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第6章 魔力クリスタルの深淵

cys:129 ルミと眠れる王子様

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「ノーティス様……」

 ルミは、ベットに眠っているノーティスの顔を椅子に座ったまま見つめると、両膝の上で拳をギュッと握りしめた。
 もうノーティスは3日間このままなのだ。
 
 するとその時、部屋のドアがコンコンとノックされ、エレナがガチャッとドアを開けて入ってきた。
 エレナは物寂しそうな顔をして、パンと紅茶が乗った高級なクリスタル製のトレイを両手で持っている。

 そして、そのトレイをそっとテーブルに置くとルミの側に行き、寂しげな表情で軽く顔を覗き込んだ。

「お姉ちゃん、軽くでいいから食べて」

 優しくそう言ってくれたエレナだが、ルミは悲しい顔をしたまま軽くうつむいたままだ。

「ありがとうエレナ。でもごめん、いらない……」
「お姉ちゃん……お願いだから食べて。もう3日間何も食べてないじゃん!」

 エレナは訴えるような顔でルミに強く告げたが、ルミの姿勢も表情も変わらない。

「……ノーティス様も3日間食べてないもの……」
「そーだけど、このままじゃお姉ちゃんも倒れちゃうよ!」
「いいの。私はノーティス様の執事だから」
「じゃあ、せめて紅茶だけでも飲んで」
「……紅茶は、ノーティス様と一緒に飲むの」

 悲しく零すルミに、エレナはぐっと眉を上げた。

「お姉ちゃん、気持ちは分かるけど、それじゃダメだよ! ノーティスが目を覚ました時にお姉ちゃんが倒れてたら、ノーティスどんな顔すると思う?!」
「エレナ……」
「きっとノーティス悲しむよ。この人って自分よりも、大切な人が辛い目に会ってる方がイヤな人だから」
「……!」
「そんなの、お姉ちゃんが一番よく知ってるでしょ」

 エレナのその言葉でルミは思い出した。
 昔、ノーティスと一緒にギルド検定試験会場に行った時、ディラード達から守ってくれた時の事を。

『ありがとうルミ。でも、大丈夫だから下がってて。この人達、何するか分からないし』
『だ、だったら尚の事どきません。私はノーティス様の執事なのですから』
『ルミ、俺は自分が傷つくよりも、キミが傷つく方が辛い。それを知らないハズはないだろう』

───ノーティス様……!

 ルミはその時の情景とノーティスの事を思い出し、ブワッと涙が溢れてきた。

「うっ……うぅっ……ノーティス様……うぅっ」
「お姉ちゃん……」

 ハンカチを使う事も忘れ両手で涙を拭うルミの肩に、エレナはポンと片手を置いた。
 そして軽く上半身を曲げ、涙を滲ませた瞳でルミを優しく見つめる。

「もうっ、お姉ちゃんたら……泣いちゃうほどノーティスの事大好きなんでしょ」
「うぅっ……当たり前じゃない。ノーティス様の事愛してるもん!」
「知ってるよ♪ それにきっとノーティスだって、お姉ちゃんの事大好きだよ」
「便利だから? 執事だからでしょ! うぅっ……いいもん、それでも……」

 ルミは堰を切ったように涙をポロポロ零しながら、両手で涙を拭った。
 そんなルミに、エレナは少し涙を滲ませながら、仕方ないなぁという顔を浮かべる。

「お姉ちゃん、自分の事になるとノーティスと同じで、れ~点だね」
「どういう事よ……」

 涙を零しながら見てきたルミに、エレナは軽くため息を零し優しく見つめる。

「自分の恋愛の事になると、お姉ちゃん全然分かってないんだもん」
「えっ?」

 涙に腫れた瞳でスッと見上げてきたルミ。
 エレナはそれを、しょうがないなという顔をして、優しく見下ろした。

「どー見ても、ノーティスはお姉ちゃんの事大好きでしょ。執事じゃなく、1人の女の子として」
「うぅっ……そんな事ある訳ないじゃない」

 ルミは口をう~っと閉じて涙を零すが、エレナは静かに問いかける。

「なんで?」
「だって、私執事なのについつい小言言っちゃうし、付き合ってもないのにヤキモチ焼くし、レイ様みたいに色気無いし、奥手だし……」

 ルミがそこまで零すと、エレナは呆れた顔をしてやれやれのポーズを取った。

「はぁーーーもぅ、お姉ちゃん何それ? 自慢?」
「えっ?」

 思わず見上げてきたルミに、エレナはそのまま言う。

「それって、全部可愛すぎじゃない」
「ど、どこがよ」

 ちょっと顔を火照らせたルミに、エレナはニカッと笑みを浮かべて顔をグイッと近付けた。

「いい♪ 今お姉ちゃんが言った事は男が好きな要素だし、恋のスパイスなの」
「スパイス?」

 ルミがどういう事?という顔をする中、エレナはニカッとしたまま顔を話人差し指を立てた。

「もちろん好みはあるけど、そういう所が、恋に発展するキッカケになったりするの♪」
「そ、そーかなぁ……」

 少し涙を乾かし涙声で零したルミを優しく見つめたまま、エレナは両手を腰に当てて胸を張った。

「決まってるじゃん♪ 感情が揺れてこそ恋につながるの。それに、お姉ちゃん可愛いんだから自信持って」

 するとルミは涙を止め、エレナをチラッと見上げながらクスッと笑った。

「なに?」
「ごめんエレナ。なんかさ、レイ様に言われてるみたいだった」
「レ、レイ様に?!」
「うん。なんか凄く似てたよ」
「うーん、いいのか悪いのか……」

 

 エレナが軽く手を当てレイの事を思い出していると、その時レイは、椅子に座ったままクシュンっとクシャミをして、手に持ってたワインを揺らした。

「おい、大丈夫かレイ。風邪か」
「平気よジーク。いい女は噂される事が多いの♪」
「へっ、じゃあ年中マスクしとかなきゃな」
「ダメよ。私の美貌を隠すなんて罪だわ♪」
「まっ、そんだけ元気なら風邪じゃねぇ。安心したぜ」

 ジークがそう言ってニカッと笑った頃、ノーティスはベットの中で心臓をドキドキさせていた。
 ちょうどルミが泣き始めた頃目が覚めたのだが、話の内容が耳に入り起きるに起きれなかったのだ。

───ちょ、ちょっと待て、ルミが俺を好き? 愛してるって言ってたよな。いやだって、そんな事一度も言われた事無いぞ。

 女心れ~点のノーティスは、頭の中をグチャグチャにしながら考えている。

───だって、俺がレイやメティアと楽しく話してると何か不機嫌になるし、この前もアンリに突然抱きつかれた時も、なーんか怒ってたじゃん……

 ノーティスは更に考える。

 後、ずっと前、エリスから守る為に抱き寄せた後、いつもありがとうって言ったらその時もだ。あっ、ジークとレイの3人で朝まで飲んで帰った日には、メッチャ怒られたよな。うん……

 普通ここまで考えれば分かるハズだし、ノーティスは頭自体はいい。
 ただ、女心の分からなさは筋金入りなので、ハッキリ言われない限り全く分からないのだ。

───けど、怒ってばっかのハズなのに、ルミ俺の事好きって言った。あーーーどうしよう。俺だってルミの事メチャメチャ好きだよ。でも、執事の関係だしなーーー

 ノーティスが全く答えの出ないまま寝たフリをしていると、エレナからとんでもない事が聞こえてくる。

「お姉ちゃん。キスしちゃいなよ♪」
「ええっ!」
───はいぃぃぃっ!?

 顔を火照らせエレナに驚いた顔を向けたルミに、エレナはニヤッと小悪魔チックな笑みを向ける。
 確実に楽しんでる雰囲気だ。

「いいじゃん♪ ノーティスどーせ寝てるんだし、童話でもあるじゃん。キスしたら目覚めたとかさ」
「あっ、あれは童話だし、そもそも王子様が眠ってるお姫様にキスするんでしょ」
「そんなの気にしない気にしない♪」
「気にするわよ!」

 ルミは恥ずかしそうに顔を赤くして強く言ったが、エレナの表情は変わらない。
 むしろ、より楽しそうに笑みを向けてくる。

「お姉ちゃん。戦場では確かに男の方が有利だけど、恋愛は女の子のステージだよ♪ こっちが行かなきゃ」
「まったく、またレイ様みたいな事を」
「まぁ、レイ様は戦場でも強いけど、恋愛ならお姉ちゃんだって負けてない」
「そ、そうかな……」

 恥ずかしそうに軽くうつむくルミ。
 そんなルミの前でエレナは体を軽く横に向け、両手を頭の後に組んで、いーのかなー? という表情を浮かべた。

「あーーーでもグズグズしてると、レイ様に取られちゃうかも♪」
「えっ、だってあの方はジーク様と……」

 火照らせた顔をハッと振り返らせたルミに、エレナは、しーーらないという顔で呟くように答える。
 明らかにルミの反応を楽しんでる顔だ。

「レイ様は恋愛自由主義者だからねーーしかもあの美貌と立ち昇る色気、ノーティスも迫られたらコロッといっちゃうかもーー♪」
「えっ?!」

 その姿を想像して、うつむいたままカァーっと顔を赤くしたルミは、そのままチラッとノーティスの方へ視線を向けた。

───う~~~ノーティス様、寝てる横顔もカッコいいなぁ……♪ どうしよう……あぁもう、どーしよう。

 すると、ルミの今の気持ちを聞いてたかのように、エレナはルミの耳元に口を近づけ囁く。

「ノーティスを起こす為よ♪」
「ノ、ノーティス様を起こす為……」
「そうそう。いいのかなーー眠ったままで」

 エレナにそう囁かれたルミは、ドキドキしながら再びノーティスを見つめて心の中で繰り返す。

───ノーティス様を起こす為……ノーティス様を起こす為……ノーティス様を起こす為……

 そしてだんだんと頬に顔を近付けていくが、エレナに止められる。

「お姉ちゃん、違うよ。頬じゃなくて唇」
「えっ、えっ!」

 振り返ったルミに、エレナは自分の唇を指差す。

「当たり前でしょ。唇唇。ほら早く。ノーティスを起こす為よ♪」
「う、うん……♪」

 ルミはそう返事すると再びノーティスの方を向くと、ノーティスの唇を見ながらゆっくりと顔を近づけていく。
 むしろ、自分の心臓の音でノーティスが起きてしまうんじゃないかと思うぐらい、ドキドキする胸の鼓動と共に……
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