雨に濡れた桜 ~能面課長と最後の恋を~

國樹田 樹

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能面課長と二度目のデート

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「も、もしもし」

 たった今まで脳内を占めていた人の着信に驚きながら出ると、薄い機械からは聞きなれた低い声がした。

「白沢さん、今日の夜は、何か予定が?」

 え? と一瞬疑問符が浮かぶ。

 いつか聞いたのと同じセリフに、頭がすぐに働かなくて。

 違うのはあの時は対面で、今はスマホからってこと。

「もし無いなら、良ければまた少し時間をもらいたいんだが……君の体調が、大丈夫なら」

 返事をしない私に課長は矢継ぎ早に、あの時とほとんど変わらない言葉を告げた。初めて課長とデートしたあの日も、彼はこんな風に誘ってくれたなと思い出す。

「は、はいっ。大丈夫です……!」

 慌てて返事をすると、軽くふっと息の漏れる音が聞こえた。それはどこか安堵したような響きで、その音の後に本庄課長の声がまた続く。

「ありがとう。それじゃあまた紅苑で。仕事が終わったらおちあおう」

「わかりました」

 課長は以前待ち合わせしたのと同じ場所を指定して、それから通話を切った。声が心もち嬉しそうだったのは、私の気のせいだろうか。

 ……私が、嬉しいからそう聞こえるのかな。

 課長の内面を知って好意をもったからこそ、そんな風に捉えてしまうのだろうか。

 我ながら現金だなと思いながら、浮き立つ気持ちで私は午後の仕事に戻った。

 ―――やっぱりというかなんというか、兼崎さんを手伝うことになったのは、言うまでもない。

 
 そうして仕事上がり。

 約束した紅苑の駐車場に向かうと、十台ほど駐車できるスペースの一番奥に、すでに課長の車が止まっていた。前回と同じ場所だ。

 一番奥に目立たない感じで止まっている課長の車に歩いていくと、助手席側の窓が下がり課長の無表情な能面が覗いた。

「乗って」

 短い一言を告げて、課長が中から助手席のドアを開けてくれる。私は「失礼します」と一言添えて車に乗り込みシートベルトを締めた。

 ……あのー……そんな見られると緊張するんですが……。

 私が乗って、シートベルトを締める間ずっと向けられている視線に、なんだか妙にそわそわした。

 そろりと伺えば、課長の切れ長な瞳と目が合う。

 夕暮れの茜色に染まった銀縁眼鏡がまるで燃えているみたいで、私は途端にどきっとしてしまった。

「体調は……大丈夫か?」

「あ、えっと、はい……」

 じっと深く見つめながら言われて、私はうまく声が出せずにこくりと頷いた。

 なんというか、課長の空気?
 オーラ?
 みたいなものに気圧されたというか、今の課長の視線がやけに……熱っぽい気がするのだ。

 仕事中とは全然違う、ぴったりと張り付いてくるような気配というか。

「なら良かった。今日は来てくれてありがとう」

 そう告げた途端、課長の瞳がふわりとゆるむ。

 切れ長の瞳の険がとれ、目尻がほんの少しだけ下がって。
 あのなんともいえない、やわらかで温かい微笑だ。

 普段の能面顔なんてどこかに消え去って、薄く淡く、だけど心底嬉しそうに微笑む表情は、私が今日課長の誘いを受けたことを本当に喜んでくれているように見えた。

「いえ、こちら、こそ……お誘い、ありがとうございます……」

 ひええっ。
 課長の顔がっ。課長の顔がっ。

 直視できないんですけどーーーーっ!

 普段とのギャップがすご過ぎて、私の心にはとてつもない破壊力だ。

 思わず俯きながら、課長になんとか言葉を返す。これで精一杯だ。

 心臓が一気にオーバーヒートしてしまいそうな感覚に、ええいドキドキよ落ち着け! と自分を叱咤していると、不思議な雰囲気の沈黙が横から伝わった。

 今、なんか息を飲んだような音が聞こえたような?

「……君は、本当に可愛いな」

 言葉に詰まるようなことを言っただろうかとふっと瞳を上げた瞬間、課長が静かに私を見つめてそう言った。

 か、かわいい?

 頭の中が三歳児になったみたいに課長の言葉を復唱してしまう。運転席にいる課長は夕暮れを背中に背負い顔は逆光になっている。

 だけど窓ガラスに反射した光のせいで彼の表情はよく見えた。

 眼鏡の下にある頬が赤く見えるのは、夕日がくれた茜色のせいだろうか。同じように、課長の瞳に熱があるように思えるのも。

 今日、これで課長とのデートは二回目になる。

 この前のは看病してもらったのでノーカウントだ。

 ……だけど私、今日このドキドキを課長に知られずに平気な顔していられるかしら。


 私は熱くなる頬と、胸の両方を感じながら二度目の課長とのデートは色んな意味で大変かもしれない、と感じていた。
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