【第一章完結】その女官、天帝秘書官につき 〜中華後宮謎解き妖綺譚〜

鳴猫ツミキ

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―― 第一章 ―― 夏

【006】ご命令に正しく向き合う。

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 容時が雪玲に追いついてくる。

「あの下級女官が毒殺したってことか? 根拠は?」
「そんなことは、一言も言っていないでしょう?」
「まぁな。で、何処に向かって歩いてるんだ?」
「この邸宅の裏、この坂道を登ったところに、鐘楼堂があるの。ほら、見えてきた」

 二人で歩いて行く。すると、近づくにつれて、蠅の羽音が聞こえ始めた。嫌な悪臭もする。東妃のすまいのそばだが、寂れていて、皆存在を忘れているような場所だ。二人は顔を見合わせる。悪臭に各々口から鼻にかけて手で覆いながら進むと、梁から首を吊っている遺体がそこにはあった。東妃宮の女官の正装姿だ。下には紙が落ちている。

 拾った雪玲が開くと、容時が覗き込んだ。

 ――添い遂げられないことが辛いので、自殺します。

 そう書かれていた。すると容時が眉間に皺を刻んだ。

「これは他殺だ。この遺書は偽装だ」
「どうしてそう思うの?」
「あのたかさの梁に、あの女官の背丈で台もなく首をくくれるわけがないだろう」

 中々に聡いなと思いながら、雪玲は頷く。そして、女官の肩がキラキラとしているのを見て取った。やはり、予想したとおりだった。

「一体どうなってるんだ?」

 腕を組んだ容時が、苛立たしそうに、爪先で貧乏揺すりをする。

「偶然にも揚羽蝶が入ってしまった籠に、絞殺した遺体を押し込んだのよ」
「は?」
「その籠で、遺体を此処に運ぶ。二人がかりで梁に吊す。春鈴の背丈なら吊せたでしょうし、女官長と二人なら籠も持てたでしょう。あとは籠を処分する。それを任せた宦官達と今日私達は会ったのよ」
「……元々籠はどこにあったんだよ?」
「後宮の各地には、臨時のために籠があるの」
「なるほど」
「きっと、『毒なんて良くない』と抗議した勢いで、春鈴が殺してしまったのでしょうね。事実を知った女官長が隠蔽しようとしたんだと思うわ」

 つらつらと雪玲が語ると、ゆっくりと容時が頷いた。
 それから二人で東妃の邸宅へと戻ると、一転して青ざめた顔の女官長がいた。

「……全ては、私の行いです」
「私達はただ、鐘楼堂で遺体を見つけたという報告に参っただけです。それでは、長公主様への報告がありますので、これで」
「待っ」

 女官長はなにかを言いかけたが、雪玲は振り返らなかった。
 道中チラチラと容時は雪玲を見ていたが、無言だ。

 そして、長公主の住まいへと戻った。まだ紫陽花が咲いている。
 土にこだわり、色を変えてある紫陽花だ。

「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。見つかったかしら?」
「はい。三日前に消えた女官を、東妃様の邸宅の裏手の鐘楼堂にて首を吊った状態で見つけました」

 扇子で扇いでいた長公主はそれを聞くと、なにやら思案する顔をした後、にっこりと、肉厚の唇で妖艶に笑った。

「そう。ありがとう、見つけてくれて。さがっていいわ。ゆっくり休んでね」 
「ありがとうございます」

 こうして雪玲は居室から下がった。共に下がった容時が、怪訝そうに雪玲を見る。今度こそ口を開いた。

「何故殺しだって言わないんだ?」
「長公主様は、『見つけてきて』とご命令されたのよ。それ以上のことは、不要」
「はぁ? じゃあ、どうなるんだよ? 犯人は野放しか?」
「処罰をするのは私ではないわ。ただ」
「ただ?」
「――私は、いつも死を悼む心は忘れない」
「どういう意味だよ?」
「そうね」

 雪玲は思案した。見せても良いだろうかと考える。構わないか。あとで仙術で記憶を曖昧にしてしまえば良いのだろうし。

「私の部屋に来て」
「この状況で大胆なお誘いだな」
「? 宦官の貴方を誘うと、一体どうなるのかしら?」
「っ……まぁ、そうだな。色々なことが考えられるだろうが、そうだな、一般論として何も起きねぇな」
「ええ、そうだと思うけど?」

 首を捻りつつ、雪玲は自分の部屋に容時を誘った。

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