23 / 52
能面課長の嫉妬Ⅰ
しおりを挟む
気が付けば、覚えのある大きな手に優しく肩を抱かれていた。
背中に当たるスーツの質感と厚い胸板の感触に、思わず振り向いて見上げると予想通りの人がいて。
―――けれど。
え、課長?
目にした表情を見て、私の思考が止まる。
そこには、普段の彼からは想像できない鋭い眼差しで前を見据える本庄課長の顔があった。そのあまりに冷たく厳しい表情に、私の目が驚きで見開く。
こんな顔をするこの人を初めて目にした。彼の視線は私ではなく、真っ直ぐ松田さんの方に向いている。
肩を掴んでいる彼の手に、ぐっと力が込められたのを感じた。
「……待たせてすまない。悪いが、先に車で待っていてくれないか」
「え?」
本庄課長は松田さんから私に視線を移すと、普段の能面顔に表情を戻してそう告げた。そしてスーツのポケットからキーケースを取り出し、私に見せる。つるりとした光沢のある、黒い皮のキーケースだ。
彼はそれを片手でぱちりと開くと、中からブラックにシルバーのエンブレムが付いたリモコンキーを出した。デートの時に乗せてもらっている車のものだ。
「これを」
「え、あの、その」
「本庄課長……と、白沢さんが? え? ええ?!」
焦って戸惑う私に構わず、課長はさっと私の手を取るとそのままキーケースを掌に握らせた。彼にしては珍しい強引な仕草だった。松田さんはぽかんと口を開けたまま私と課長を交互に見て何やらもごもご呟いている。
私の手の中に、しっとりした皮の厚い感触が渡された。それを握り締め困惑したまま課長を見上げる。課長の切れ長の瞳が、いつもより深い色になっている気がする。それに今、一瞬だけ触れた課長の指先が、震えていたような気がした。
「課長……?」
「俺もすぐに行く」
課長は普段より濃く見える瞳を私から松田さんに戻した。周囲の野次馬も課長の迫力に気圧されているのか誰も囃し立てる者はいない。
それくらい彼の纏う空気が普段とは全く違って見える。なんといえばいいのだろうか。まるで何かを拒絶しているような、拒絶反応……そう、何かに対して拒否反応を起こしているような、そんな雰囲気だった。
先に車に行っててくれなんて、今日は約束もしていなかったのに。
それに、こんな人前でそんな事を言ったら、付き合っていることがわかってしまうのに。課長はそれでいいの?
課長と付き合うことになったものの、特に交際をオープンにするだとかの話はしていない。私も彼もいい大人だ。社内恋愛が公になると仕事上面倒なことになることがわかっているため、暗黙の了解で口にしないのだと思っていた。
けれど、今の彼の態度からするに課長の方はオープンになっても良いらしい。
それは別に……構わないけど。
面倒は面倒だろうが、こういうのは大抵いつかばれるものだ。まあ相手が課長の場合はもしかしたら隠し通せたかもしれないが、今となっては過ぎた話だろう。
そんなことより気になるのは、今の課長の様子だった。
彼は今、松田さんを睨みつけるように凝視していて、少し、どころかかなり物騒な気配を放っている。
まるでひどく強い憤りを抑えているような。
なんだかこのまま彼に言われた通り車へ行ってしまってはいけない気がした。
それに松田さんへの返事もある。彼は明らかに本庄課長に気圧されているけれど、私達のやりとりで流石に気が付いたのか戸惑いと焦りの入り混じる表情をしていた。
「あのっ! お二人は、もしかしてっ」
意を決したように松田さんが告げる。その時本庄課長の身体が前に出ようとしたので、私は彼の腕をぐっと掴んでわざと引き留めた。
課長が私に振り向く。眼鏡越しに見た彼の目はとても驚いていた。
自分でもなぜこうしているのかわからない。
だけど今、この人を安心させてあげなければいけないと、そう思った。
「松田さんのご想像におまかせします……けど、大人ですし、おわかりですよね?」
ここまであからさまな「想像にまかせる」も無いなと思いながら告げて、私は今日一番の笑顔を浮かべた。そして、そのままの表情で本庄課長に向き直る。すると銀縁眼鏡の奥にある切れ長の瞳が、より一層大きく見開かれた。先程まであった怒りの気配が消えている。
「……じゃあ、先に行って、待ってますね」
ぎゅっと、彼の腕を掴む指先に力を込める。それからぱっと離して、私は二人にお辞儀をして踵を返した。心臓は早鐘のように鳴り響いていて、もう心臓が口から飛び出そうだった。周囲のどよめきを聞こえない振りして、ただひたすらに足を動かす。
わ、私はなんて事をしたの……っ!!!!
明日会社来たくないんだけどーーーっ!!!!
脳内では、自分の悲鳴が木霊していた。
背中に当たるスーツの質感と厚い胸板の感触に、思わず振り向いて見上げると予想通りの人がいて。
―――けれど。
え、課長?
目にした表情を見て、私の思考が止まる。
そこには、普段の彼からは想像できない鋭い眼差しで前を見据える本庄課長の顔があった。そのあまりに冷たく厳しい表情に、私の目が驚きで見開く。
こんな顔をするこの人を初めて目にした。彼の視線は私ではなく、真っ直ぐ松田さんの方に向いている。
肩を掴んでいる彼の手に、ぐっと力が込められたのを感じた。
「……待たせてすまない。悪いが、先に車で待っていてくれないか」
「え?」
本庄課長は松田さんから私に視線を移すと、普段の能面顔に表情を戻してそう告げた。そしてスーツのポケットからキーケースを取り出し、私に見せる。つるりとした光沢のある、黒い皮のキーケースだ。
彼はそれを片手でぱちりと開くと、中からブラックにシルバーのエンブレムが付いたリモコンキーを出した。デートの時に乗せてもらっている車のものだ。
「これを」
「え、あの、その」
「本庄課長……と、白沢さんが? え? ええ?!」
焦って戸惑う私に構わず、課長はさっと私の手を取るとそのままキーケースを掌に握らせた。彼にしては珍しい強引な仕草だった。松田さんはぽかんと口を開けたまま私と課長を交互に見て何やらもごもご呟いている。
私の手の中に、しっとりした皮の厚い感触が渡された。それを握り締め困惑したまま課長を見上げる。課長の切れ長の瞳が、いつもより深い色になっている気がする。それに今、一瞬だけ触れた課長の指先が、震えていたような気がした。
「課長……?」
「俺もすぐに行く」
課長は普段より濃く見える瞳を私から松田さんに戻した。周囲の野次馬も課長の迫力に気圧されているのか誰も囃し立てる者はいない。
それくらい彼の纏う空気が普段とは全く違って見える。なんといえばいいのだろうか。まるで何かを拒絶しているような、拒絶反応……そう、何かに対して拒否反応を起こしているような、そんな雰囲気だった。
先に車に行っててくれなんて、今日は約束もしていなかったのに。
それに、こんな人前でそんな事を言ったら、付き合っていることがわかってしまうのに。課長はそれでいいの?
課長と付き合うことになったものの、特に交際をオープンにするだとかの話はしていない。私も彼もいい大人だ。社内恋愛が公になると仕事上面倒なことになることがわかっているため、暗黙の了解で口にしないのだと思っていた。
けれど、今の彼の態度からするに課長の方はオープンになっても良いらしい。
それは別に……構わないけど。
面倒は面倒だろうが、こういうのは大抵いつかばれるものだ。まあ相手が課長の場合はもしかしたら隠し通せたかもしれないが、今となっては過ぎた話だろう。
そんなことより気になるのは、今の課長の様子だった。
彼は今、松田さんを睨みつけるように凝視していて、少し、どころかかなり物騒な気配を放っている。
まるでひどく強い憤りを抑えているような。
なんだかこのまま彼に言われた通り車へ行ってしまってはいけない気がした。
それに松田さんへの返事もある。彼は明らかに本庄課長に気圧されているけれど、私達のやりとりで流石に気が付いたのか戸惑いと焦りの入り混じる表情をしていた。
「あのっ! お二人は、もしかしてっ」
意を決したように松田さんが告げる。その時本庄課長の身体が前に出ようとしたので、私は彼の腕をぐっと掴んでわざと引き留めた。
課長が私に振り向く。眼鏡越しに見た彼の目はとても驚いていた。
自分でもなぜこうしているのかわからない。
だけど今、この人を安心させてあげなければいけないと、そう思った。
「松田さんのご想像におまかせします……けど、大人ですし、おわかりですよね?」
ここまであからさまな「想像にまかせる」も無いなと思いながら告げて、私は今日一番の笑顔を浮かべた。そして、そのままの表情で本庄課長に向き直る。すると銀縁眼鏡の奥にある切れ長の瞳が、より一層大きく見開かれた。先程まであった怒りの気配が消えている。
「……じゃあ、先に行って、待ってますね」
ぎゅっと、彼の腕を掴む指先に力を込める。それからぱっと離して、私は二人にお辞儀をして踵を返した。心臓は早鐘のように鳴り響いていて、もう心臓が口から飛び出そうだった。周囲のどよめきを聞こえない振りして、ただひたすらに足を動かす。
わ、私はなんて事をしたの……っ!!!!
明日会社来たくないんだけどーーーっ!!!!
脳内では、自分の悲鳴が木霊していた。
12
あなたにおすすめの小説
恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-
プリオネ
恋愛
せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。
ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。
恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。
愛が重いだけじゃ信用できませんか?
歩く魚
恋愛
【ヤンデレと戦えるのは遊び人である】
古庵瑠凪は、大学内における、いわゆる「何でも屋」に相当するサークルに所属している。
生徒を助け、浮かれたように遊び、大学生の青春を謳歌する、そんな毎日。
しかし、ある日「お見舞い」が自宅のドアにかけられていたことを皮切りに、彼の平穏な日々に変化が訪れる。
「好きだからです。世界中の誰よりも好きで好きでたまらないからです」
突然の告白。ストーカーの正体。
過去の一件から恋人を作らないと決意した瑠凪は、さまざまな方向に「重い」ヒロインたちのアプローチから逃れることができるのか?
【完結】恋は、友とビールとおいしい料理と
桜井涼
恋愛
大学時代からの親友、香奈子と理子。婚約破棄から始まる香奈子の恋は失恋旅行で何かをつかんだ。
転職から始まった理子の恋は、転勤でどう動く?それぞれの恋と友情の物語。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
楓乃めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】
その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。
片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。
でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。
なのに、この呼び出しは一体、なんですか……?
笹岡花重
24歳、食品卸会社営業部勤務。
真面目で頑張り屋さん。
嫌と言えない性格。
あとは平凡な女子。
×
片桐樹馬
29歳、食品卸会社勤務。
3課課長兼部長代理
高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。
もちろん、仕事できる。
ただし、俺様。
俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?
清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お前、頬を叩いた詫びに婚約者になれ」
上司で社長の彪夏と秘書の清子はお似合いのふたりだと社内でも評判。
御曹司でイケメンの彪夏は女子の憧れの的。
清子はどこぞのご令嬢と噂され、男女問わず視線を集めていた。
……しかし。
清子には誰もが知らない、秘密があったのです――。
それは。
大家族のド貧乏!
上は高校生、下は生まれたばかりの五人弟妹。
おっとりして頼りにならない義母。
そして父は常に行方不明。
そんな家族を支えるべく、奮闘している清子ですが。
とうとう、彪夏に貧乏がバレたまではよかったけれど。
子持ちと間違われてついひっぱたいてしまい、償いに婚約者のフリをする羽目に。
しかも貧乏バラすと言われたら断れない。
どうなる、清子!?
河守清子
かわもりさやこ 25歳
LCCチェリーエアライン 社長付秘書
清楚なお嬢様風な見た目
会社でもそんな感じで振る舞っている
努力家で頑張り屋
自分がしっかりしないといけないと常に気を張っている
甘えベタ
×
御子神彪夏
みこがみひゅうが 33歳
LCCチェリーエアライン 社長
日本二大航空会社桜花航空社長の息子
軽くパーマをかけた掻き上げビジネスショート
黒メタルツーポイント眼鏡
細身のイケメン
物腰が柔らかく好青年
実際は俺様
気に入った人間はとにかくかまい倒す
清子はいつまで、貧乏を隠し通せるのか!?
※河守家※
父 祥平 放浪の画家。ほぼ家にいない
母 真由 のんびり屋
長男 健太(高一・16歳)服作りが趣味
次男 巧(高一・15歳)弁護士になるのが目標
三男 真(小五・10歳)サッカー少年
四男 望(保育園年中・5歳)飛行機大好き
次女 美妃(保育園児・五ヶ月)未知数
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる