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能面課長とズルい問いかけ
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桜の花が開き、やがてはらりはらりと舞い落ちていくのを見ると、なんだか物悲しい気分になる。
花の散る姿はどうしても「終わり」を感じさせるからだろうか。
彼と出会ったのは、桜が咲き始めた季節だった。
そして今はもう、盛りを少し過ぎてしまった。
***
「じっとして」
「え、あ、はい……っ」
早めの夕食を取ってから、前回とは違う公園に連れてきてくれた本庄課長は、突然歩みを止めて私の方へ手を伸ばした。
ほんの少し驚いて、思わず彼が手を伸ばしてきた方の目を瞑る。
すると頭に指先が触れた感触があり、すぐに離れていった。
ちゃんと両目を開けてみると、私より太くしっかりした課長の人差し指と親指の間に、淡い色をした一枚の花弁が挟まっていた。
桜の花びらだ。
「あ……桜」
「髪に、ついていた」
言って、本庄課長が桜の花弁を私に差し出す。
それを両手で受け取り彼を見上げると、課長の眼鏡に自分の姿が映っているのが見えた。それと彼越しに、ほぼ花を落とした桜の大樹が夜に染まりかけた空を半分覆っていた。
ざあぁ、と音がして、風が私達の髪と花びらを舞い上げる。
「ありがとう、ございます」
「……ああ」
風が吹きやむのを待ち、花弁を取ってもらったことに礼を告げたら、短いけれどほんの少し喜色の滲んだ返事が返ってきた。
再び並んで歩きだしながら、私は受け取った桜の花びらを握り締めた。
今、あの『返事』を告げるかどうか。
私は迷っている。
本庄課長に告白されてから、一週間と少しが経った。
普通なら、まだ返事を待っていてほしいと言ってもいいのかもしれない。だけど律子とも話した通り、彼はもともと本社の人間だ。
私と一緒にずっとここで仕事をする人ではなく、いつかは戻ることになる。
実際、本庄課長が来てから業績は上がってきているし……。
それに他の問題だって出てきてしまっている。これも律子の言った通りになったと言うべきだろうか。
……兼崎さん、課長狙いだって言ってた。
それを思い出すと、胸にざわりとした感情が湧き上がる気がした。課長に対して、今は怖いだとか嫌だとかいう気持ちはとうに無かった。
あるのはむしろ好意で。だけどこれが恋なのかはまだ確信できなくて。
なにしろ知り始めてまだ日が浅いのだ。浅すぎる。
だって今までは、彼のことをまるでロボットのような人だと思っていたのだから。
能面なのは相変わらずだけど、今は少しだけ感情の機微がわかるようになってきた。
まだ、これから知っていきたい。だけどタイムリミットがある。
彼との関係を続けるのならば、遠距離恋愛だって耐えなければならない。年齢的に続くのかどうか、続かなければどうなるかなんて、卑怯にもリスクだって考えてしまう。
だって私は、兼崎さんのように若くはないのだから。
課長の出張期間って……決まってるのかしら。これって、聞いてもいいこと?
それとも先に返事をするべき? わ、わからない……っ。
「あのっ」
「君は」
「「あ」」
言い出そうとしたら、偶然声が重なった。
お互いにぽかんとしながら見つめ合うこと、数秒。ふっと課長が眼鏡奥の瞳を緩めて、「どうぞ」と先を促してくれる。
それもやや口角を上げた、滅多に見せないような楽し気な表情で。
……っだから、その笑顔は反則だってばっ。
どきんと跳ねる胸をぎゅっと花びらを持った手で押さえながら、私は意を決して口を開いた。
「あのっ、課長の出張期間はいつまで、なんでしょうか……?」
最後が尻すぼみになってしまったのは、聞いていいものかどうかわからなかったからだ。
それに、告白の返事をする前にこんな事を聞いて、まるで相手の出方を窺うようなズルいやり方に、自分で自分に嫌気が差していた。
「期間、か」
私の言葉を聞いた課長の瞳が一瞬、すっと細まったように、見えた。
花の散る姿はどうしても「終わり」を感じさせるからだろうか。
彼と出会ったのは、桜が咲き始めた季節だった。
そして今はもう、盛りを少し過ぎてしまった。
***
「じっとして」
「え、あ、はい……っ」
早めの夕食を取ってから、前回とは違う公園に連れてきてくれた本庄課長は、突然歩みを止めて私の方へ手を伸ばした。
ほんの少し驚いて、思わず彼が手を伸ばしてきた方の目を瞑る。
すると頭に指先が触れた感触があり、すぐに離れていった。
ちゃんと両目を開けてみると、私より太くしっかりした課長の人差し指と親指の間に、淡い色をした一枚の花弁が挟まっていた。
桜の花びらだ。
「あ……桜」
「髪に、ついていた」
言って、本庄課長が桜の花弁を私に差し出す。
それを両手で受け取り彼を見上げると、課長の眼鏡に自分の姿が映っているのが見えた。それと彼越しに、ほぼ花を落とした桜の大樹が夜に染まりかけた空を半分覆っていた。
ざあぁ、と音がして、風が私達の髪と花びらを舞い上げる。
「ありがとう、ございます」
「……ああ」
風が吹きやむのを待ち、花弁を取ってもらったことに礼を告げたら、短いけれどほんの少し喜色の滲んだ返事が返ってきた。
再び並んで歩きだしながら、私は受け取った桜の花びらを握り締めた。
今、あの『返事』を告げるかどうか。
私は迷っている。
本庄課長に告白されてから、一週間と少しが経った。
普通なら、まだ返事を待っていてほしいと言ってもいいのかもしれない。だけど律子とも話した通り、彼はもともと本社の人間だ。
私と一緒にずっとここで仕事をする人ではなく、いつかは戻ることになる。
実際、本庄課長が来てから業績は上がってきているし……。
それに他の問題だって出てきてしまっている。これも律子の言った通りになったと言うべきだろうか。
……兼崎さん、課長狙いだって言ってた。
それを思い出すと、胸にざわりとした感情が湧き上がる気がした。課長に対して、今は怖いだとか嫌だとかいう気持ちはとうに無かった。
あるのはむしろ好意で。だけどこれが恋なのかはまだ確信できなくて。
なにしろ知り始めてまだ日が浅いのだ。浅すぎる。
だって今までは、彼のことをまるでロボットのような人だと思っていたのだから。
能面なのは相変わらずだけど、今は少しだけ感情の機微がわかるようになってきた。
まだ、これから知っていきたい。だけどタイムリミットがある。
彼との関係を続けるのならば、遠距離恋愛だって耐えなければならない。年齢的に続くのかどうか、続かなければどうなるかなんて、卑怯にもリスクだって考えてしまう。
だって私は、兼崎さんのように若くはないのだから。
課長の出張期間って……決まってるのかしら。これって、聞いてもいいこと?
それとも先に返事をするべき? わ、わからない……っ。
「あのっ」
「君は」
「「あ」」
言い出そうとしたら、偶然声が重なった。
お互いにぽかんとしながら見つめ合うこと、数秒。ふっと課長が眼鏡奥の瞳を緩めて、「どうぞ」と先を促してくれる。
それもやや口角を上げた、滅多に見せないような楽し気な表情で。
……っだから、その笑顔は反則だってばっ。
どきんと跳ねる胸をぎゅっと花びらを持った手で押さえながら、私は意を決して口を開いた。
「あのっ、課長の出張期間はいつまで、なんでしょうか……?」
最後が尻すぼみになってしまったのは、聞いていいものかどうかわからなかったからだ。
それに、告白の返事をする前にこんな事を聞いて、まるで相手の出方を窺うようなズルいやり方に、自分で自分に嫌気が差していた。
「期間、か」
私の言葉を聞いた課長の瞳が一瞬、すっと細まったように、見えた。
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