【第一章完結】その女官、天帝秘書官につき 〜中華後宮謎解き妖綺譚〜

鳴猫ツミキ

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―― 序章 ―― 天帝秘書官の観察結果

【002】皇帝に問題はないけれど、一年くらいは見ていこう。

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 現在は第二子を懐妊中だが、他に皇帝と皇后の間には、四歳の王太子がいる。それ以外の寵姫には、子はなく、そもそもお渡りがない。特に目立った争いはないのだが、妃たちの中には、お渡りがないのが不服な者もいるようだ。

 皇后呉貴妃の他には、東妃・西妃・南妃・北妃の四人の妃と、少し位の低い者たちがいる。この全員をひっくるめて、寵姫と呼んでいる。

 皇帝が足を運ばなければ、皇太后にはなれっこないし、皇后とその一族ばかり贔屓されているように見えるのかもしれない。

「そうだわ、呉貴妃。あなたも困ったことがあったら、張雪玲に頼むといいわ」
「はい、翠陽長公主様」

 そんなやりとりがなされた。そこから始まった談笑の間、適度に相槌は打つもののほぼ黙って、宋威帝は時折訝しげに雪玲を見ていた。見られていた雪玲はヒヤヒヤしていた。

 どうやら雪玲の観察対象は鋭いらしい。そして愛妻家で疑り深い。

 ──まぁ、一年も観察すれば十分だろう。そう考えで雪玲は宋威帝の観察を開始した──

 ──の、だが。

「ねぇ、雪玲。後宮で困りごとが起きたの」

 頻繁に翠陽長公主が、事件の種を持ってくる。

 他方、宋威帝は、賢王と言ってよかった。すぐに観察の必要性は消えた。
 後宮に関しては、順に渡れば波風が消えるのだろうが、それだけはしない。そうではなく、治世の面が秀でていて、治水工事を行い、水害の制御に成功した。疫病が前の冬に流行しなかったのは、宋威帝が手洗いをするよう厳命したからだとか。攻めいってくることが多かった北狄ほくてき──北方の遊牧民とは和平を結び、互いに姫を嫁に迎えた。北妃がそうだ。

 貿易も盛んになり、翡国には、世界の全てが集まると言われ、西域と各地を結ぶ重要な拠点がある国家となっている。それはさながら一つの道だ。

 宋威帝は女性に耽ることもせず、暴食もしない。傍若無人な振る舞いもしない。

 そんな宋威帝が、皇帝としての天数──簡単に言えば運命を持っていないとすれば、持っている者を探すほうが難しそうだ。まだ若干二十七歳なので、今後どうなるかはともかく。

 このように、雪玲の中ではもう結論は出ていたが、観察を開始して一ヶ月もせずに帰ったら、天帝の機嫌を損ねるのは明らか……御簾越しでも性格はわかる……なので、やはり一年くらいは観察を続けようと決める。

 だからその一年間は、正しく翠陽長公主の女官の仕事をすると決めている。

「どのようなお困りごとでしょうか?」
「ええとねぇ」

 長公主がたおやかな指で、唇に触れる。磨き上げられた爪が綺麗だ。長公主が窓へと視線を向ける。外には咲き始めた紫陽花が見える。翡国には四季がある。

 今は春と夏の間で、雨が多い時期だが、今日は晴れている。黄色い蝶が飛んでいる。この蝶は春から秋にかけて舞う。

「実はねぇ──」

 こうして今日も雪玲は、長公主の『お願い』に耳を傾ける。

 それは天帝秘書官の仕事ではないけれど。人の一生は短い。僅かな間でも体験してみるのは、天女である雪玲にとっては実に新鮮なことである。

「かしこまりました」
「ああ、それと。困りごとの解決は難儀だろうからって、宋威があなたに手伝いの宦官をつけると話していたわ」

 まだ怪しまれているのか、きっと監視だと思いつつ礼を述べて部屋を出る。すると肩に、黒く小さきもこもこした霊獣が飛び乗った。人間には見えないが、人語を解する相棒だ。雪玲の報告を玄都に届けてくれる。

「行きましょうか」
「うん」

 こうして、今日もまた長公主の頼みごとを解決する一日が始まった。




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