唐紅のからくり囃子

國樹田 樹

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紛い眼

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「事の発端は―――今より四年前、其がお仕えしております阿波野城勤番旗本、火狩綱道(ひがりつなみち)様が御嫡男、九郎様が病により身罷られたことにございます」

揺れる蝋燭の灯りが老婆の皺顔を照らしている。焦げた油の臭いが鼻をつき、薄暗い奥座敷の隅に集う影はひどく暗く、今にも妖が顔を覗かせんばかりのもの恐ろしさだ。

老婆は名を泉女(いずめ)と語った。

戦国の世より乱波として諸大名に使役されてきた衆の一人だそうだ。

竹林での一戦の後、お紅は泉女の案内で彼女が仕える阿波野藩主、火狩家の別宅に招かれていた。

造りは典型的な武家屋敷のそれだ。しかしひと気は無く、下男も二人ほどしか顔を見ていない。

そのせいだろうか。宵の気配で寂然とした屋敷にはどこか不穏な気配が漂っている。

「ひとり息子であられた九郎様を失われた日より、母君の環(たまき)様のご様子が日毎お変わりになられたのです」

しゃがれ声で語られる話に、子を失い狂う母などよくある話だと内心で苦笑したお紅はいつかの己を思い出し厭悪した。泉女含め家臣らは環をどうにか我に返そうと苦心したのだろう。だが人の心になど到底かなうはずもない。ましてや死に囚われた者なのだ。心の澱を洗い流すことなど、どだい無理な話だ。

「他に子は?」

「環様のお子は九郎様のみにございます」

目の前に出された茶には手をつけずに話の続きを促せば、泉女は瞳を伏せ沈痛な面持ちで首を横に振った。他に子がいればまだ気が触れる歯止めにもなったものをと惜しみながら、お紅は一つ息を吐く。

「それで、なにゆえ儂の母、菊が九郎殿の生き人形を作るに至ったのだ」

主題を持ち出したお紅を一瞥した泉女は、不意に視線を床の間へと移した。そこには見事に生けられた桔梗が色鮮やかに咲き誇っている。

「……ご乱心なされた今の環様には見る影もございませぬが、もとより環様は京の都のさる公家方のお血筋、ご落胤なれど才女と謳われたお方にて。和歌に始まり、立花に茶の湯にも秀でたお方でございました。道具の目利きも自らなされ、その折に人伝に唐津橋菊殿の人形を耳にされたのでしょう。九郎様がお亡くなりになるふた月ほど前に、菊殿へ文をお送りになられていたのです」

文を送ってからしばらくして、九郎は息を引き取った。その翌日、唐津橋菊が火狩家屋敷に姿を現したのだという。

菊は死んだ九郎から人形の型を取り終えると、ひと言ふた言環に言い置いて屋敷を去ったそうだ。

そうして四十九日の後、火狩の屋敷に届いた行李に入っていたのが件の生き人形―――であるらしい。

「して、その人形は何処に?」

「すぐにお目に出来ましょう……ああ、お出でになられたようです」

泉女が歎息するように告げてすぐ、奥座敷を閉じていた襖がすうと開いた。

足音はしていただろうか。下男らが働く音は僅かに耳にしていたけれど、隣部屋まで来ていたとは想定していなかったことにお紅は僅かに驚く。

しかし現れたのは下男ではなかった。

髪の長い女だ。青白い肌に真っ白な死に装束にも似た浴衣を羽織っている。かろうじて細帯が留めているが、それすら意味をなさないほどに衣ははだけており、裾を長く引きずる姿はさながら幽霊画の女のようだった。

お紅は場に縫い止められたように動かぬまま現れた女を凝視した。

女が乱れた髪の隙間から陰々とした瞳を覗かせる。赤く濁った眼球が、きろりとお紅に向いた。

「其方、何者ぞ」

女の言葉を聞き取ったかのように『その人形』―――女が胸に抱いた人形が、持ち主に従うように紛い物の眼でお紅を見た。

お紅の背筋が、戦慄いた。
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