音が光に変わるとき

しまおか

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新たな戦い~①

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 巧は二月の日本代表合宿後に発表された、三月に闘うブラジル戦の代表GK二名の中になんとか入ることができた。だが第二GKとしての出発だった。
 さらにブラジル戦の前には五月の国際試合に参加する女子日本代表初のメンバー発表があり、そこに千夏の名前もあった。
 二人が日本代表になると言う夢は、これでほぼ同時に叶ったことになる。
 その後男子日本代表はFP八名を含む十名で直前合宿を組み、三月二十日に埼玉でブラジル代表と戦った。
 結果は1対4と日本代表は敗戦したが、試合開始七分で先制されたものの前半二十分で同点に追いつくなど途中まで善戦していた。しかし前半終了間際に一点を失った日本は、後半二十分にも追加点を入れられたのである。
 終了間際の1対3の場面で巧は途中交代して出場を果たしたが、試合終了間際に絶妙なループシュートを決められ、悔しい思いを残したまま巧の初めての代表戦は終わった。
 それでもブラジル代表は、素晴らしいプレーを随所に見せつけてくれた。その試合を千夏は自宅で、年男さんとネット動画で観戦をしていたという。
 そこでさらに戦ってみたいというモチベーションを高め、五日後に行われる大会に向けての準備に入っていた。そのトーナメントで勝ち上がれば、今度は二人同じチームでブラジル代表と決勝で戦うことができるからだ。
 巧達のチームは西日本リーグ全勝優勝の自信を胸に、三月二十五、二十六日開催の日本一を決めるKP杯を迎えた。
 ブラジル代表、北日本一位、東日本一位と二位、西日本リーグ一位チームと他のカップ戦で優勝した北海道のチーム、また大会当日の予選を勝ち抜いたチーム、総勢七チームによるトーナメント戦が始まったのだ。
 巧達は初戦で予選突破チームと対戦し、完封で勝利した。だが問題なのは次の対戦だった。相手は代表候補合宿にも何度か呼ばれている松岡や、ブラジル戦にも出た日本代表で長く活躍しているベテランの青山選手率いる埼玉のチームだ。
 しかし彼らに勝てば、決勝ではブラジル代表と当たることが初日の結果により決まっていた。さらに決勝でブラジル代表に負けても、この試合に勝てば参加した日本チームの中では最上位になる。その為是が非でも勝ち上がりたかった。
 ブラジル代表との対戦もそうだが、実質日本一になるチャンスでもあったからだ。
 ここまで十分巧も千夏も活躍を見せ、日本代表としての意地は見せられたと思う。昨年の冬に代表育成合宿に呼ばれた頃よりも、二人はブラサカ選手として大きく成長していた。
 巧は元々のセービング力に加え多くの試合や練習をこなしていく内に、選手に対する声出しを学んだことでより強固な守備力をチームにもたらした。千夏はこれまでの練習と巧との特訓により、攻撃能力を格段にアップさせていた。
 こう言ってはなんだが、練習量が他の選手達とは格段に差があったと思う。巧は平日働いてはいたが土日は休みであり、平日でも早朝や夕方の時間は自由に使え、それらを全てブラサカの練習に充てていた。
 千夏は働いていなかったためもっと多くの時間を割くことができ、巧のいない時でも個人練習を常に続けていた。
 そもそもそういう練習漬けの毎日を過ごすことに、二人は慣れている人種だ。特に千夏は視力以外全くの健康体であり、今まで鍛え上げてきたトップアスリートとしての肉体を保っていた。
 巧が二十二歳で千夏は二十三歳と若かったことが、選手としても大きな武器となっている。そんな巧達二人に感化されたチームの他の選手達は、毎週一回行われるチーム練習以外でも、時々巧と千夏の練習に加わるなど積極的に取り組んだ。
 そうした成果が、リーグ参加一年目にして表れている。ただ巧達も含めチーム全員に足りないのは、実戦における経験値だ。
 これは今後代表で経験を積むなり、国内戦で継続して積み重ねるしかない。その点はこれまで長く実績を積んできた埼玉チームが優っていると言わざるを得なかった。
 巧達は日本代表チームも採用しているダイヤモンドフォーメーションを取り入れ、守備専門の二人、守備兼サポート役の選手が一人、攻撃に一人といった布陣でチームは勝ち上がってきた。
 千夏は主に攻撃専門だが、時には守備やサポートも行う。もう一人の田川たがわ選手という攻撃も守備も得意な選手がいて、田川が攻める場合は千夏がサポート役、千夏が責める時は田川がサポート役というこのツートップが、八千草チームの強力な攻撃陣を形成している。
 田川選手は三十二歳で、生まれた頃から全盲だった選手だ。以前は別の障害者スポーツをやっていたが、八千草のブラサカチームが創設した頃、障害者としては少し遅れて参加したメンバーの一人である。
 今はブラサカ一本に集中して活躍してきた、とても頼れる選手の一人だった。他にも障害者の選手が二名、健常者の控えキーパーとFP選手が三名いる。総勢八名が八千草チームの現在の戦力だ。
 
 そしてとうとう埼玉チームと、決勝進出をかけた一戦が始まった。
 キックオフは埼玉からだ。相手チームの攻撃の要であるベテランの青山とあの松岡が、コート中央にセットされたボールのところで肩を並べた。そのボールから半径三mのセンターサークルのラインぎりぎりの中央の位置に、千夏と田川が立つ。
 その二人より少し下がった形で、守備専門の宮前みやまえ、そして九鬼くきという二人の選手が同じく中央付近で攻撃に備えた。
「これから試合を始めますので、観客の皆さまは試合が進行している間は、大きな声を出さないよう注意して心の中で応援して下さい。ゴールが決まった時や試合が中断した際には大きな声で喜んだり声援を送ったりして下さい」
 そんな場内アナウンスが流れた後に審判の笛が鳴り、松岡がボールをちょこんと蹴った。それを青山がすぐに自分の足元に収めると、細かくドリブルしながらやや右斜め前方に向かって突き進んだ。ドリブル音を察知した千夏と田川が、青山に近寄っていく。
「ボイ! ボイ!」
 二人が声を出して、青山のドリブルを阻もうとする。そのやや後ろを守備陣二人が、少しずつ位置を修正しながら移動した。千夏や田川が抜かれても、すぐに対応できるようにするためだ。
 巧もゴール前に立ちながら細かな指示で青山の位置を教え、味方の守備陣の位置取りをアドバイスする。埼玉の他の残りの三選手は、ハーフラインを越えてこない。この攻撃はまず青山一人に任せるようだ。
 すぐに千夏が、青山選手のボールを奪いに突撃する。やや後ろに田川が立って、次の動きに備えていた。これは2ー1ー1という布陣である。相手からボールを奪えば、すぐに攻撃できる最適なフォーメーションだった。
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