唐紅のからくり囃子

國樹田 樹

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罪人形

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「其方、何者ぞ」

ころりと首を傾げる女をお紅は見上げた。

目鼻立ちの整った女だ。やや吊り目がちの大きな目は華やかで、唇は鬼灯のように赤い。だが眼球の白目は黄色く濁り、肌は血の気が失せている。

正気であったころはさぞかし美しい女であったのだろう。

「環様、こちらが先日お話しておりました者にございます」

「おお、其方が!」

泉女がお紅を視線で差して言えば環は着物の裾を畳に引き摺りながら嬉々としてお紅に近づいてきた。

お紅はじっと動かず環を見つめた。腕に抱いている人形は人間であれば年の頃は九つやそこら。あどけない顔の造形に身体は子供の形をしている。おそらく嫡男だという九郎が死んだ当時の姿なのだろう。

「泉女が連れてくると申しておった医者とは其方のことか! 女子の身で、それも若い身空で相当腕が立つらしいな。感心なことじゃ。ささ、早う九郎を見ておくれ!」

環は鼻息荒くお紅の前に膝をついたかと思えば、胸の人形―――九郎を差し出した。

医者? という覚えの無い言葉にお紅が泉女に視線をやると、泉女は無言で頷いた。話を合わせろということらしい。成程そういうことかと納得してお紅は頷いた。

「まずは九郎様を寝所へ。私めも準備があります故。それから詳しく拝見いたしまする」

差し出された九郎を受け取ることはせずにお紅は言った。

一見したところ九郎の何処に壊れた箇所があるのかはわからない。だが直せというからには何かしらあるのだろう。あるいは物理的なものではないのかもしれない。だが泉女は環のように正気を失っているわけではないし、どういう理屈であれお紅に何かを【直して】ほしいのは確かだろう。

「そうじゃの。九郎もそのほうが良かろうて。のう、九郎?」

九郎の人形を胸に引き戻した環が九郎に話しかける。物言わぬ人形は黙ってそれを享受していた。

お紅は片眉を上げて一人と一体を眺めていた。他人からすれば滑稽でしかない光景だが、環にとってこれは九郎なのだ。生きている息子として捉えている。そうしなければ己の正気が保てないのだろう。

今も正気とは決して言えないが。

「九郎の寝所に案内しようぞ。ささ、妾について参れ。そうじゃ、其方名は何という?」

気がせいているのだろう、環が立ち上がり障子へと数歩進んだところで振り返った。他人に名を尋ねる姿は常人と変わらない。だが胸にしっかりと人形は抱かれている。お紅は正座のまま、僅かに頭を下げて名を名乗った。

「―――お紅と申します」

「そうか。美しい名じゃの」

お紅が顔を上げた時にはすでに環は背を向け部屋を出て行ったところだった。消えていく着物の赤い裾をお紅はじっと見つめた。それから自分も立ち上がりその後を追おうとする。

長行李は右肩に担いでいる。部屋を出る寸前、未だ座ったままの泉女にちらりと目だけを向けた。

「引き受けよう」

泉女に一言告げて、部屋を出てしばらく先を歩く環について行く。縁から見上げた空にはすでに満点の星が輝いていた。内庭に生える松から針に似た葉がはらはらと風にあおられ落ちていった。

月は細い下弦だ。

どこか人形の目にも似ている。環が抱いていた人形、九郎は確かに母、菊の作ったものだ。お紅にはひと目見ただけでそれとわかる。血が教えるのだ。己の身に流れる菊の血のせいなのだろう。それとも、父である唐津橋義正の血のせいだろうか。

人形を見たときからすでにお紅の身の内ではざわざわと血潮がざわめいていた。

人形に罪は無い。だが、あの人形は罪だ。そうお紅の胸が告げている。

人は死からは免れられぬ。それを否定する人形は、お紅にとっては悪だった。

だから【直す】のだ。人形が本来の用途へと戻るように。それが人形師となったお紅の役割、否、使命だった。

「……かたじけない」

長行李を背負い障子に影を残しながら去って行くお紅に、泉女が苦渋を滲ませた声で告げた。
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みんなの感想(1件)

韋虹姫 響華

歴史小説だけに限らずに共通の『具体性のある文章』に感動しました。
世界観に没頭するうえで最も大切な部分があっての物語、
これからの展開も期待しちゃいますね!

引き続き、更新を待たせていただきます。

解除

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