯も食べさせた後、
「ゆっくり休みなさいよ。今は休めってあなたの心と体が言ってくれてるの。だからそう言う時は無理せず休むのよ」
 そう告げて、また彼女は帰っていく。そんなことが一ヶ月ほど続き、少しずつ光輝の体調は回復していった。
 頭痛も治まり、動悸もほとんどしなくなった。夜も寝られるようになり、昼間は起きて本を読んだり、日に当たった方がいいからと早朝に散歩をしたりした。
 そうした生活をしていると、医者からは徐々に会社へ通いながら通院を続けてくださいと言われたのだ。結局二カ月ほどの疾病休暇を経て、光輝は会社に復帰することができた。
「お帰りなさい」
 あい姉は職場でそう笑って、温かく迎えてくれた。他の職員達も気遣ってくれ、とても優しくしてもらった。おかげで光輝は、今までよりも仕事に取り組むことができたのだ。
「おい、無理するなよ」
 時々課長から、そう釘を刺されることもあった。だが長い休みの間、凍えていた心に何重もの温かい毛布をあい姉にかけ続けてもらったおかげだろう。すっかり立ち直ることができていた。
 また会社復帰してから一カ月後、光輝の部屋であい姉と二人で快気祝いをした時、
「元気になってくれて本当に良かった。一幸やりんに続いて光輝までいなくなったら、今度は私がおかしくなっていたかもしれない。ありがとう」
 突然、ポロッと涙を流し彼女が呟いた言葉を聞いて、光輝は胸が熱くなった。そこでこの人の為にも、自分は元気に働き続けよう。彼女が寂しい時、困った時は必ず力になろう、と何度も心に誓ったのだ。
 光輝は初心に戻り、自分の為でなく人の為に生きることで活力を生み出したのだ。この人に喜んで貰おう、この人を楽しませよう、悲しませないようにしよう。この人を大切にしよう、この人の心を温かくしよう、傷つけないようにしよう、守ってあげよう。
 そう想う自分の心が喜び、楽しめ、悲しまずに済むのだ。大切にされ、心温かく守られるのだということを、光輝はあい姉に改めて教えられたように思う。
 人は自分の為だけに生きるよりも、人の為に生きる方が強くなれる。それが愛する人であれば、尚更だった。光輝はあい姉に心を救われたのだ。また彼女も光輝がいることで、心の安静を支えられているのだと気づいた。
 もちろん彼女の前に、心の安らぎを与える別の男がまた現れるかもしれない。光輝の前にも、彼女以上に想える相手がこの世にいるかもしれない。
 だがそれまで光輝は今まで通り自分を磨きながら、自分が想う相手を支えられるような男になる為に努力し、あい姉のことを見守っていこうと決心したのだった。
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