【第一章完結】その女官、天帝秘書官につき 〜中華後宮謎解き妖綺譚〜

鳴猫ツミキ

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―― 序章 ―― 天帝秘書官の観察結果

【001】天帝秘書官、地上に降りて女官となる。

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 張雪玲チャンシューリンは、天帝の秘書官の一人である。天帝とは、中華大陸のはるか上空にある天界の玄都に暮らす神様だ。人間の皇帝に治世を許すのも天帝だ。

 雪玲は今、中華大陸を統べるフェイ国の後宮にいる。ここは、翠陽ツゥイヤン長公主が管理する庭がよく見える一室だ。初夏の庭には、背の高い緑が茂り、鮮やかな花々が咲き誇っている。本物の天界より、よほど優美だ。幻想的という意味では、玄都が勝るが。

 雪玲がここに来たのは、天帝が『今代の皇帝は治世を任せるにふさわしいか見てこい』と、御簾越しに彼女に命じたからだ。雪玲は天帝の秘書官になって長いが、直接顔を見るのは恐れ多いとされるので、一度も天帝の顔を見たことはない。ただ声と影からして、男性なのだろうとは分かる。ただその声は若々しいのに老成しても聞こえるから実年齢などはまるで分からない。なんといっても己は天女ではあるが、相手はその上をいく神だ。

 こうして翡国に見に来た次第だ。もし皇帝が治世をする天数を持たず、天命を失っていた場合には、天帝は別の者に治世を任せるのが、この中華大陸の常である。

 皇帝を観察しやすく、同時に城も後宮もある程度自由に歩けるようにと、雪玲は皇帝の姉である翠陽長公主の女官になった。ちょっとした仙術で城と後宮の人々に暗示をかけて、以前から仕えていたように思わせた。

 ここにいる間、普段は、城や後宮には悪鬼が入らないようにと結界などもあり、それが反応してしまうと困るから、普通の人間以上のことはできない。例えばできることとしては、神仙や天女が炊くお香を用いたら、ちょっと不思議なことができる。例えば反魂香を用いれば、死者の声を聞くことができる。

「雪玲、ねぇ? 早くこの西域から新しく届いた茶葉で、お茶を煎れて?」
「はい、かしこまりました」

 現在の主である翠陽長公主は、泣きぼくろが艶っぽい垂れ目の美女だ。しなやかな体躯で、豊満な胸と細い腰、夜に咲く朝顔のような美しさと、何より優しい性格を持っている。後宮に暮らす寵姫達に慕われている。中でも皇后の貴妃とは親しく、本日はその呉貴妃を招いての茶会だ。

 隣室で用意をして庭がよく見える部屋に戻ると、既に呉貴妃と、なんと皇帝である宋威ソンウェン帝の姿まであった。

 茶器を並べてから礼をとり、許しが出たので雪玲は壁際に下がる。

「さぁどうぞ。本当に美味しいのよ」
「姉上、毒味を」
「そ、宋威様、翠陽長公主様の──」
「姉上であっても例外は認めない。呉は身重の体なのだからな」

 雪玲は、皇后を大切にしている様子の宋威帝を見やる。すると目があった。

「その女官は? 見たことがないが」

 どうやら皇帝には暗示がきいていないらしい。顔には出さなかったが、雪玲は内心では動揺していた。このような例はめったにないからだ。

「宋威? 前から雪玲はいたわよ? いつも後宮で困ったことが起きるとね? 私がお願いすると解決してくれるのよ?」

 翠陽長公主の言葉に、雪玲は深く一礼する。

 これは半分は本当だ。
 もう半分は暗示をかけた際、「有能だから色々言いつけるとよいから、各所に出入りさせられるようにしよう」と考える暗示をかけた。それが長公主の無意識に残っていて、長公主はたびたび雪玲にもう半分の本当――頼みごとをするといえる。

 頼み事は、今回のお茶の準備のように簡単とはいえ毒味必須の場合から、長公主が普段暮らしている後宮内の妃たちの手助けまで様々だ。

「記憶力はよい方なのだがな」

 不服そうな皇帝の前で、長公主が自ら毒味をする。それには宋威帝も文句が言えなくなる。宋威帝は唇を引き結んだ。精悍な顔立ちをしている。


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