異世界上司に性別(♀)がバレた件

國樹田 樹

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バレてしまいました!

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「その……け、怪我は、ないか」

 ようやく平静さを取り戻したジャンがイサの方を直視しないようにして尋ねる。
相変わらず彼の顔は真っ赤で、表情はいつにもまして顰めっ面だ。

 しかしイサは胸を両腕で隠すのに必死で、ぶんぶんと首を横に振るので精一杯のため、いつもとは少々違う上司の様子に気付けない。

「あ、あり、ありません……っ」

「そう、か」

 イサの返事に安堵したのか、ジャンは立ち上がるとおもむろに白い白衣を脱いだ。

 そして上着と同系色のシャツと白いズボンだけの姿になる。それからイサを直視しないように顔を背けながら近づいて、白衣をイサの肩にそっとかけた。

 ん? と、俯いていたイサはぱちりと目を瞬かせる。顔を上げると、明後日の方向を向いた上司の下顎が見えた。

「それを着ているといい。……すまなかった」

 顔は背けたままで、ジャンがイサに謝罪をくれた。てっきり騙していたのかと罵倒されるかと思っていたのに、予想外の答えが返ってきて驚き涙が止まった。

 状況が状況だからかもしれないが、ちゃんと女性として扱ってくれたことが意外だった。

 イサはすん、と鼻を啜り、もう一度ゆっくりと首を横に振った。彼はそもそもイサが女だとは知らなかったのだ。されたことだって、治療のためという心配ゆえの行為だった。だから、悪いのはこちらだ。

「いえ……私こそ、性別を偽っていて申し訳ありません……」

「……」

 厳密に言えば偽っていたわけではないのだが、ジャンにとってはそうでしかないので頭を下げた。

 涙声の詫びにジャンは無言だったが、やがて静かな声音で「客の様子を見てくる」と告げてそばを離れた。

 その間にイサは何とか心を落ち着けようとした。顔の熱は未だ引いてくれないし、泣き止んだものの頬には涙の跡があるだろうが、とにかく帰らなければ話が始まらない。

 始まってほしくない気持ちの方が大きいが、こうなった以上は仕方がないと腹を括る他ないだろう。

(終わったなぁ……女としても、仕事も……先のこと、考えなきゃ)

 ジャンの白衣の前部分のホックを全部止めたイサは涙を手の甲で拭いて立ち上がった。

 切り替えの早さはこの世界に来て身につけたものだ。人間、生きる上で切り替えは大事である。

 が、イサがそんな風に考えていた時、突然、がつ! と音が聞こえた。

(ん? なに今の音?)

 振り向くと、ジャンがこちらに背を向けた状態で両手で頭を押さえていた。彼は少し膝を曲げ、やや前かがみになっている。

 一体どうしたのだろうか? と首を傾げたイサは彼の横にある岩壁の形状に気付いた。

 ジャンのちょうど頭部にあたる高さに岩の出っ張った部分があり、それがちょうど拳ひとつ分くらい突き出しているのだ。推測するにどうやらそこに頭をぶつけたらしい。

 かなり痛かったのかジャンは頭を押さえながら言葉も無く悶絶している。

 彼が貸してくれた上着のおかげで胸を隠さなくて良くなったイサはジャンに近づいて様子を伺った。

「ムール統括長……? 大丈夫ですか?」

「も、問題ない」

 イサが話しかけるとジャンは一瞬びくっとしたが、すぐに何事も無かったようにすっと姿勢を正した。

 しかし彼の右側頭部には明らかにたんこぶが出来上がっている。どう見ても痛そうだ。イサは心配になった。

「でも、たんこぶが」

「かまうな。それよりも、客が目を覚ましたぞ」

 イサの方を一切見ずにジャンが話題を変えた。言葉を切り捨てられたようで、イサの胸がぐっと詰まされる。

 けれどすぐに気を取り直して、客の方を見れば確かに「うう~ん」と声を上げていた。

「とにかく帰るぞ。……君の処遇については、帰還してからだ」

「は、はい」

 やや途切れがちにジャンが命令をする。彼はイサの方をまったく見ない。それに少しだけイサの胸が傷んだ。心臓がぎゅっと絞られるような心地がする。

 きっと軽蔑されてしまったのだろう。
 上司を、職場を騙し、せっかく評価してくれていた彼の信頼を裏切ったのだから。

 自業自得といえどやはり落ち込んで、イサはぐっと奥歯を噛み締めた。

 ジャンはすたすたと彼女から離れ、客の男の襟首を雑に掴むと転送装置の展開を始める。

「行くぞ。ビルニッツ」

 そしてイサを呼んだ。イサが顔を向けると、やっとジャンと目があった。けれど、すぐに逸らされてしまう。またつきりと胸が音を立てた。

「はい」

 返事をして、イサはジャンが展開した転送術の白い光の中に入っていく。

 視線は自分のつま先。ジャンの顔をまた見るのが怖かった。話は帰ってからだと言われたが、何を告げられるかは予想できている。

 クビだ。

 そして、案内所にいる仲間達にだって、性別を偽っていたことを知られてしまうだろう。

イサはじわりとした恐怖を覚えた。ふるりと肩が震えたのと同じくして、視界が白に染まっていく。それは、ジャンの上着の色ではなく転送術によるもので―――

 イサとジャンと、客の三人が消えた後に残されたのは、ジャンによって倒された硫仙酸竜の躯と、溶けたイサの服の残骸、だけであった。
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