口縄心霊相談所備忘録

鹿野川ボチ

文字の大きさ
31 / 32
たるぱ

十四

しおりを挟む



「ええとぉ、もう一度最初からお願いできますかねぇ」

 山垂は頬を掻きながら言った。彼の目の前にいるのは 黒い着物の上に蘇芳色の羽織を纏った男だ。肌は浅黒く、気難しそうな顔をしたその男は、ふん、と鼻を鳴らして口を開く。

「邪悪な気配が少年を襲おうとしていたため声をかけた。少年は邪悪な気配が近くにいると言われたことで動揺したようだが、すぐに逆上して私に掴みかかってきてな……。だが、その時少年の姿が宙に浮いて苦しみだしたのだ。これはいかんと思い、邪気を払おうとしたところ誤って少年に平手を打ってしまってな……しかし、それが邪気も同時に払ったらしく少年は解放されたのだ。私の手には邪気を払う力も備わっているということだ。その後意識を失った少年を救うべく救急車を呼んだ。親切だろう?」

 得意げに言う男に、山垂は本日何度目かのため息を吐きだした。

「……じゃあ、ビンタは事故だったと。アンタは除霊しただけってことを言いたいと」
「何度もそう言っているだろう」
「はぁぁ~……めんどくせぇ……。わかったわかった。もう帰っていいよ」
「そうか。ああ、もし少年がまた邪悪な気配に蝕まれそうになった際はここに連絡するように言ってくれ」

 男は懐から名刺入れを取り出し、そこから一枚抜き取って山垂に押し付け、足早に立ち去って行った。

「あああ待て待て、渡さないですからねーっ!……もういねぇ……」

 山垂はがっくりと肩を落とし、押し付けられた名刺を見る。
 『除霊師 神野ヶ原 火詠じんのがはら かえい』の名と、個人宛の電話番号が記載されていた。

「除霊師ねぇ。なんかどうにも胡散臭かったが……いやヘビさん程じゃねぇか」
「山垂刑事!」

 胡乱な目で名刺を見ていると、警察官がひとり、山垂の元へと駆け寄ってくる。

「おー、おつかれさん。どうした」
「山垂さん宛てに連絡が、って、あれ?事情を聞いてた方は」
「面倒だから帰した」
「ちょっと、困りますよ!勝手に帰すなんて……その名刺は?」
「ああ、話聞いてたやつが置いてったんだよ。除霊師さんだとよ」

 山垂が警察官に名刺を見せる。彼は名刺を見て「ああ!」と声をあげた。

「神野ヶ原 火詠って、深夜のオカルト番組に出てた人じゃないですか」
「んぁ?そうなのか」
「心霊刑事なのに知らないんですね……。番組で公開除霊したり、瑕疵物件に行ったりしてて……そこそこ有名だったんですけど、最近は出てないみたいですね。この間『異界プレス』って雑誌に名前が載っていたような……」
「お前、そういうのに詳しいんだな」
「結構好きなもので。そうでなければ心霊刑事に関わったりしませんよ」

 笑顔でそう言う警察官に悪意はないのだろう、山垂は苦笑いを返すことしかできなかった。

「で、俺に連絡がどうとか言ってなかったか?」
「ああ!そうでした。ええと、贄田さんという方から連絡がありまして、山垂刑事に折返し連絡していただきたいとか……」
「そういや病院だからって電源切ってたな……。ありがとうな。じゃ、あっちいけ」

 しっしっと追い払うように手を振れば、警察官は不満そうにしながらその場を立ち去った。
 山垂はひとりになると、スマートフォンの電源を入れ、電話帳から贄田の電話番号を選択し通話ボタンを押す。数回のコール音の後、通話がつながる。

「よう、ニエくん」
「残念、ヘビさんです」
「ああ、本当に残念だ」
「失礼ですねぇ。せっかく事件を解決したっていうのに」
「なにっ!でかしたぞヘビさん、早期解決じゃないか」

 山垂は小さくガッツポーズし、またしばらく妙な事件が起きない限りは自分は暇になるであろうことを喜んだ。

「犯人は、原因はなんだった」
「ああ~、それなんですがねぇ、ヤマさん。いい感じに理由を作っておいてください」
「は?」
「あと、重傷者が一名出ているので、そちらもどうにかしてください。ちなみに何も覚えていないと思いますので、彼に聞いても真相は闇の中ですよ」
「おい、ちょっと」
「依頼料も半分でいいから、ってあの贄田くんが言っているんですよ。そういうことですので、失礼しますねぇ」

 山垂がなにか言う前に通話は切られた。ツー、ツー、と規則的になる電子音を呆然と聞いた後、山垂は唸り、膝をつき、頭を掻きむしった。

「めんどくせぇぇぇ……」







 高尾はその後無事病院に搬送された。
 ショックのあまり、事件当時の記憶は失われているらしく、犯人の手掛かりはつかめなかった。
 田知花、生形は未だに目を覚ましておらず、粂川は家に閉じこもり出てこなくなった。














しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...