婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹

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王の土下座

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かつて凶暴な竜たちに蹂躙された大地に、一人の女が現れた。

竜と人の両方の血を引く女は竜を従え、その地を平穏へと導いた。

やがて王国となった地の人々は、女を女神として崇め、国の守護を願った。

女神は承諾し、王国の王となった男と契約を交わした。

そして初代王妃にして、女神メリザンディアは告げたのだ。

『これより百年に一度、竜の血を引く女を妃に迎えよ。さすれば、竜人の血によって国は守られよう』
と。

女の一族は竜と共に存在した太古の種族だった。
それが幻の民族にして竜人の一族、デラクロワ家である。

「人間は血が濃すぎても衰退する弱い生物……また血の濃さによって肉体が崩壊する危険もあった。だからこそ、混じりすぎないよう百年という制約を設けたのよ。デラクロワの女達はみな、己の役割を理解していたわ。たとえ意に沿わぬ婚姻であれど、古き盟約を守るために心を殺して王家に嫁いだ。私もそのつもりだった。なのにそれを貴方は踏みにじったの。この意味が、おわかり?」

メリザンドの口調が変わる。今度は『彼女自身』の声と、言葉だった。

「そ、そんな話は知らん!! お前こそ戯言を申すな!」

必死に首を横に振り、メリザンドの言葉を否定する王太子イーサンの顔は、青褪めている。

彼の心では、まさか、という思いと、かすかに覚えている古い記憶とが反発しあっていた。

エンデルバルド王国建国物語について、幼少の時分に聞かされていたのを思い出したのだ。
彼は薄々ながら己が何をしでかしてしまったのか、気づき始めていた。

けれど、認めたくないのだ。己の間違いを。
誰もがそうであるように。

だが王太子イーサンの場合は、持ち前の高慢さがより賢明な決断を遅らせていた。

「イーサン様ぁ、さっきから一体何を仰っていますのぉ? フローナには全然わからないのですけどぉ」

事の成り行きを眺めていたフローナが、猫なで声でイーサンに尋ねる。

彼女もまたイーサンや他の来賓達と同じようにメリザンドの圧倒的な力と変貌に驚愕してはいたが、見目は幼女であっても成熟した女の強かさを持つフローナは、この場にあっても淡々と様子を窺っていた。

何しろ自分にはこの国の王太子がついているのだ。
王の次に権力を持つ男が。

メリザンドがどんな力を持っていようが、負けるはずがない。
自分が負けるなど、あってはならないのだから。

「ま、待てフローナ。俺も次第がわからんのだ。メリザンドのあの力……もしや本当に」

戸惑うイーサンの様子に、フローナは内心舌打ちをした。本当に無能な王太子。そう思いながら、操る言葉を慎重に選ぶ。

「何を仰っているのですかイーサン様? あの女はどう見ても人間ではありませんわ。あれは魔女です。王宮を破壊し、王国に仇を成しているではありませんかぁ。つまりぃ、逆賊、ですよねぇ?」

「……た、確かに」

フローナの甘言に乗せられたイーサンが楽な考えに逃げようとする。自分が間違うはずがないと考えている彼は、一瞬だけ逡巡したものの、結局はメリザンドを悪とする最も愚かな道を選択した。

「ふ、ふんっ、怯むな兵士ども! 王宮の破壊、つまり俺に仇成すあの女は最早逆賊に過ぎぬ! すぐさま引っ捕えろ!」

「と、捕らえろと申しましても……!」

イーサンの命令を受けた兵士達はみな動揺した。いくら王太子の命であっても誰も命を落としたい者はいない。ここまで圧倒的な力を見せつけられて、向かって行けるはずもなかった。

「ええい! 誰も行かんのか! 行けというに! 不敬罪で処罰するぞ!」

「もうっ、使えない人達ね!」

イーサンやフローナが何を言っても兵士達はおろおろとするばかりで動かない。メリザンドは滑稽なやりとりを眺めながら、遠くから足音が響いてくるのを静かに聞いていた。

(……どうやら、到着したようね)

やがて崩壊した王宮に幾人かが駆け込んできた。数人の兵士達に守られ登場したのは、エンデバルド王国の現国王、イズリク=エンデバルドである。

イズリク王はよほど急いでいたのか、白髪交じりの髪を振り乱し、頭にいただく王冠にいたっては斜めにずれ落ちかけていた。

御年六十にも届く年齢のはずだが、どうやら正門で馬車を降りてからこの舞踏会場まで、必死に走ってきたようだ。
皺の刻まれた額からは、幾筋もの汗が流れ落ちている。

「何をしている!? イーサン!」

「あ、王様!」

イズリク王が息子の名を叫ぶ。当の息子は、ここにいるはずのない父を見て目を丸くしていた。

イーサンにぴったり身を寄せているフローナは笑顔で、やっと自分の味方が増えたと根拠なく喜んでいる。

「ち、父上!? なぜここに? 今は隣国コルベを訪問中のはずですが……」

「お前が愚かな行いをしていると知らせが入り危急舞い戻ったのだ! これは一体どういうことだ!?」

王は慌てて息子に事の次第を詰問した。しかしイーサンはまるで問題ないとでも言いたげに軽く肩を竦めて苦笑する。

「そう声を荒らげないでください父上。フローナが怯えております。今は我が元婚約者にして逆賊、メリザンドを捕らえるところですゆえ」

「なっ……」

王はイーサンの言葉に絶句した。

「そうですわ王様。あの女はこの舞踏会場を破壊した罪人ですのよ!」

それとも知らずに、イーサンの言葉を引き継いでフローナが続けた。彼女は身を乗り出し、自分の存在を誇示するようにイズリク王に宣言する。まだ発言の許しを得ていないが、気にもしていない。

「逆賊? 今逆賊と言ったか? 何たる事だ……この、馬鹿者が!! 卑しい女に誑かされおって!」

イズリク王の顔は今や真っ青になっていた。我が子が仕出かした事とはいえ、あまりの途方なさに気を失いそうになる。よろけた足をなんとか踏みとどまらせたのは、賢明さゆえだ。

しかし、その父の心を、息子は全く理解していなかった。

「何を仰るのですか父上! この女こそ、我が愛しの恋人フローナを亡き者にせんと画策し、あまつさえ我が王国に仇を成さんとした卑女なのですよ!」

「黙れ愚か者! ……申し訳ないメリザンド嬢。いや、メリザンド様。此度の事、よもやお許しいただけるとは思わぬ」

「父上……? なぜこの女に敬称など、なっ、何をしてらっしゃるのですか父上!?」

「嘘っ……」

父、イズリク王は瓦礫の散らばったその場で膝を折り地べたに座り込むと、そのまま前のめりにメリザンドに頭を垂れた。そして床に額を擦り付け、ひれ伏してメリザンドに許しを請う。

これにはイーサンもフローナも、その場にいるすべての人々が刮目した。

王国を統べる王が、たった一人の女性に土下座しているのである。

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