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―― 第一章 ―― 夏
【004】蝶の死骸
しおりを挟む翌朝は晴れていた。夏本番が近い。長公主の居の玄関に行くと、容時の姿があった。じっとその姿を見た雪玲は、果たして彼はどのような理由で宦官になったのだろうかと思案した。宦官になるには、さまざまな流れがある。人間にこのような好奇心を抱くのは久しぶりだった。
「おい」
すると仏頂面で容時に声をかけられた。
「はい」
「なにか探すあてはあるのか?」
至極真っ当に仕事をするつもりらしき容時の真面目さに、雪玲は好感を抱いた。
「まずは東妃宮へと参ろうかと」
「そうか。現場か」
「現場?」
「三日だろう? 既に脱走しているのでなければ、生きてはいないだろう。場所は魔窟の後宮だ」
容時の言葉は正しい。
蠱毒のような後宮に蓋をしているのが、長公主だ。だがいちどその蓋をあければ、中には様々な思念が渦巻いている。宦官ならば、そのあたりのことは熟知しているのかもしれない。
「脱走現場となるか、殺された、あるいは自殺した現場となるのかは、俺には分からないがな」
淡々と容時が述べる。
微笑だけ返して、雪玲は歩きはじめた。その隣に、容時が追いついてくる。
雪玲の肩には霊獣がいるのだが、これは普通の人間には視認出来ない。それは声も同じだ。
『威圧的な人だね』
霊獣・モッコの感想に、雪玲は笑みを噛み殺した。
――向かった東妃宮には、水仙が咲いていた。同じ黄色の蝶々が、各地を飛んでいる。紋白蝶から揚羽蝶、黒揚羽まで。ひらりと舞う姿は夏の恩恵を感じさせる。春から秋にかけて舞う蝶は、この後宮の中でも特に東妃宮のものが美しいと言われている。
「えっほ、えっほ」
するとそこへ、かけ声が聞こえた。立ち止まった雪玲が顔を向けると、籠が運ばれてくるところだった。二人の宦官が籠を運んでいる。
「止まって下さい」
雪玲が声をかけると、宦官二名は訝しそうな顔をした。だが隣で睨んでいる容時を見ると素直に従った。護衛でなくても効果があるなと、雪玲が発見した瞬間である。
「どなたが乗っておられるの?」
不思議に思ったのは、宦官が運んでいたからだ。広い後宮であるから、籠が行き来するのだが、言っては悪いが非力な者の多い宦官がそれを運ぶことはないに等しい。
「ああ、空ですよ」
「空?」
答えた宦官に、雪玲が聞き返す。
「ええ。東妃宮の女官長が、早急にこの籠を外に捨ててこいと」
「そうなの。いつ頼まれたの?」
「えっ」
雪玲の問いかけに、二人が顔を見合わせる。そして引きつった顔で笑った。
「言わないでくださいよ」
「時と場合に寄るけれど」
「……恨みますぞ」
「それで、いつなの?」
「今日と言いたいところですが、一昨日です。ただ、その……誰もやりたがらなくて、昨日は一晩かけてくじ引きをしていたんです」
「そう。では、あなた方は不運だったということね。中を拝見しても良いかしら」
「どうぞ。どうせ捨てる籠ですから」
許可を取り付けた雪玲が、籠の中を見る。そして目を眇めた。
中には揚羽蝶の死骸があった。羽が取れている。一枚は、ボロボロだ。
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