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転機~④
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「僕の話だけじゃないんですよね。今、会社から彼女に接触されると困ります」
巧は事の重大さを徐々に理解し始め、冷や汗が出てきた。こういう時に臆病な一面が出てしまう。そのことをよく知るコーチが、様子をみて落ち着くよう声をかけてくれた。
「大丈夫。心配するな。まずはあの二人に任せておけ。飯岡がどれだけ焦って抵抗しても無駄だ。会社としてどう動くかの方向性が決まって、飯岡と里山選手をどう扱うかの方針が固まれば、あとは交渉事だから。飯岡や里山選手と会社が話し合い、受け入れられる条件なら受け入れてもらって、駄目ならどうするかは今後三者で話を進めていくしかないんだ。今からあれこれ考えてもしょうがない。なるようにしかならんさ」
そう肩を叩かれた巧は、なんとか落ち着きを取り戻そうとしたがまだ表情は硬いままだったようで、さらにコーチは話を続けた。
「決して悪いようにはしないと思うよ。うちの社長も福祉関係や地域振興への関心が高い。監督も里山選手のことを昔から知っているだけに、マスコミ関係の交渉は慎重に進めると思う。今までも周囲に騒がれすぎて、潰れたスポーツ選手は多い。そういう選手に限って、間に入る人がいなかったり金儲け優先の事務所に利用されてしまったりするんだ。だったらうちの会社が間に入って、マネジメントした方が絶対いいだろう」
話を聞いて冷静に考えてみると、そうかもしれないと思い始めていた。今までこの会社にお世話になってきたが、日本代表選手も数多く輩出しているだけあってマスコミや協会などとの交渉やマネジメントはしっかりしているし、経験値も高い。
なにより巧が会社を辞めなくてよく、職場を変えずにブラサカがやれるならそんないいことはない。会社での仕事もやっと慣れて職場の人間関係も良好だし、今のところ何の不満も無かった。
それどころか、中途半端な形で辞めることを申し訳ないと思っていたほどだ。それなのに居てもらわないと困ると上司に言われた時は、涙が出そうなくらい嬉しかった。
こうして他人に認められることがあるからこそ頑張れるし、やり甲斐や生き甲斐も出てくるものなんだな、と改めて思う。
もしコーチ達が言っていたように、会社からブラサカに対する援助まで得られるようになれば助かるなんてものじゃない。
日頃から様々な人の援助や寄付やボランティアに頼りながらも苦労している八千草のブラサカチームやブラサカ協会の現状からいえば、とても喜ばしいことだ。千夏も歓迎してくれるに違いない。
ただどういう条件になるかにもよるだろうが、巧とセットで会社の支援を受けマネジメントを任せるとの話に、彼女が首を縦に振るかどうかは大いに疑問を持つところだ。
「巧は勝手にやりたきゃやればええけど、私は私でやるからええよ。巧とセットで世話されるなんて同情されているみたいで嫌や」
と、鼻であしらわれるのがオチではないか。巧はそれが一番の心配事なのだと、そこで改めて気が付き体中に悪寒が走った。
だが四月に入り新年度が始まった頃には、あの時の心配はなんだったのだろうと思うほど、会社と巧と千夏を中心とした交渉はトントン拍子に進んだ。
巧は引き続き同じ職場で働きながら、基本的に毎週土曜日か日曜日のどちらかはブラサカのチーム練習に参加し、チーム練習が無い日や平日の早朝と夕方遅くは千夏との練習に明け暮れることになった。
ちなみにフットサル日本代表は、結局二月のアジア選手権ではW杯の切符を勝ち取ることはできなかった。その為巧がフットサルを辞めるという結論を先延ばしにしたからと言って、その後日本代表に選ばれてW杯に出られたかもしれないとの夢は夢のまま終わっていた。
一方ブラサカ界では二〇十六年に入って二月、四月、とブラサカ女子練習会が開催されていた。四月から五月にかけては昨年開かれたように、十歳から二十三歳までの若手を中心としたブラサカ・アスリート合宿が再び行われたのである。そこに始めて巧は選手として千夏と二人で参加することができたのだ。
もちろんそこに至るまでに、ひと悶着はあった。会社の総務部とクラブの監督と巧の上司が、巧を引きつれて千夏の家を訪問した時の事だ。
事前に訪問することは正男さんを通じて伝えていたし、奥さんの朝子さんと谷口という千夏の所属する八千草のブラサカチームの主催責任者兼監督にも同席してもらうようお願いをしていた。
正男さんは千夏に交渉内容の詳細を告げていなかったらしく、何の話が始まるのかと彼女は最初からいぶかっていたらしい。そこで最初に会社の上司が口火を切った。
巧が会社を辞め、フットサルを辞めてブラサカをやりたいと言ってきたと、ことの始まりから説明しだしたから大騒ぎだ。それを聞いた途端彼女は、怒りと戸惑いと悲しみなど様々な感情が入り乱れたのか、百面相のようにコロコロと表情を変えながら、顔を真っ赤にして怒鳴り始めたのである。
「巧! あんた何考えとんの! 私に相談もせんと勝手にそんなこと言い出して!」
慌てて正男さんや朝子さん、谷口が止めに入ってやっと彼女を落ち着かせた。そこからまず巧の処遇は、クラブを辞めてもそのまま職場で働き続けてもらい、ブラサカチームへの参加を会社として認めたと告げて、ようやく彼女は少し大人しくなった。
そこから会社の総務部から、飯岡というフットサルの日本代表候補クラスの選手がブラサカに転身するのだから、ただ送り出すだけでなくこれを機に応援したい、だから飯岡選手のマネジメントも含め、小額ではあるが八千草のブラサカチームへの援助もしたいと告げたところ、これには千夏も谷口も大いに喜んだ。
チームが日頃から、協賛金を募って苦労しているとは聞いていた。ホームページを作成して寄付金を募り、その集めたお金で最近やっと自前のサイドフェンスを購入することが出来た。
今度はフェンスに広告を載せることで、企業からの収入を得ようと動き出していることも聞いている。また練習参加してくれる人や、お手伝いしてくれる人を常に募集をしていた。
八千草のチームは、今年の秋に始まるブラサカ協会が正式に認可する西日本リーグに参加しようと動き始めたばかりで、まだ実績はなく選手層も薄い。
現在ブラサカ協会に正式登録されているチームでさえも参加者が思うように集まらず、年によってはリーグ戦に参加できないこともあるという。障害者達や健常者で参加している人達にも、それぞれの生活があるからだ。
コンスタントに練習を続け、チームを運営し続けるというのはなかなか困難らしい。だから安定して参加できるチーム作りの為に、谷口は選手集めを始めとして協力してくれる企業回りなどいろんな所に顔を出していた。
千夏もその運動に協力して取り組んでいる最中だったのだ。よって巧ほどの選手がチームの一員として参加してくれるだけでもありがたいのに、協賛してくれる会社を紹介してくれるなんてそんな喜ばしいことはない、と谷口は涙ぐんだ。
これでまた夢に一歩近づくことになったと千夏もまた喜んではくれたが、巧がフットサルを辞めるという点にまだ納得していなかったのだろう。複雑な表情を浮かべていたが、話にはまだ続きがあると聞き、そのことは深く掘り下げずにとりあえず耳を傾けていた。
巧は事の重大さを徐々に理解し始め、冷や汗が出てきた。こういう時に臆病な一面が出てしまう。そのことをよく知るコーチが、様子をみて落ち着くよう声をかけてくれた。
「大丈夫。心配するな。まずはあの二人に任せておけ。飯岡がどれだけ焦って抵抗しても無駄だ。会社としてどう動くかの方向性が決まって、飯岡と里山選手をどう扱うかの方針が固まれば、あとは交渉事だから。飯岡や里山選手と会社が話し合い、受け入れられる条件なら受け入れてもらって、駄目ならどうするかは今後三者で話を進めていくしかないんだ。今からあれこれ考えてもしょうがない。なるようにしかならんさ」
そう肩を叩かれた巧は、なんとか落ち着きを取り戻そうとしたがまだ表情は硬いままだったようで、さらにコーチは話を続けた。
「決して悪いようにはしないと思うよ。うちの社長も福祉関係や地域振興への関心が高い。監督も里山選手のことを昔から知っているだけに、マスコミ関係の交渉は慎重に進めると思う。今までも周囲に騒がれすぎて、潰れたスポーツ選手は多い。そういう選手に限って、間に入る人がいなかったり金儲け優先の事務所に利用されてしまったりするんだ。だったらうちの会社が間に入って、マネジメントした方が絶対いいだろう」
話を聞いて冷静に考えてみると、そうかもしれないと思い始めていた。今までこの会社にお世話になってきたが、日本代表選手も数多く輩出しているだけあってマスコミや協会などとの交渉やマネジメントはしっかりしているし、経験値も高い。
なにより巧が会社を辞めなくてよく、職場を変えずにブラサカがやれるならそんないいことはない。会社での仕事もやっと慣れて職場の人間関係も良好だし、今のところ何の不満も無かった。
それどころか、中途半端な形で辞めることを申し訳ないと思っていたほどだ。それなのに居てもらわないと困ると上司に言われた時は、涙が出そうなくらい嬉しかった。
こうして他人に認められることがあるからこそ頑張れるし、やり甲斐や生き甲斐も出てくるものなんだな、と改めて思う。
もしコーチ達が言っていたように、会社からブラサカに対する援助まで得られるようになれば助かるなんてものじゃない。
日頃から様々な人の援助や寄付やボランティアに頼りながらも苦労している八千草のブラサカチームやブラサカ協会の現状からいえば、とても喜ばしいことだ。千夏も歓迎してくれるに違いない。
ただどういう条件になるかにもよるだろうが、巧とセットで会社の支援を受けマネジメントを任せるとの話に、彼女が首を縦に振るかどうかは大いに疑問を持つところだ。
「巧は勝手にやりたきゃやればええけど、私は私でやるからええよ。巧とセットで世話されるなんて同情されているみたいで嫌や」
と、鼻であしらわれるのがオチではないか。巧はそれが一番の心配事なのだと、そこで改めて気が付き体中に悪寒が走った。
だが四月に入り新年度が始まった頃には、あの時の心配はなんだったのだろうと思うほど、会社と巧と千夏を中心とした交渉はトントン拍子に進んだ。
巧は引き続き同じ職場で働きながら、基本的に毎週土曜日か日曜日のどちらかはブラサカのチーム練習に参加し、チーム練習が無い日や平日の早朝と夕方遅くは千夏との練習に明け暮れることになった。
ちなみにフットサル日本代表は、結局二月のアジア選手権ではW杯の切符を勝ち取ることはできなかった。その為巧がフットサルを辞めるという結論を先延ばしにしたからと言って、その後日本代表に選ばれてW杯に出られたかもしれないとの夢は夢のまま終わっていた。
一方ブラサカ界では二〇十六年に入って二月、四月、とブラサカ女子練習会が開催されていた。四月から五月にかけては昨年開かれたように、十歳から二十三歳までの若手を中心としたブラサカ・アスリート合宿が再び行われたのである。そこに始めて巧は選手として千夏と二人で参加することができたのだ。
もちろんそこに至るまでに、ひと悶着はあった。会社の総務部とクラブの監督と巧の上司が、巧を引きつれて千夏の家を訪問した時の事だ。
事前に訪問することは正男さんを通じて伝えていたし、奥さんの朝子さんと谷口という千夏の所属する八千草のブラサカチームの主催責任者兼監督にも同席してもらうようお願いをしていた。
正男さんは千夏に交渉内容の詳細を告げていなかったらしく、何の話が始まるのかと彼女は最初からいぶかっていたらしい。そこで最初に会社の上司が口火を切った。
巧が会社を辞め、フットサルを辞めてブラサカをやりたいと言ってきたと、ことの始まりから説明しだしたから大騒ぎだ。それを聞いた途端彼女は、怒りと戸惑いと悲しみなど様々な感情が入り乱れたのか、百面相のようにコロコロと表情を変えながら、顔を真っ赤にして怒鳴り始めたのである。
「巧! あんた何考えとんの! 私に相談もせんと勝手にそんなこと言い出して!」
慌てて正男さんや朝子さん、谷口が止めに入ってやっと彼女を落ち着かせた。そこからまず巧の処遇は、クラブを辞めてもそのまま職場で働き続けてもらい、ブラサカチームへの参加を会社として認めたと告げて、ようやく彼女は少し大人しくなった。
そこから会社の総務部から、飯岡というフットサルの日本代表候補クラスの選手がブラサカに転身するのだから、ただ送り出すだけでなくこれを機に応援したい、だから飯岡選手のマネジメントも含め、小額ではあるが八千草のブラサカチームへの援助もしたいと告げたところ、これには千夏も谷口も大いに喜んだ。
チームが日頃から、協賛金を募って苦労しているとは聞いていた。ホームページを作成して寄付金を募り、その集めたお金で最近やっと自前のサイドフェンスを購入することが出来た。
今度はフェンスに広告を載せることで、企業からの収入を得ようと動き出していることも聞いている。また練習参加してくれる人や、お手伝いしてくれる人を常に募集をしていた。
八千草のチームは、今年の秋に始まるブラサカ協会が正式に認可する西日本リーグに参加しようと動き始めたばかりで、まだ実績はなく選手層も薄い。
現在ブラサカ協会に正式登録されているチームでさえも参加者が思うように集まらず、年によってはリーグ戦に参加できないこともあるという。障害者達や健常者で参加している人達にも、それぞれの生活があるからだ。
コンスタントに練習を続け、チームを運営し続けるというのはなかなか困難らしい。だから安定して参加できるチーム作りの為に、谷口は選手集めを始めとして協力してくれる企業回りなどいろんな所に顔を出していた。
千夏もその運動に協力して取り組んでいる最中だったのだ。よって巧ほどの選手がチームの一員として参加してくれるだけでもありがたいのに、協賛してくれる会社を紹介してくれるなんてそんな喜ばしいことはない、と谷口は涙ぐんだ。
これでまた夢に一歩近づくことになったと千夏もまた喜んではくれたが、巧がフットサルを辞めるという点にまだ納得していなかったのだろう。複雑な表情を浮かべていたが、話にはまだ続きがあると聞き、そのことは深く掘り下げずにとりあえず耳を傾けていた。
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