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―― 第一章 ―― 夏
【005】『誰が』と『動機』
しおりを挟む「何故籠を?」
容時が隣に立って中を覗き込む。
「一昨日消えた女官、一昨日、人が一人乗れる籠を捨ててこいと命じられた宦官」
「なるほど」
「うがち過ぎではないでしょう?」
雪玲が唇の恥を持ち上げると、無表情のままで容時が頷いた。
「だが、ここにあるのは蝶の死骸だ。人ではない。残念だったな」
「どうでしょうね」
この籠の中の風景を見た時、雪玲の中では一つの考えがまとまった。
だが、『誰が』というのが分からない。『理由』即ち『動機』も分からない。
ただ一つ、女官は死亡しているだろうということだけは見通した。
「この籠は、どちらから運んできたのですか?」
「ん? 東妃様のお住まいの裏庭からだよ」
「裏庭――確かその先には、鐘楼堂がありましたね」
「ああ、そうだったかもしれないね」
「ありがとうございます」
しかしこれでは、遺体の場所は分かっても、誰が犯人なのかまでは分からない。
顎に手を添え長めに瞬きをしてから、雪玲は容時を見た。
「それでは参りましょう」
「おう」
ぶっきらぼうなところが宦官らしくないなと思いつつ、その後二人で東妃宮の敷地を進み、東妃の住まいへと到着した。来訪は告げていない。邸宅では、細身の東妃が庭を見ていた。目が細い。東洋風の顔立ちだ。傍らには、この東妃宮の女官長がいる。こちらはふくよかな体躯の中年の女性だ。
「お邪魔致します、連絡無き非礼失礼致します。翠陽長公主様の命で参りました」
雪玲の姿を見ると、二人は目に見えて顔を顰めた。
長公主の頼み事で、雪玲は後宮内を歩いているから、顔が知れている。そしてその関わる事柄は、決して快いものばかりではないというのは、後宮の常識だった。
「おおかた、三日前に消えた女官のことでしょう」
女官長が眉をつり上げた。その袖に、東妃が触れる。
「待って。あの子がどこにいったのか分かるのならば、力を借りても良いのではないか?」
「大方駆け落ちですよ、駆け落ち。随分と武官に熱を上げておりましたからね」
吐き捨てるように女官長が言う。
そこへおずおずと下級女官がお茶を運んできた。東妃が目線で、出してやれと合図を送る。受け取った雪玲と容時は、茶器を手にしながら、その場を見守る。
「では、いなくなった武官がいるのでしょうか? またそれは、どなたのことですか?」
雪玲が尋ねると、女官長がぎっと睨み付ける。
「誰だかなんて知りませんよ!」
「では、姿を消した女官と親しかった者はおりませんか?」
「ああ、それならそれこそ――春鈴。おまえは同じ部屋で者を教わっていたね?」
「は、はい。手ほどきをして貰っておりました。女官としての心得を」
お茶を運んできた下級女官が、一気に緊張した顔に変わった。震えている。
ただ声をかけられただけにしては、非常に動揺している様子だと、雪玲は感じた。
春鈴は、背が高く筋肉質でがっつりしている。
まぁ、おかしいのは女官長の剣幕もそうだ。この人物は、普段は温厚である。しかもこめかみから冷や汗をダラダラと垂らしている。ただ一人、東妃だけが、本当に何も知らない様子だ。女官長も、体力があると噂だ。この二人ならば、あの籠一つならば運べるかもしれない。また一つ、繋がる。では、どちらが? それとも別の者が? 動機は?
「どのようなことを習ったんですか?」
「えっ……と……その……」
「最後に習ったことは?」
「……あの、ええと」
途端に、春鈴はしどろもどろになった。
「……毒の作り方です。そんなのはよくないと思って……」
「春鈴! 下がりなさい!」
女官長が厳しい声を発した。ビクリとして、春鈴が下がっていく。はぁはぁと息を荒くした女官長は、必死の形相で雪玲達を見た。
「もうよいでしょう? 帰って下さい」
「失礼致します。たぶん、本日中にまたお会いすると思います」
雪玲はそう告げて、その場から立ち去った。
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