雨に濡れた桜 ~能面課長と最後の恋を~

國樹田 樹

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律子の推理

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「えっ? 茜ったらまたなの? ここ一ヶ月ずっとじゃない」

 目を丸くしてそう言ったのは親友の巽律子(たつみりつこ)だ。

 私とは同期入社で、しかも同じ短大を卒業した同級生でもある。

 彼女は総務課にある自分のデスクに座ったまま、私を見上げて残念そうな顔をしていた。
 つられて、私も両肩ががっくりと下がる。

「そうなの。また廊下で白沢さん、って声かけられちゃったのよ。もういい加減にしてほしいわ。断れないのわかってるくせに……」

 半ば怒り気味に愚痴をこぼすと、律子はうんうんと頷いてくれた。

 肩で真っ直ぐ切りそろえられた彼女の綺麗な黒髪が動作に合わせて揺れる。
 真っ赤なルージュをひいてある唇は、同情してくれているのかへの字に曲がっていた。

 律子もお昼ご飯を一緒に食べられないのを残念に思ってくれているのだろう。

 原因はここ一ヶ月ほど、あの本庄課長から仕事を言いつけられるせいだ。
 まったくもって迷惑なことに。

 大抵は会議資料だとかの書類をデータ化すること。

 急遽決まった企画会議や打ち合わせに使うものだとか、簡単だけど急ぎのモノばかり。

 そういった突発的な事がよくあるうちの部署では、似たような細かい急仕事が頻繁に発生する。
 特に今は業績が悪化気味なので、連日立て続けになんだかんだと詰め込まれているのだ。

 書類仕事なんて、結構誰でもいいと思うのだけど、本庄課長が仕事を押し付けるのはいつも私だった。

 まぁ……どうせ短大卒の私は、それほど重要な仕事は回ってこないし抱えてもいないから、雑務に近い作業は言いつけられて当たり前なんだろうけど。

 にしてもあの能面課長。最近はどうにも度が過ぎてる。

「茜はねぇ。雰囲気が優しいから、本庄課長も頼みやすいのよ。それに簡単な仕事でもめんどくさい仕事でもきちんとこなすから、信用されてるんじゃない?」

 律子が言った。
 赤いルージュを塗った唇の端を少し上げて笑う彼女は同性の私から見てもとても綺麗だ。サバサバした姉御肌な性格で、いつもこうして私の話を聞いてくれる。

 そうかな……なんていうか、ただ他の女子社員には言いづらいから、私に言ってるってだけな気がするんだけど。

 いやまぁ、あの能面課長に「言いづらい」なんて感情があるかどうかもわからないけど。

 私は困惑しながら首を傾げた。

「信用されてるって感じはしないけど……というか、そこまで課長と接点もないし。それに頼みにくるんなら、わざわざ休憩前じゃなくて、午前の仕事中に言ってくれればいいのに。いっつも人のご飯の邪魔してくるんだから。も~……」

「ムクれないムクれない。ま、そこの事情はあたしはわかるけどね。ほら、眉間にシワ」

 むすっとした顔で文句を言っていたら、律子に額をつつかれた。綺麗にネイルした指でぐりぐりと眉間を広げられる。

 彼女の爪先がちょっとだけ当たった。

「そこの事情って何よー?」

 膨れて言うと、律子はまるで面白い事があったような顔をしてけらけら笑う。彼女の口元が弧を描いていた。

「さあね。でもそのうち何かのアクションとってくるでしょ。何もなければそこまでってことよ」

 ????? わけわかんない。一体なんなの?
 律子ってばちゃんと話通じてるのかしら。

 疑問符を浮かべる私に、律子は意味ありげに笑っている。

「意味わかんないこと言わないでよ。ただでさえこれから面倒ごとが待ってるのに」

「はいはい。あんたはそれでいいのよ。それより、こんなに話してていいの? 課長が恐い顔して待ってるんじゃない?」

 律子の言葉にはっとして自分の腕時計を見る。思ったより時間が経過していた。

 まずい。あれからもう二十分以上は過ぎてる。
 急がないと大変。

「律子っ、いつもごめんねっ! またねーーっ」

 律子に手を振りながら足早に総務課のオフィスから立ち去った。

 そしてつい愚痴ってしまったものの、よく考えたら律子の休憩時間を私のせいで削ってしまったことに気付いた。悪いことをしたなと思う。
 また今度何かお礼をしなければ。エルローザのシュークリームで良いだろうか。

 そう考えながら慌ててエレベーターに乗り込み、自分の部署へと急ぐ。けれど、いつもと変わらない速度は今に限ってとても遅く感じられた。

 ああもう、早くっ。
 待たせた時の課長って恐いんだからっ。

 言葉数が少ない上に表情も乏しい。そんな彼に無言で書類を渡される瞬間ほど恐ろしいものはない。

 他の社員は休憩中とはいえ、仕事を頼まれた以上、私は業務中なのだ。
 あまり時間を空けるのはまずいだろう。

「つ、着いた……」

 慌てて走ってきたおかげで、思っていたより早く戻ってこれた。安堵しつつ扉の前で深呼吸をして息を整える。

 少しひんやりしたドアノブに手をかけて回すと、カチャリと音がして見慣れた景色が広がった。

 四つのデスクが一つの島になって等間隔に並んでいる。

 いつもと違うのは、フロアにいるのが課長だけなことだ。
 広いフロアの一番奥、半分閉めたブラインドの前で、縞模様の光を背にカタカタとパソコンのキーを叩く課長の姿がぽつんと見える。

 私のいる部署には大体三十人くらいが在籍しているけれど、食堂があるのでお昼は皆そっちに行ってしまい、室内はがらんと静まり返るのだ。

 残っているのは電話番をしている課長くらい。

 正直、この状況で課長と二人で話すのは恐いことこの上ないのだけど。

「お、お待たせしました……っ」

 私はぐっとお腹に力を入れてから、課長に声をかけた。
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