音が光に変わるとき

しまおか

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転機~③

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「職場の上司としては、三年で辞められるのは正直困りますね。飯岡は真面目に働いていたので職場での戦力としてもこれから、という期待をしていましたから」
「怪我等でクラブを続けられなくなった選手でも、仕事を続けている者はいますよね」
 監督がそう話を促すと、上司は強く頷いてさらに別の提案まで出してきた。
「確かにいます。もちろんその人物の職場での能力を加味してのことですが、飯岡なら大丈夫でしょう。だから彼が仕事を続けることは問題ないと思います。でもそれだけだと、もったいないとは思いませんか。彼はただフットサルを辞めるだけじゃない。ブラサカに転身して、しかもうちのクラブで活躍した力を持って、日本代表を目指すのでしょう? 会社としても、宣伝効果は見込めると思うんですけどね」
「確かに会社がうちのクラブのスポンサーになっていただいている意味から考えても、今後の新しい戦略の一つとして、飯岡が所属するブラサカチームに会社として応援するという手があります。しかも里山選手という抜群のマスコミ効果が見込める選手がいますから。なんならうちの会社が、飯岡とセットで囲い込めるといいんですけどね。そうなれば八千草のブラサカチームは設立されたばかりですし、地元地域への貢献と福祉への支援という名目もできます。宣伝効果は十分見込めると思いますよ」
「前に監督は里山選手がマスコミに騒がれ始めた頃にも確か、そういう提案をされていましたよね。残念ながらあの頃の彼女の扱いは、ワイドショー的な側面があってリスクもありました。そこで会社も後援するには時期尚早と判断し、保留になりましたね。しかし今なら飯岡を全面押しにして、里山選手はついで位に扱えばリスクを減らせるじゃないですか。飯岡が日本代表入りする可能性は高いでしょうし、女子のブラサカはあの頃よりもずっと本格的に活動しているようです。少なくとも日本女子の代表選抜を待つよりも、飯岡がパラリンピック日本代表選手として決まれば、それだけでもいい宣伝になると思います。しかも障害者に対する支援にもなる、となれば社会的イメージは悪くない」
「いきなり里山選手押しで、ブラサカという障害者スポーツ支援をしだすと売名行為と言われかねません。ですがあくまでうちに所属する飯岡が転身するからと言えば、いい口実になるかもしれませんね。いやそっちの方がいいな。彼女は前回の時に名前を売り過ぎましたから、飯岡とセットでその辺りの批判を相殺できればいいかもしれません」
「じゃあ早速、上の方に掛け合ってみますか。監督も一緒に来ていただけると助かります。まずは広報を担当している、総務部長あたりから攻めてみましょう」
「総務部長とは私も懇意にしていますし、話を最初に持っていく相手にはいいですね」
「ではよろしくお願いします」
 そう言うと上司と監督は二人とも立ちあがり、そのまま部屋から出ていこうとする勢いだったので巧は慌てて声をかけた。話の展開が余りにも突然で意外な方面に進んでいたことに困惑を隠しきれなかった。
「あ、あの、話が唐突過ぎてよく判らないのですが、結局僕はどうすればいいんですか? しかも里山にはこの件について何も言ってないので、いきなり僕とセットでと言われても、」
 だが巧の話は途中で上司に遮られた。
「まあ、飯岡君の考えと説明は今聞いたから。今後どうするかは、こっちで話を進めて検討してみる。それまで君は待ってなさい。少なくともまだ三月末ではないし、辞めることも認めたわけじゃない。だから君は引き続き職場に戻り、仕事をしてください。クラブの方は今、シーズンオフでしょう。だったら体を休めるなり、体がなまらない程度に軽く自主練習でもしていればいい。それでいいですね、監督」
「はい。ああ、チームの他のメンバーには、正式にこっちの話が決まってから説明するからそれまで絶対黙っていろよ。去年と同様、今まで通りのオフの過ごし方でいいから」
 そう指示すると二人は外に出ていった。部屋に他のコーチと一緒に残された巧は、茫然とするしかなかった。そこでコーチの一人が声をかけてくれた。
「良かったじゃないか。まあ飯岡がフットサルから引退して、チームを辞めるのは残念だ。でもあの調子だと、このまま会社にもいられそうじゃないか。話がうまくまとまれば、会社と別途スポンサー契約を結べるかもしれないぞ。しかも里山選手と一緒にな」
 するとまた別のコーチが、横から話に加わった。
「聞くところによると、里山選手の家はいろいろあったけど、そのおかげでと言ってはなんだが経済的に裕福で、今は働かずにブラサカをやっているんだろ? でも後見人は祖父母だっていうじゃないか。それだと将来的には困るだろ。それをうちの会社がスポンサーになる話になったら、ブラサカを続けていくにしても少しの助けにはなるんじゃないか? 今までだって、貯蓄を切り崩しながら遠征しているんだろ?」
 巧はそう尋ねられたので、知っている範囲内で答えた。
「確かに全て自腹ですね。彼女の祖父母の家も比較的裕福なので今のうちはいいですが、ずっと今の状態を続けるとなれば、将来的には心配しているとは聞いています。ブラサカを続けている他の選手達も、平日は働きながら土日の練習に参加しています。だから大会への参加や遠征の交通費も自腹で、みんな経済的には決して楽ではないようです。」
「それはそうだろ。マイナー種目をやっているスポーツ選手はみんなそうだ。それに障害者だと、働き口も限定されてさらに大変だろうな」
「そうなんです。特に視覚障害者は按摩あんまはり、おきゅうなどの職に就く人が大半だと聞きました。後は美容マッサージ師なんかもあるようですけど、採用枠も限られていて、それほど給料も高くないらしいです。それで国内遠征はもちろん海外遠征も自己負担となると、同行する人がいればその分もお金がかかります。だからなかなか厳しいようですね」
「それを会社がある程度補助してくれるのなら、助かるじゃないか。まあスポンサー契約と言っても最低限の交通費とかユニフォーム、シューズなんかの必要経費程度だろうけど、自腹よりはマシだろ。飯岡だってそうだ。実家のあるこの地元で会社勤めしながら、しかも特別に補助が出るとなれば経済的な不安は減るだろう」
「それはそうですが、でもそんなうまい話ってありますか? 僕はもうこの会社を辞めるしかないと思っていたんですけど」
「いや監督が里山選手のことを、以前からよく知っているのは飯岡も聞いているだろ。それに飯岡がうちに来てからも、里山選手がブラインドサッカーをやり始めたと知って、なんとかうちでスポンサー活動できないか、何度か上の方と話をしていたようだから」
「僕は全く知りませんでしたが。そのようなことを先程おっしゃっていましたね」
「うちのクラブの運営でさえ、それ程余裕がある訳ではない。里山選手への注目も、以前は一過性で騒ぎも大きくなった分リスクがあるから保留にされた。だけど一時期はかなり進んでいた話なんだ。それが今回飯岡の話が出てきたから、再交渉するきっかけになって良かったんじゃないかな」
「そうなんですか? たしかに彼女は華がありますし、マスコミ受けするのはこれまでの実績があるから判ります。だけど僕がブラサカに転身するだけで、そんなに話題性がありますかね? しかもまだ日本代表に選抜されたと決まった訳でもないんですよ」
「いや、飯岡が去年里山に同行して帰ってきてから、向こうの話をしていただろ。その後監督がブラサカ協会の方に連絡を入れて、詳しく話を聞いたらしい。そうしたらすごく評価が高くて、いますぐにでも日本代表の強化選手に選びたいほどだってさ。ただそんなことしたら、そちらのチームに迷惑がかかるでしょうし、フットサル協会の方にも怒られてしまうでしょうから諦めますけど、って言っていたらしいよ」
「本当ですか? 監督が協会に連絡したんですか?」
「ああ。そしたらコーチの竹中って人とか監督も電話口に出て、褒めまくられたって苦笑していたよ。監督は当たり前だ、飯岡は将来のフットサル日本代表候補なんだぞって」
「そんなことが。僕はそんな話を聞いていなかったので、全く知りませんでした」
「だからお前が辞めるって話を聞いて俺達は驚いただけだったけど、あの二人の頭にはそれならそれで打つ手があると思ったんじゃないか。監督もお前のところの上司もある意味、策士だし。でも良く考えてみれば、結構いい話になりそうだと俺も思うけどな。」
「いやこんな展開になるなんて、考えてもいませんでした」
「お前一人だけなら、こうはいかなかったかもな。飛びきり商品価値のある、里山選手とセットという点がミソだろう」
 そう言われてハッとした。巧がフットサルと会社を辞めて、ブラサカに専念したいという考えはまだ千夏に内緒だ。正男さんにすら仄めかしている程度だから、会社が先走って二人セットと決めつけられても彼女が困る。
 それだけではない。ただでさえ巧がフットサルを辞めてブラサカに転身する話を黙って決めたと聞いたら、彼女には激怒される覚悟をしていた。だがここまで話が大きくなったら、それだけでは済まされないかもしれない。
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