雨に濡れた桜 ~能面課長と最後の恋を~

國樹田 樹

文字の大きさ
2 / 52

律子の推理

しおりを挟む
「えっ? 茜ったらまたなの? ここ一ヶ月ずっとじゃない」

 目を丸くしてそう言ったのは親友の巽律子(たつみりつこ)だ。

 私とは同期入社で、しかも同じ短大を卒業した同級生でもある。

 彼女は総務課にある自分のデスクに座ったまま、私を見上げて残念そうな顔をしていた。
 つられて、私も両肩ががっくりと下がる。

「そうなの。また廊下で白沢さん、って声かけられちゃったのよ。もういい加減にしてほしいわ。断れないのわかってるくせに……」

 半ば怒り気味に愚痴をこぼすと、律子はうんうんと頷いてくれた。

 肩で真っ直ぐ切りそろえられた彼女の綺麗な黒髪が動作に合わせて揺れる。
 真っ赤なルージュをひいてある唇は、同情してくれているのかへの字に曲がっていた。

 律子もお昼ご飯を一緒に食べられないのを残念に思ってくれているのだろう。

 原因はここ一ヶ月ほど、あの本庄課長から仕事を言いつけられるせいだ。
 まったくもって迷惑なことに。

 大抵は会議資料だとかの書類をデータ化すること。

 急遽決まった企画会議や打ち合わせに使うものだとか、簡単だけど急ぎのモノばかり。

 そういった突発的な事がよくあるうちの部署では、似たような細かい急仕事が頻繁に発生する。
 特に今は業績が悪化気味なので、連日立て続けになんだかんだと詰め込まれているのだ。

 書類仕事なんて、結構誰でもいいと思うのだけど、本庄課長が仕事を押し付けるのはいつも私だった。

 まぁ……どうせ短大卒の私は、それほど重要な仕事は回ってこないし抱えてもいないから、雑務に近い作業は言いつけられて当たり前なんだろうけど。

 にしてもあの能面課長。最近はどうにも度が過ぎてる。

「茜はねぇ。雰囲気が優しいから、本庄課長も頼みやすいのよ。それに簡単な仕事でもめんどくさい仕事でもきちんとこなすから、信用されてるんじゃない?」

 律子が言った。
 赤いルージュを塗った唇の端を少し上げて笑う彼女は同性の私から見てもとても綺麗だ。サバサバした姉御肌な性格で、いつもこうして私の話を聞いてくれる。

 そうかな……なんていうか、ただ他の女子社員には言いづらいから、私に言ってるってだけな気がするんだけど。

 いやまぁ、あの能面課長に「言いづらい」なんて感情があるかどうかもわからないけど。

 私は困惑しながら首を傾げた。

「信用されてるって感じはしないけど……というか、そこまで課長と接点もないし。それに頼みにくるんなら、わざわざ休憩前じゃなくて、午前の仕事中に言ってくれればいいのに。いっつも人のご飯の邪魔してくるんだから。も~……」

「ムクれないムクれない。ま、そこの事情はあたしはわかるけどね。ほら、眉間にシワ」

 むすっとした顔で文句を言っていたら、律子に額をつつかれた。綺麗にネイルした指でぐりぐりと眉間を広げられる。

 彼女の爪先がちょっとだけ当たった。

「そこの事情って何よー?」

 膨れて言うと、律子はまるで面白い事があったような顔をしてけらけら笑う。彼女の口元が弧を描いていた。

「さあね。でもそのうち何かのアクションとってくるでしょ。何もなければそこまでってことよ」

 ????? わけわかんない。一体なんなの?
 律子ってばちゃんと話通じてるのかしら。

 疑問符を浮かべる私に、律子は意味ありげに笑っている。

「意味わかんないこと言わないでよ。ただでさえこれから面倒ごとが待ってるのに」

「はいはい。あんたはそれでいいのよ。それより、こんなに話してていいの? 課長が恐い顔して待ってるんじゃない?」

 律子の言葉にはっとして自分の腕時計を見る。思ったより時間が経過していた。

 まずい。あれからもう二十分以上は過ぎてる。
 急がないと大変。

「律子っ、いつもごめんねっ! またねーーっ」

 律子に手を振りながら足早に総務課のオフィスから立ち去った。

 そしてつい愚痴ってしまったものの、よく考えたら律子の休憩時間を私のせいで削ってしまったことに気付いた。悪いことをしたなと思う。
 また今度何かお礼をしなければ。エルローザのシュークリームで良いだろうか。

 そう考えながら慌ててエレベーターに乗り込み、自分の部署へと急ぐ。けれど、いつもと変わらない速度は今に限ってとても遅く感じられた。

 ああもう、早くっ。
 待たせた時の課長って恐いんだからっ。

 言葉数が少ない上に表情も乏しい。そんな彼に無言で書類を渡される瞬間ほど恐ろしいものはない。

 他の社員は休憩中とはいえ、仕事を頼まれた以上、私は業務中なのだ。
 あまり時間を空けるのはまずいだろう。

「つ、着いた……」

 慌てて走ってきたおかげで、思っていたより早く戻ってこれた。安堵しつつ扉の前で深呼吸をして息を整える。

 少しひんやりしたドアノブに手をかけて回すと、カチャリと音がして見慣れた景色が広がった。

 四つのデスクが一つの島になって等間隔に並んでいる。

 いつもと違うのは、フロアにいるのが課長だけなことだ。
 広いフロアの一番奥、半分閉めたブラインドの前で、縞模様の光を背にカタカタとパソコンのキーを叩く課長の姿がぽつんと見える。

 私のいる部署には大体三十人くらいが在籍しているけれど、食堂があるのでお昼は皆そっちに行ってしまい、室内はがらんと静まり返るのだ。

 残っているのは電話番をしている課長くらい。

 正直、この状況で課長と二人で話すのは恐いことこの上ないのだけど。

「お、お待たせしました……っ」

 私はぐっとお腹に力を入れてから、課長に声をかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-

プリオネ
恋愛
 せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。  ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。  恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。

愛が重いだけじゃ信用できませんか?

歩く魚
恋愛
【ヤンデレと戦えるのは遊び人である】 古庵瑠凪は、大学内における、いわゆる「何でも屋」に相当するサークルに所属している。 生徒を助け、浮かれたように遊び、大学生の青春を謳歌する、そんな毎日。 しかし、ある日「お見舞い」が自宅のドアにかけられていたことを皮切りに、彼の平穏な日々に変化が訪れる。 「好きだからです。世界中の誰よりも好きで好きでたまらないからです」 突然の告白。ストーカーの正体。 過去の一件から恋人を作らないと決意した瑠凪は、さまざまな方向に「重い」ヒロインたちのアプローチから逃れることができるのか?

【完結】恋は、友とビールとおいしい料理と

桜井涼
恋愛
大学時代からの親友、香奈子と理子。婚約破棄から始まる香奈子の恋は失恋旅行で何かをつかんだ。 転職から始まった理子の恋は、転勤でどう動く?それぞれの恋と友情の物語。

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

楓乃めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】 その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。 片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。 でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。 なのに、この呼び出しは一体、なんですか……? 笹岡花重 24歳、食品卸会社営業部勤務。 真面目で頑張り屋さん。 嫌と言えない性格。 あとは平凡な女子。 × 片桐樹馬 29歳、食品卸会社勤務。 3課課長兼部長代理 高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。 もちろん、仕事できる。 ただし、俺様。 俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?

清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お前、頬を叩いた詫びに婚約者になれ」 上司で社長の彪夏と秘書の清子はお似合いのふたりだと社内でも評判。 御曹司でイケメンの彪夏は女子の憧れの的。 清子はどこぞのご令嬢と噂され、男女問わず視線を集めていた。 ……しかし。 清子には誰もが知らない、秘密があったのです――。 それは。 大家族のド貧乏! 上は高校生、下は生まれたばかりの五人弟妹。 おっとりして頼りにならない義母。 そして父は常に行方不明。 そんな家族を支えるべく、奮闘している清子ですが。 とうとう、彪夏に貧乏がバレたまではよかったけれど。 子持ちと間違われてついひっぱたいてしまい、償いに婚約者のフリをする羽目に。 しかも貧乏バラすと言われたら断れない。 どうなる、清子!? 河守清子 かわもりさやこ 25歳 LCCチェリーエアライン 社長付秘書 清楚なお嬢様風な見た目 会社でもそんな感じで振る舞っている 努力家で頑張り屋 自分がしっかりしないといけないと常に気を張っている 甘えベタ × 御子神彪夏 みこがみひゅうが 33歳 LCCチェリーエアライン 社長 日本二大航空会社桜花航空社長の息子 軽くパーマをかけた掻き上げビジネスショート 黒メタルツーポイント眼鏡 細身のイケメン 物腰が柔らかく好青年 実際は俺様 気に入った人間はとにかくかまい倒す 清子はいつまで、貧乏を隠し通せるのか!? ※河守家※ 父 祥平 放浪の画家。ほぼ家にいない 母 真由 のんびり屋 長男 健太(高一・16歳)服作りが趣味 次男 巧(高一・15歳)弁護士になるのが目標 三男 真(小五・10歳)サッカー少年 四男 望(保育園年中・5歳)飛行機大好き 次女 美妃(保育園児・五ヶ月)未知数

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

処理中です...