21 / 52
律子の推理Ⅱ
しおりを挟む
「へえ。やっぱり付き合うことになったんだ」
「やっぱりって何、やっぱりって……」
顔を引き攣らせる私に、律子はきのこパスタをくるくる巻き付けたフォークを口に入れ、くふふと笑った。
彼女の肩で切りそろえられた艶髪がさらりと揺れて、赤い口紅が綺麗な弧を描く。
「だあって、茜ってばわかりやすいんだもの。完全に課長に惹かれてたじゃない。だから私だってお膳立てしてあげたんでしょ」
「うっ……」
図星を突かれて二の句が告げない。私は返事の代わりに、自分のオムライスを一口掬って食べた。とろりとした半熟の卵と、酸味と甘みのきいたチキンライスが口の中で混ざり合い、なんともいえない旨さを醸し出す。
うん。やっぱり紅苑のオムライスは絶品だわ。
―――二度目のデート翌日。
私は律子と一緒に昼食を取っていた。それも場所は社内食堂ではなく、課長との待ち合わせ場所にもなっている紅苑である。
ここのお昼ランチはとても人気で、急がないとすぐに人が並んでしまうが、今日は律子が先に来て席を取っておいてくれた。まあ、その代わりに色々と白状させられているのだけど。
……だってやっぱり、兼崎さんに頼んでたんだもの。課長ってば。
少し不貞腐れた気持ちで、付け合わせのサラダをほおばる。自家製のドレッシングがきいていて、どちらもとても美味しい。
こうして律子と紅苑でご飯が食べられたのも、課長が兼崎さんに仕事を頼んだからだと思うと、少し複雑だった。
「で? どうしてその兼崎さんって人に頼む事になったのか、理由は聞いたの?」
複雑な気持ちになっていると、それをお見通しとばかりに律子が質問を投げてくる。私は彼女を見ながらつい眉尻を下げた。
「聞いてない……」
「どうして聞かないのよ」
「だって仕事なんだもの。誰にやってもらうかなんて課長の判断に任せるしかないでしょ。それに、今までただでさえ嫌そうにしてたのに、今更どうして自分じゃないのか、なんて聞けないわよ」
私より先に食事を終えた律子は、私の返答に「ふうん」と何か含んでいる様子で目を眇めてみせた。
「ちょっと、何よ」
「別に~? トンビに油揚げって事にならなきゃいいわねってだけよ」
「なにそれ」
律子は呆れたように首を左右に振ると、肩を竦めて言った。
私は彼女がグラスの水を飲むのを見ながら、残ったオムライスを口に入れる。美味しいのに、胸はいっぱいにならない。律子が言いたい事はなんとなくわかるけれど、だからといって何ができるわけでもない。
課長が私より兼崎さんに頼みたいと思ったならそれは尊重すべきだ。上司である彼にはそれなりの考えがあるのだろうから。
私達が付き合い始めたことと仕事はまた別の話だ。大人なんだからそれくらいは区別しなければ。
「ちょっと、茜ったら」
「痛っ、もう、なにするのよ」
食べながらぼんやり考えていたら、突然律子におでこにデコピンされた。
たいして痛いわけではなかったけど、不意打ちだったので驚いた。彼女は、仕方ないな、みたいな顔で笑っている。
「あんたのそういう聞きたいことを我慢する癖、よくないわよ。気になる事はちゃんと聞く! 付き合い始めだからって遠慮してると、無駄な時間消費しちゃうんだから。出張の期間の事もあるし、さっさと聞いちゃなさい……ま、どうせ大した理由じゃないわよ。あたしの推理ではね」
「どういう意味よー?」
「ほほほ、この律子様には何でもお見通しって事よ。……それに、この前本庄課長とも話したからこそ言うけど、あんたも分かりやすいけどあの人も大概だと思うわよー」
「あ、ちょっと律子」
律子はなにが楽しいのか満面の笑顔でそう言って、私の食事が終わったのを見るや伝票を手に椅子を立った。しかもさっさとレジの方へと歩いていく。なので私も慌てて席を立ち、バッグを手に彼女の後に続いた。けれど律子は千円札を三枚出して、手早く二人分の料金を支払ってしまう。
私は彼女に自分の分の代金を財布から出して手渡そうとしたが、笑顔で制されてしまった。
「今日はあたしからのお祝いってことで。それと応援もね」
しかもそう言ってお店のドアに私を引っ張っていく。
「でも」
「いいのよ。また何かあったら教えてくれたら。だって人の恋バナほど楽しいものってないもの」
「もう、律子ったら……わかった、ありがとう」
一瞬戸惑ったけれど、楽しそうにそう言ってくれた友人に私は苦笑して、今度は自分が奢ることを決めてお礼を言った。
彼女と会社へ戻る途中、街路樹として植えられている桜の樹を見た。花びらを落としきった枝にはもう青々とした若葉が見えている。
今はもう、四月の終わりだ。
課長が本社に戻るまであと、一カ月。
「やっぱりって何、やっぱりって……」
顔を引き攣らせる私に、律子はきのこパスタをくるくる巻き付けたフォークを口に入れ、くふふと笑った。
彼女の肩で切りそろえられた艶髪がさらりと揺れて、赤い口紅が綺麗な弧を描く。
「だあって、茜ってばわかりやすいんだもの。完全に課長に惹かれてたじゃない。だから私だってお膳立てしてあげたんでしょ」
「うっ……」
図星を突かれて二の句が告げない。私は返事の代わりに、自分のオムライスを一口掬って食べた。とろりとした半熟の卵と、酸味と甘みのきいたチキンライスが口の中で混ざり合い、なんともいえない旨さを醸し出す。
うん。やっぱり紅苑のオムライスは絶品だわ。
―――二度目のデート翌日。
私は律子と一緒に昼食を取っていた。それも場所は社内食堂ではなく、課長との待ち合わせ場所にもなっている紅苑である。
ここのお昼ランチはとても人気で、急がないとすぐに人が並んでしまうが、今日は律子が先に来て席を取っておいてくれた。まあ、その代わりに色々と白状させられているのだけど。
……だってやっぱり、兼崎さんに頼んでたんだもの。課長ってば。
少し不貞腐れた気持ちで、付け合わせのサラダをほおばる。自家製のドレッシングがきいていて、どちらもとても美味しい。
こうして律子と紅苑でご飯が食べられたのも、課長が兼崎さんに仕事を頼んだからだと思うと、少し複雑だった。
「で? どうしてその兼崎さんって人に頼む事になったのか、理由は聞いたの?」
複雑な気持ちになっていると、それをお見通しとばかりに律子が質問を投げてくる。私は彼女を見ながらつい眉尻を下げた。
「聞いてない……」
「どうして聞かないのよ」
「だって仕事なんだもの。誰にやってもらうかなんて課長の判断に任せるしかないでしょ。それに、今までただでさえ嫌そうにしてたのに、今更どうして自分じゃないのか、なんて聞けないわよ」
私より先に食事を終えた律子は、私の返答に「ふうん」と何か含んでいる様子で目を眇めてみせた。
「ちょっと、何よ」
「別に~? トンビに油揚げって事にならなきゃいいわねってだけよ」
「なにそれ」
律子は呆れたように首を左右に振ると、肩を竦めて言った。
私は彼女がグラスの水を飲むのを見ながら、残ったオムライスを口に入れる。美味しいのに、胸はいっぱいにならない。律子が言いたい事はなんとなくわかるけれど、だからといって何ができるわけでもない。
課長が私より兼崎さんに頼みたいと思ったならそれは尊重すべきだ。上司である彼にはそれなりの考えがあるのだろうから。
私達が付き合い始めたことと仕事はまた別の話だ。大人なんだからそれくらいは区別しなければ。
「ちょっと、茜ったら」
「痛っ、もう、なにするのよ」
食べながらぼんやり考えていたら、突然律子におでこにデコピンされた。
たいして痛いわけではなかったけど、不意打ちだったので驚いた。彼女は、仕方ないな、みたいな顔で笑っている。
「あんたのそういう聞きたいことを我慢する癖、よくないわよ。気になる事はちゃんと聞く! 付き合い始めだからって遠慮してると、無駄な時間消費しちゃうんだから。出張の期間の事もあるし、さっさと聞いちゃなさい……ま、どうせ大した理由じゃないわよ。あたしの推理ではね」
「どういう意味よー?」
「ほほほ、この律子様には何でもお見通しって事よ。……それに、この前本庄課長とも話したからこそ言うけど、あんたも分かりやすいけどあの人も大概だと思うわよー」
「あ、ちょっと律子」
律子はなにが楽しいのか満面の笑顔でそう言って、私の食事が終わったのを見るや伝票を手に椅子を立った。しかもさっさとレジの方へと歩いていく。なので私も慌てて席を立ち、バッグを手に彼女の後に続いた。けれど律子は千円札を三枚出して、手早く二人分の料金を支払ってしまう。
私は彼女に自分の分の代金を財布から出して手渡そうとしたが、笑顔で制されてしまった。
「今日はあたしからのお祝いってことで。それと応援もね」
しかもそう言ってお店のドアに私を引っ張っていく。
「でも」
「いいのよ。また何かあったら教えてくれたら。だって人の恋バナほど楽しいものってないもの」
「もう、律子ったら……わかった、ありがとう」
一瞬戸惑ったけれど、楽しそうにそう言ってくれた友人に私は苦笑して、今度は自分が奢ることを決めてお礼を言った。
彼女と会社へ戻る途中、街路樹として植えられている桜の樹を見た。花びらを落としきった枝にはもう青々とした若葉が見えている。
今はもう、四月の終わりだ。
課長が本社に戻るまであと、一カ月。
12
あなたにおすすめの小説
恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-
プリオネ
恋愛
せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。
ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。
恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。
愛が重いだけじゃ信用できませんか?
歩く魚
恋愛
【ヤンデレと戦えるのは遊び人である】
古庵瑠凪は、大学内における、いわゆる「何でも屋」に相当するサークルに所属している。
生徒を助け、浮かれたように遊び、大学生の青春を謳歌する、そんな毎日。
しかし、ある日「お見舞い」が自宅のドアにかけられていたことを皮切りに、彼の平穏な日々に変化が訪れる。
「好きだからです。世界中の誰よりも好きで好きでたまらないからです」
突然の告白。ストーカーの正体。
過去の一件から恋人を作らないと決意した瑠凪は、さまざまな方向に「重い」ヒロインたちのアプローチから逃れることができるのか?
【完結】恋は、友とビールとおいしい料理と
桜井涼
恋愛
大学時代からの親友、香奈子と理子。婚約破棄から始まる香奈子の恋は失恋旅行で何かをつかんだ。
転職から始まった理子の恋は、転勤でどう動く?それぞれの恋と友情の物語。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
楓乃めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】
その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。
片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。
でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。
なのに、この呼び出しは一体、なんですか……?
笹岡花重
24歳、食品卸会社営業部勤務。
真面目で頑張り屋さん。
嫌と言えない性格。
あとは平凡な女子。
×
片桐樹馬
29歳、食品卸会社勤務。
3課課長兼部長代理
高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。
もちろん、仕事できる。
ただし、俺様。
俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?
清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お前、頬を叩いた詫びに婚約者になれ」
上司で社長の彪夏と秘書の清子はお似合いのふたりだと社内でも評判。
御曹司でイケメンの彪夏は女子の憧れの的。
清子はどこぞのご令嬢と噂され、男女問わず視線を集めていた。
……しかし。
清子には誰もが知らない、秘密があったのです――。
それは。
大家族のド貧乏!
上は高校生、下は生まれたばかりの五人弟妹。
おっとりして頼りにならない義母。
そして父は常に行方不明。
そんな家族を支えるべく、奮闘している清子ですが。
とうとう、彪夏に貧乏がバレたまではよかったけれど。
子持ちと間違われてついひっぱたいてしまい、償いに婚約者のフリをする羽目に。
しかも貧乏バラすと言われたら断れない。
どうなる、清子!?
河守清子
かわもりさやこ 25歳
LCCチェリーエアライン 社長付秘書
清楚なお嬢様風な見た目
会社でもそんな感じで振る舞っている
努力家で頑張り屋
自分がしっかりしないといけないと常に気を張っている
甘えベタ
×
御子神彪夏
みこがみひゅうが 33歳
LCCチェリーエアライン 社長
日本二大航空会社桜花航空社長の息子
軽くパーマをかけた掻き上げビジネスショート
黒メタルツーポイント眼鏡
細身のイケメン
物腰が柔らかく好青年
実際は俺様
気に入った人間はとにかくかまい倒す
清子はいつまで、貧乏を隠し通せるのか!?
※河守家※
父 祥平 放浪の画家。ほぼ家にいない
母 真由 のんびり屋
長男 健太(高一・16歳)服作りが趣味
次男 巧(高一・15歳)弁護士になるのが目標
三男 真(小五・10歳)サッカー少年
四男 望(保育園年中・5歳)飛行機大好き
次女 美妃(保育園児・五ヶ月)未知数
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる