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上司の動揺
しおりを挟む「……ビルニッツ。君、色が白過ぎないか。それにやけにきめの細かい……」
治癒術をかけて数秒経ってから、ジャンがようやくイサの身体について気が付き始めた。
遅いわ! とツッコミを入れたいイサだったが、かといって正直に吐露するには恥ずかしいにも程があるしクビだってかかっている。
イサは必死になって考えた。乳房丸出しの半泣きで。
「え、ええとですね!」
「おかしい。胸の腫れが一向に引かん。どういうことだ」
イサの胸から手を離したジャンは心底不思議だと首を傾げている。
仕方なく、本当に渋々、イサは観念した。するしか無かった。
このままでは羞恥で顔が爆発しかねない。というよりもう、何もかも投げ出したい気分だった。
「あの、ムール統括長」
「何だ」
「こ、この胸の腫れは……自前です……」
「は?」
「ですから、元々私の胸はこうなんですっ」
イサが女であることなど端から考えていないジャンのせいで、説明しようとしても全く受け入れてもらえず、いい加減苛立ちが募る。そんなことより早く解放してもらって、胸を隠したいイサは内心キレていた。
(あーもうっ! 何で気付かないかなこの人はっ!)
初な少年でもあるまいに、まさか女の身体を知らぬわけではあるまい。
だというのに、ジャンは眉を顰め神妙な顔をするばかり。
「そんなわけがないだろう。男でこうまで胸が張っているうえに柔らかいなど聞いたことが―――柔らかい、だと……? こ、これ、は」
「っちょ!?」
反論していたジャンの言葉が途中から独り言に変わったかと思えば、ただ添えていただけだった指先が意思を持って動き始めてイサは飛び上がりかけた。無論両腕を拘束されているせいで出来ないが。
(なに人の胸鷲掴んでんの!?)
いきなり膨らみをがっつり掴むというジャンのとんでもない行動に目を剥く。
けれど問題はその後の方だった。
「っ……あ、のっ、やめっ……やあっ」
「左右ともに形良く……その上、なんという柔らかさ……」
ジャンは観察するようにやわやわとイサの胸の感触を確かめていた。それは傍から見れば思い切り揉みしだいているに過ぎないのだが、当の本人は気づいていない。
彼は平常時は細めているはずの瞳を大きく開き、食い入るようにイサの胸を見つめている。
指を動かすたびにふにゅりと変形する柔らかい塊を、これでもかというほど凝視しているのだ。
もはや胸に全集中である。
(な、なんで揉むのぉ……!)
一方、イサの方は盛大な羞恥と混乱の境地にあった。胸を庇おうにも両手はジャンの術で拘束されているし、抵抗しようにも無理だ。
それにジャンは強くも弱くもない絶妙な力加減でイサの胸を揉み続けている。恥ずかしさに声を抑えようと頑張ったものの、一番敏感な場所に触れられてはどうしようも無かった。
「んっ……! むぅる、統括ちょぉ……! もぉ、やめっ」
イサの唇から漏れた甘い声にジャンの身体がびくりと反応した。すると彼の顔はまさしくゆでダコのようにみるみるうちに真っ赤に染まり、瞳は呆然とイサの上半身―――つまり晒された二つの膨らみと涙目でジャンを見返しているイサの顔を交互に見つめ、それからはっと我に返って慌て始める。
「っ~~! す、すまん!!」
ばっ! とイサの胸から手を離したジャンはそれと同時に大きく後ろに飛び退いた。それから彼は地面に片膝をついたまま、驚愕の表情で泣いているイサの顔を見た。次に自分の右手、つまりイサの胸を思い切り揉みしだいた己の手のひらに視線を移す。
「い、イサ・ビルニッツ、君は、もしや……」
「はいぃ……」
「女性……なのか?」
「はいぃ……! う、うぅ~……っ」
えぐえぐと子供のように泣き出したイサの情けない声が辺りに響く。
「そう、だったのか……」
ジャンは目も口も開けて唖然としながら片手で口元を覆った。彼の顔はこれでもかというほど赤く染まっており、目は裸で磔にしてしまった女性部下の胸元に向いている。
「もおいい加減、離してくださいぃ……」
「わ、悪かった!!」
泣きながら解放してくれと懇願するイサにジャンは慌てて術を解いた。パキンと音を立てて氷が割れ、イサはすぐに両腕で胸を隠す。
(も、もうお嫁に行けない……っ!!)
嫁よりも異世界で失業確定の方が問題なのだが、絶望の最中にいるイサはそれどころではなく、その場でうずくまったままさめざめと泣いた。そんな彼女にジャンは手を伸ばそうとしたが、さきほどまで自分がやらかしていた事の意味に気づいて手を止める。
ジャンの顔は今も真っ赤に染まり、口はぱくぱくと音もなく開閉している。
冷静沈着といわれているはずの男が、今は誰が見ても明らかなほど動揺し、取り乱していた。
「イサ・ビルニッツが、女性……」
ジャンの口からぽつりと言葉が溢れた。
しかしそれは、泣いているイサには聞こえていない。
大事件が起きている二人の後ろでは、泡を吹いたままの客が、いまだ地面に転がっていたのだった。
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