音が光に変わるとき

しまおか

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転機~⑤

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「協賛するといっても、例えば海外に遠征できる程の大きな支援は期待しないで下さい。最初はせいぜい、そちらのチームで使用されているサイドフェンスに広告を載せる程度でしょう。ただですね。そちらのチームには、飯岡選手が転身するきっかけにもなった里山選手がいらっしゃる。そこでご相談なんですが、里山選手にも当社とマネジメント契約を結んでいただけないかというのが、次の提案でございます」
 そう説明し始めると、千夏はそれこそ目を丸くしてキョトンとしていた。そんな反応にかまわず、今度はうちの監督が説明しだした。
「これは私から会社に提案をしたんですがね。里山さんのことは、八千草サッカークラブに在籍していた頃から注目していました。その才能は素晴らしかったが不運な事件に巻き込まれて今の状況に至った。でもそんなあなたが、ブラインドサッカーをやり始めたという。しかも女子日本代表チームを作る為に協会が開催する練習会に参加し続け、さらにこの地元で実績のないチームに協力して頑張っている。ならば細かいルールは違っても、同じサッカーをしている人間として、応援をしたいと思うのが人情じゃないですか」
 そこから監督は熱く語り、一昨年に始まったブラサカ女子練習会に千夏が参加し始めた時のマスコミ騒動の頃から会社の方で支援しないか、と打診していた話やその計画を断念するまでの経緯も説明し、今回の再打診にいたるまでの流れを説明した。
「私は飯岡がうちのクラブを辞めたいと聞いた時は、真っ青になりましたよ。でもその理由を聞いたら、ブラサカで日本代表になることを目指し、東京パラリンピックに出たいというじゃないですか。フットサルで世界と戦えるレベルの選手が、ですよ」
 監督は巧が辞めると言い出した時の話を細かく説明した。その話を聞いていた千夏は俯いた。正男さんと朝子さんは喜んでくれたのか目に涙を浮かべ、谷口は感動した! と大きな声を出して騒ぎだす始末だ。
「こいつがこんなに本気だったら、応援したいじゃないですか。そこには里山選手もいる。会社も慈善事業じゃないので、宣伝効果や社会貢献度が高くないものにお金は出せません。でも二人一緒なら応援もでき、うちの会社が窓口に立つことで、以前のように里山選手がマスコミの馬鹿騒ぎに巻き込まれることも防げます。これで八千草のチームが西日本リーグに常時参加でき、活躍すれば言うことはありません。ここにいる二人が揃って日本代表として日の丸を背おう姿が見られるのなら、会社もこんな宣伝効果と高い社会貢献が見込める事業はありません。どうですか、里山選手。条件面の細かい点は詰めなければいけませんが、ご了解いただけませんか?」
 以前から自分を売りだし、大きな企業のスポンサーを見つけようと考えていた彼女にとっては、当初の予定より小規模からのスタートにはなったのだろう。だが結局監督の熱弁と会社からの誠意ある条件提示を受け入れ納得した。
 その上で後見人である正男さんに代筆してもらい、巧のいる会社と契約を結んだ。そうなると話は早い。会社は新年度早々記者会見を開き、巧と千夏とのマネジメント&スポンサー契約を結び、新たに地元のブラサカチームに協賛することを発表した。
 これは全国ニュースでも割と大きく報じられ、ネットニュースでも上位に食い込むほどの注目を集めた。
 やはり当初は見た目もよく、話題性のある千夏の元に取材が殺到した。だが会社のマネジメント担当者により、当面は本人の精神面と体調面を考慮し、直接取材を受けつけないと跳ね除けたのだ。
 千夏と事前に打ち合わせたコメントだけを流すことで、過剰なマスコミの動きをブロックしたのである。これにはマスコミ各社から多少の不満の声も上がったが、ネットでは以前の馬鹿騒ぎを起こしたマスコミを非難し千夏を擁護する人達もいたらしい。
 またブラサカ協会や障害者支援をする福祉団体からも、行き過ぎた取材を自制すべきとのコメントが出されたおかげで、それほどの騒ぎにはならずに済んだ。
 ただそのおかげで、次の標的は巧になった。障害者では無いため遠慮はいらないだろうと、連日取材申し込みが押し寄せたのだ。
 それに対して会社は取材を受ける媒体を選別し、地元のテレビ局や新聞社を中心としたものに限定することでなんとか対応してくれた。その程度で済んだのは、巧がフットサルの世界でもそれほど有名だった訳でもないし、日本代表候補にも選ばれたこともないため、それほど盛り上がりはしなかったからだ。
 この一件で、世間の目はなかなかに厳しいものだと思い知らされた。巧自身が黒人のような見た目だという以外、取り立てて珍しいキャラでもない。
 将来のフットサル代表候補と期待されている若手が、幼馴染である里山選手の影響でブラサカのキーパーへと転身したという、やや珍しい話題性だけで大衆の関心を引くには印象が薄すぎたのだろう。
 おかげで地元の知名度だけは上がったが、一部では視覚障害者と健常者の幼馴染がスポーツを通じて恋に落ちる? と言った下世話な記事が流れ、ブラサカチームでも冷やかす人達が増えたのには閉口した。しかしそれも千夏の乱暴な一言で片付く。
「アホちゃうか。そんな訳あるか、ボケ」
 こう言われてしまえば、周りは逆に巧が相手にされず振られたと思ったのか同情されたのかは知らないが、多くの人がそっとしてくれた。
 言われた当の本人である巧は心中穏やかでは無かったけれど、まずは巧達がブラサカチームでの練習に力を入れることが先決だ。
 会社の支援も受け、大阪への遠征も続けながら日本代表に選ばれるべく練習し続けることで頭の中は一杯だった。それは巧達にはハンデがあったからだ。
 二人には話題性も実力もそれなりにあったが、所属チーム自体はまだ経験が浅い。そんなチームの選手が、代表に選ばれるというのは常識的に難しい。
 野球なら日本プロ野球十二球団の下位チームに所属する選手がWBCの選手に選ばれるか、またはサッカー日本代表候補に海外リーグではなくJ3クラスの選手が呼ばれるか、と考えてみれば判るだろう。
 規模やレベルは違っても、ブラサカ協会では東日本と西日本などのリーグ戦を開いている。実際そのリーグで活躍している選手が、代表選抜に呼ばれているのだ。
 それなのに協会から代表強化選手に指定されている訳でもない巧達にスポンサー企業が付いたからだろう。単に注目を集めたいだけの客寄せパンダ、または障害者スポーツをダシにした売名行為だと、騒ぎだす人達も少なからずいた。
 中には第三者だけでは無くブラサカ関係者でさえ、巧達のことを名指しで非難する人達が出てきたことも事実である。
 その人達の気持ちも判らない訳では無い。リーグに参加している選手達はこれまでみな真剣に取り組んできた。その中の多くは、日本代表に入りたいと日々努力している。
 それなのにいきなり余所からポッと出てきた部外者が、日本代表を目指していると言い出したのだ。
 しかも外見だけで世間に騒がれるような視覚障害者の女性選手が、将来の女子日本代表を目指していると聞けば、確かに面白くはないだろう。特別扱いされていると誤解した人達が不公平だと騒ぎ立てるのも無理はない。
 逆にフットサルの日本代表を目指している巧が、突然元サッカー日本代表候補だったキーパーが転向してきて代表の一枠を奪い取られ、そのせいで自分が候補から外されたとしたらどう思うか。素直に自分の実力不足だと巧は考えられるだろうか。
 だから巧達はそんな周りの偏見や嫉妬を押しのけて実力を示し、多くの人達に納得して貰う必要があった。日の丸のユニフォームを着る姿を見て、素直に喜んで応援される立場を目指さなければならないのだ。
 特に千夏にはまだ、女子代表チームすら立ちあがっていないとの現状がある。実力があってもブラサカの種目が男子と女子に別れているため、今の環境での彼女は国内リーグで体力的に勝る男性達に交じり、結果を出すしか手段がない。
 巧の方は強化合宿に参加した時の協会の人達の反応や、その後のブラサカチームに参加しての大阪遠征時の活躍からかなり高い評価をもらっている。これで世界に対抗できる強い武器が一つ手に入った、とさえ言われていた。
 よって怪我さえしなければ、このまま代表に選ばれることはそんなに難しいことでは無いと、周りからは思われていたらしい。
 だがブラサカの日本代表も、大会に出られる最終メンバーはFPが八人に対し、GKは二人と狭き門なのは他の競技と同じだ。第一ブラサカでの経験値が圧倒的に少なく、長く関わってきた他のキーパーからすれば、そう簡単にポジションを譲ってはくれないだろう。
 それでも巧が目指すところは、ただ日本代表になって東京パラリンピックに出場することではない。今まで世界に通用してきたとは言えない代表チーム力の底上げに貢献し、今度こそ正GKとして世界トップレベルの選手達と渡り合いたかった。
 素早い動きとドリブルから打たれる強烈なシュートを阻み、メダルを勝ちとりたいと真剣に思っていたのだ。
 また千夏には女子日本代表作りに貢献し、選抜されて世界に通じる日本のブラサカを見せつけたいという大きな野望があった。
 その為に巧は日々ブラサカ特有の、選手に対する守備の声かけを一から学んだ。セービングの技術もさらに磨きあげる努力をしつつ、千夏とのコンビネーションの練習を重ねた。
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