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第七章~並木⑦
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ずっと黙っていた的場が突然そう告げた。目を見開いた白木場がわなわなと震え出す。その様子から、家の中には多くの証拠が残っているのだろうと思われた。もしそれらが警察の手に渡れば、逮捕は逃れられないと気付いたようだ。よってまだ反論を続けた。
「ちょっと待て。二つは分かった。どうせ俺の車が事件の日に近くを通っていたと防犯カメラで捉えていたんだろう。だがそれだけで容疑者扱いし家宅捜索なんてできるはずがない。お前達が言うもう一つとは何だ」
その問いにも的場が答えた。
「岐阜の件に関わった人物とあなたが連絡を取っていた形跡を発見しました。特殊なアプリを使用しているからと油断したのでしょうが、発信側と受信側を特定できれば通信履歴を辿るのは難しくありません。それが誰か、あなたはもう分っていますよね」
「ま、まさか」
白木場は信じられないものを見るような目で一点を凝視した。それを見て彼は頷いた。
「そうです。吾妻瞳を拉致し殺害したのはあなただ。しかし山中に運び埋めたのは別人です。あなたはこれまで事件に関わった依頼主を別の事件の実行犯または情報提供者として利用してきた。今回も同じく指示して死体を運び埋めさせた。鍛えていてもさすがに七十歳と高齢のあなたが成人女性の死体を山中に埋めるのは大変だからでしょう。違いますか」
「お、お前、正気か」
白木場の言葉を受け、彼が大きく頷いた。
「もちろん正気さ。あんたは勘違いした。犯罪に協力させれば追及の手を緩めると思ったのだろう。それは違う。私はずっとこの時を待っていた。事件を追い続ければいつか再び連絡が来て事件に巻き込むに違いない。そうすれば逮捕できる機会が来る。そう判断し私は死体を埋める指示を受けたんだ」
並木は耳を疑い、思わず問いかけた。
「ちょっと待って下さい、辻畑さん。あなたが岐阜の事件の共犯者だったんですか」
彼は申し訳なさそうに頷いた。
「黙っていて済まない。的場さんには伝えていた。これも白木場を逮捕する為だったんだ」
本部に内緒で囮捜査をし、闇サイトを通じて母親を殺すよう依頼した形となった責任を取り彼は警察を辞めた。記者となったきっかけは、日暮美香が殺された事件の際に他でも似た案件があると教えてくれた女性記者だった。
というのも一連の事件が合同捜査になった際、秘密裏に情報交換をしていたからである。彼女はかつて貧困家庭に育ち、父親からDVを受けていたらしい。それでも生きる為、しがみつくように親のいいなりだったようだ。その為指示されて万引きをし、補導されたこともあったという。
しかしその後母方の親戚に保護され無事大学まで進学。親と別離し大手出版社に就職も出来たのだ。けれど入社後音信不通だった父親が金をせびりにくるなど問題が起き、止む無く退職しフリーとなった。そんな経験があり一連の事件に一早く目を付けたに違いない。
だがある日交際中の男性との間に子供が出来結婚した為、しばらく記者の仕事から離れると挨拶に来た。その為尾梶達はそれまで取材してきた内容が余りに詳細だから勿体ないと引き止めた。
そんな頃辻畑の退職が決まった為、彼女の取材を引き継いで自分がフリー記者となり、一連の事件の取材を続けると彼は宣言したのだ。そして辻畑明の左側の部首を外した十田月という一見女性と思わせる筆名を使い、事件を追い続けてきたのである。
マスコミ関係者である彼が一千万円という警察と事件関係者しか知り得ないキーワードを知っていたのはその為だ。あの事件の後、実は母親と和解していたと聞いた。だから彼は闇サイト運営者や実行犯を恨む執念が、誰よりも強かった事はよく理解している。だが自ら犯罪者になる覚悟までしていたとは全く想像すらしていなかった。
驚きの余り言葉を失っていた並木をよそに、彼は話を続けた。
「私はあんたのサイトに誘導され、意図せず母を殺された。しかも金を置かれ依頼主となった。その時誓ったよ。警察は辞めても絶対にあんたを許さないとな」
「待て。何の話か分からん。私を犯人に仕立てようと、元刑事が記者になりこんな茶番をしかけたんだろう」
認めない彼を辻畑は鼻で笑った。
「もう諦めろ。記者となり事件を追い続ければ、いずれ必ず元依頼主の私に接触してくると予想した。それがどんな形であれ機会がくれば必ず付け込む隙ができる。警察を辞める時、的場さんに全てを打ち明けスマホに特殊な仕掛けを施した。あんたとやり取りが始まれば分かるようバックドアを仕掛けていた」
再び目を丸くした。並木は全く知らされていなかった。それに彼が退職してから五年経つ。それ程の期間、ずっと警視庁の監視下にいた事実に鳥肌が立った。執念というよりは怨念に近い。しかも彼は白木場を逮捕する為に死体遺棄の罪まで背負ったのだ。
「それがここに来てやっと実を結んだ。吾妻瞳という一連の事件における例外が現れ、その現場近くであんたに情報を流す俺がいた。だからあんたは死体遺棄の役目も私に指示したのだろう。五年も蠅のようにたかるフリー記者が邪魔だと思ったはずだからな」
辻畑に続き、的場が話始めた。
「いずれ彼を処分しようとする動きがあると我々は警戒した。しかし元刑事だから簡単にいかないと考えたようだな。だから取り込もうとしたのだろう。まさしく飛んで火にいる夏の虫だ。先程言った状況証拠に加え既に済ませた彼のスマホの分析結果と、やり取りを記載した自筆メモのおかげで裁判所から家宅捜索令状が取れた。ここにあるパソコンや通信履歴を調べれば、ありとあらゆる証拠が出てくるだろう。もう逃げられないぞ」
その言葉に並木はドキリとした。辻畑の事件から五年経ちながらもかつての依頼主として接触し犯罪の片棒を担がせたのだ。辻畑のIPアドレスなど個人情報を把握し、どこにいてどんな生活をしているかまで掴んでいなければできない行為である。その事実から、予想通り事件に関わったあらゆる人物達の情報も全て蓄積しているに違いない。
つまり家宅捜索すれば過去の事件を辿れるだろう。中には警察が把握していない事件も数多くあるはずだ。殺人に時効は無い。そうなると相当数の逮捕者が見込まれる。
並木の考えが伝わったらしい。辻畑がこちらを向いて言った。
「そう。俺の母を殺した実行犯の情報も見つかるはずだ。それだけじゃない。並木、いや尾梶と呼んだ方がいいな。お前の祖母が亡くなった事故についても明らかになるだろう」
「ちょっと待て。二つは分かった。どうせ俺の車が事件の日に近くを通っていたと防犯カメラで捉えていたんだろう。だがそれだけで容疑者扱いし家宅捜索なんてできるはずがない。お前達が言うもう一つとは何だ」
その問いにも的場が答えた。
「岐阜の件に関わった人物とあなたが連絡を取っていた形跡を発見しました。特殊なアプリを使用しているからと油断したのでしょうが、発信側と受信側を特定できれば通信履歴を辿るのは難しくありません。それが誰か、あなたはもう分っていますよね」
「ま、まさか」
白木場は信じられないものを見るような目で一点を凝視した。それを見て彼は頷いた。
「そうです。吾妻瞳を拉致し殺害したのはあなただ。しかし山中に運び埋めたのは別人です。あなたはこれまで事件に関わった依頼主を別の事件の実行犯または情報提供者として利用してきた。今回も同じく指示して死体を運び埋めさせた。鍛えていてもさすがに七十歳と高齢のあなたが成人女性の死体を山中に埋めるのは大変だからでしょう。違いますか」
「お、お前、正気か」
白木場の言葉を受け、彼が大きく頷いた。
「もちろん正気さ。あんたは勘違いした。犯罪に協力させれば追及の手を緩めると思ったのだろう。それは違う。私はずっとこの時を待っていた。事件を追い続ければいつか再び連絡が来て事件に巻き込むに違いない。そうすれば逮捕できる機会が来る。そう判断し私は死体を埋める指示を受けたんだ」
並木は耳を疑い、思わず問いかけた。
「ちょっと待って下さい、辻畑さん。あなたが岐阜の事件の共犯者だったんですか」
彼は申し訳なさそうに頷いた。
「黙っていて済まない。的場さんには伝えていた。これも白木場を逮捕する為だったんだ」
本部に内緒で囮捜査をし、闇サイトを通じて母親を殺すよう依頼した形となった責任を取り彼は警察を辞めた。記者となったきっかけは、日暮美香が殺された事件の際に他でも似た案件があると教えてくれた女性記者だった。
というのも一連の事件が合同捜査になった際、秘密裏に情報交換をしていたからである。彼女はかつて貧困家庭に育ち、父親からDVを受けていたらしい。それでも生きる為、しがみつくように親のいいなりだったようだ。その為指示されて万引きをし、補導されたこともあったという。
しかしその後母方の親戚に保護され無事大学まで進学。親と別離し大手出版社に就職も出来たのだ。けれど入社後音信不通だった父親が金をせびりにくるなど問題が起き、止む無く退職しフリーとなった。そんな経験があり一連の事件に一早く目を付けたに違いない。
だがある日交際中の男性との間に子供が出来結婚した為、しばらく記者の仕事から離れると挨拶に来た。その為尾梶達はそれまで取材してきた内容が余りに詳細だから勿体ないと引き止めた。
そんな頃辻畑の退職が決まった為、彼女の取材を引き継いで自分がフリー記者となり、一連の事件の取材を続けると彼は宣言したのだ。そして辻畑明の左側の部首を外した十田月という一見女性と思わせる筆名を使い、事件を追い続けてきたのである。
マスコミ関係者である彼が一千万円という警察と事件関係者しか知り得ないキーワードを知っていたのはその為だ。あの事件の後、実は母親と和解していたと聞いた。だから彼は闇サイト運営者や実行犯を恨む執念が、誰よりも強かった事はよく理解している。だが自ら犯罪者になる覚悟までしていたとは全く想像すらしていなかった。
驚きの余り言葉を失っていた並木をよそに、彼は話を続けた。
「私はあんたのサイトに誘導され、意図せず母を殺された。しかも金を置かれ依頼主となった。その時誓ったよ。警察は辞めても絶対にあんたを許さないとな」
「待て。何の話か分からん。私を犯人に仕立てようと、元刑事が記者になりこんな茶番をしかけたんだろう」
認めない彼を辻畑は鼻で笑った。
「もう諦めろ。記者となり事件を追い続ければ、いずれ必ず元依頼主の私に接触してくると予想した。それがどんな形であれ機会がくれば必ず付け込む隙ができる。警察を辞める時、的場さんに全てを打ち明けスマホに特殊な仕掛けを施した。あんたとやり取りが始まれば分かるようバックドアを仕掛けていた」
再び目を丸くした。並木は全く知らされていなかった。それに彼が退職してから五年経つ。それ程の期間、ずっと警視庁の監視下にいた事実に鳥肌が立った。執念というよりは怨念に近い。しかも彼は白木場を逮捕する為に死体遺棄の罪まで背負ったのだ。
「それがここに来てやっと実を結んだ。吾妻瞳という一連の事件における例外が現れ、その現場近くであんたに情報を流す俺がいた。だからあんたは死体遺棄の役目も私に指示したのだろう。五年も蠅のようにたかるフリー記者が邪魔だと思ったはずだからな」
辻畑に続き、的場が話始めた。
「いずれ彼を処分しようとする動きがあると我々は警戒した。しかし元刑事だから簡単にいかないと考えたようだな。だから取り込もうとしたのだろう。まさしく飛んで火にいる夏の虫だ。先程言った状況証拠に加え既に済ませた彼のスマホの分析結果と、やり取りを記載した自筆メモのおかげで裁判所から家宅捜索令状が取れた。ここにあるパソコンや通信履歴を調べれば、ありとあらゆる証拠が出てくるだろう。もう逃げられないぞ」
その言葉に並木はドキリとした。辻畑の事件から五年経ちながらもかつての依頼主として接触し犯罪の片棒を担がせたのだ。辻畑のIPアドレスなど個人情報を把握し、どこにいてどんな生活をしているかまで掴んでいなければできない行為である。その事実から、予想通り事件に関わったあらゆる人物達の情報も全て蓄積しているに違いない。
つまり家宅捜索すれば過去の事件を辿れるだろう。中には警察が把握していない事件も数多くあるはずだ。殺人に時効は無い。そうなると相当数の逮捕者が見込まれる。
並木の考えが伝わったらしい。辻畑がこちらを向いて言った。
「そう。俺の母を殺した実行犯の情報も見つかるはずだ。それだけじゃない。並木、いや尾梶と呼んだ方がいいな。お前の祖母が亡くなった事故についても明らかになるだろう」
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