遺族は何を思う

しまおか

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第三章~辻畑③

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―感謝されないと書いたが、有難うと言って欲しくなどない。ただ何をしても文句ばかりでは腹が立つだろう。毎日夫や子供に食事を作る主婦が、毎回まずいとかもっと旨く作れと言われ続けて我慢できるのか。一生懸命働き家計を支えているのに、パートにも出ない専業主婦にもっと稼いで来いと言われ続けた場合でも我慢しろというのか―
―介護だけではないだろうが、母が辛く当たる毎日に嫌気を差し妻が去ったのは事実だ。父が防波堤となっていた頃は嫁姑間で対立はなく、夫婦関係も良好だった。けれど父が亡くなり母の介護をし始めおかしくなったから、明らかに介護が主原因なのは間違いない―
―父は母に虐げられてなどない。元々暴走しやすい性格の母を父が窘めていただけだ。その箍が外れ、好き勝手言い始めたに過ぎない―
―子供なら親の面倒を看なければならないというのはおかしい。ましてや我慢するのが役目というのも間違いだ。世の中には毒親と呼ばれる人が大勢いる。子に暴力を振るい虐待する親も後を絶たない。それでも受け入れなければならないのか。逆らえず命を失った者もいる。ある日爆発して反撃し、最悪の場合は親を殺す場合もある。それでもいいのか―
 批判や誹謗中傷の書き込みに腹を立て、ストレス発散のつもりが逆効果になりかけた。けれど論争の中に常々思っていた怒りや疑問等を織り交ぜ発信する行為が、不満の解消にもなるとも気付いた。それからは当初の目的を忘れ、愚痴や不満をぶつける作業に没頭していったのである。これまでほとんど語らなかった妻についても触れた。
―結婚すると決め妻を両親に紹介した時、二人はとても喜んだ。どちらかと言えば父より母の方がいい嫁を見つけたと褒めていた。当初別居していたので住む場所は少し離れていたけれど、気も合ってよく長電話をしていた。母は私とより、妻との会話が楽しかったらしい。だが結婚して数年後に子供が産めないと分かった時、母は苛立ち始めた。関係が悪化したのはその頃からだ―
―夫婦間でも孫の顔を早く見せたいと話し合っていた。その気持ちが伝わったのか、なかなか出来なくて申し訳ないという妻の言葉に、母は焦らなくていいからと言っていたのだ。なのにやがて業を煮やし、病院へ行けと言い始めた。結果妻が不妊症と分かると態度は急変した。子供が産めないなどとんでもない。裏切られた。息子には何の問題も無いのに。日頃から不摂生していたのだろう。子供の頃からおかしなものを食べていたに違いない。そんな娘に育てた親もどうかしている、とまで言い始めたのだ―
―仲が良かったはずの嫁姑関係は完全に崩壊した。父がそんな母の暴言を諫め、しばらく連絡をさせないよう説得してくれた。おかげで改善しなかったものの、決裂までには至らず小康状態を保っていたのだ―
―けれど父が病に罹り亡くなった。そこから哀しみのストレス発散の為か、父という砦が無くなり自由になったからかは知らないが、母の妻に対する非難が再発した。ことあるごとに連絡してきたと思えば、激しく責め立て始めた。妻もしばらく我慢していたが、限界を感じたのだろう。反論するようになり、罵り合ったまま電話を切る事が増えたのだ―
―私は妻の味方をした。明らかに母が悪いからだ。言い分は感情的で理屈も何もなかった。いくら実の母とはいえ、破綻した論理でがなり立てるだけの主張など聞くだけ無駄だ。相手にしなくていいと妻には伝えていた。彼女もそれで納得してくれていたのである。―
―だが厄介な事に、高齢となった母の足腰が弱り一人暮らしするのは難しく、介護が必要になった。そこで施設に入るよう促したが、母は絶対嫌だとごねた。しかも親の面倒を看るのは子の務めだ。誰のおかげで大きくなったとまで言い出し、近所の人達にも親不孝な子だと不満をまき散らし始めた。その為止む無く嫌がる妻を説得し引き取ったー
―他にも姉弟がいたが、それぞれ訳あって私しか引き取り手が無かった。その上仕事に忙殺され家を空ける時間が長かった為、母の世話は実質、妻の役目だった。母はその点にも不満を持った。あの嫁に面倒など見て欲しくない。でも他に行くところがないから我慢するんだ。全く悪びれず誰はばかることなくそう公言した―
―介護といっても寝たきりで無く、下の世話も必要ない。時間はかかるが、買い物に出かけ食事も作れる。問題は入浴だ。以前誤って転倒し激しく頭部を打ったことで、他人の手を借りなければできなくなってしまい、その手伝いが妻の仕事になった。早く帰宅出来た時は私がやったけれどそう多くない。やがて同じ空気を吸うだけでも嫌な相手の体に触れ、その都度文句を言われ続けるのは耐えられないと妻は言い出した。よって毎日入りたがる母に抵抗し、三日に一度で済ませた―
―しかし同居から一年後、限界を感じた妻に離婚を迫られた。その際彼女は私を嫌いになったのではないが、母と一緒に住むのは無理だと言った。我儘だけど子が産める若い人と再婚できるから別れた方がいいと謝りながら泣かれた―
―離婚したくなかったが、言い分は理解できた為に印を押した。母は喜んだ。子が産める健康で若い女と結婚すれば良いとまで言った。私は怒った。母のような人がいる家に来てくれる女性なんていない。今度の嫁にも入浴の世話をさせ、愚痴を言い続けるのか。そう言うと母は反論した。子を産める女なら言わない。孫が生まれたら私が面倒を看る。手伝って貰うのは入浴の時だけだから、とー
―世の中、そんなに甘く単純ではない。私は妻を嫌っておらず、また不幸になる確率が高い状況で再婚する気などなれなかった。それ以前に仕事で忙しい中、婚活など出来るはずもなく、仕事が早めに終わっても母を入浴させなければならないのだ。もちろん毎日入浴はさせられず、三、四日に一度が精一杯だった。だが夏場はどれだけ疲れていようと遅くなろうと、帰宅して入浴させなければ機嫌が悪い。それでも感謝どころかもっと早く帰ってこい、丁寧に扱えと愚痴を吐かれ続けるのだー
―暴言は私にだけでない。あんな女と結婚したのが間違いだったと、元妻の悪口もある。他の姉弟がもっと良い暮らしをしていればこんな目に遭わずに済んだと、苦労しまた不幸な目に遭った彼女達まで罵った。それを耳にした際、私は何度激怒しただろう。それでも放り出せず、地獄の暮らしを六年以上続けている。このままではいずれ、自分の体や精神が崩壊してしまう。そうなれば母と二人で共倒れだ。それもいいと考える時もある―
 次々と湧く怒り、不満、愚痴は止まらなかった。途中からおかしなコメントへの反論を無視し、具体的な状況説明と自らの想いを込めた書き込みに没頭した。すると不思議にも、批難や誹謗中傷コメントは激減した。代わりに同情や励ましの書き込みが増え、また辻畑よりさらに深刻な境遇で苦労している人達の聞いて下さい、知って下さいと願う記載が次々と連なったのだ。
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