【第一章完結】その女官、天帝秘書官につき 〜中華後宮謎解き妖綺譚〜

鳴猫ツミキ

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―― 第一章 ―― 夏

【007】過ぎていく夏の日

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 床に座すと、雪玲は壺の中の灰を見る。そしてそこに、お香を立てて火を点けた。

「これは?」
「反魂香」
「……」
「これを、力ある者が焚くとね? お伽噺じゃなくなるのよ。本当に、死者の声が聞こえるの」

 雪玲はそう説明してから、傍らの鐘をとり、りーんりーんと二度慣らした。
 するとぼんやりと壁に人の影が入り込み、その正面に透けた女官の姿が現れた。
 首には縄が巻き付いている。

「あなたは、どうして殺されたの?」

 率直に雪玲が尋ねた。するとやらゆらとした輪郭の女官が、雪玲の方を見た。泣きはらした顔に見える。

「私……」
「うん」
「私……毒を作っていて」
「そう」
「でもそんなのは非道だって春鈴に言われて」
「そうなのね」
「気付いたら春鈴を殴っていて。そうしたら抵抗されて、逆に首を絞められたんです」
「なるほど」
「春鈴は正しいと思う、人としては」
「そうね」
「けれど、ここは後宮」

 そういうと、透けるようにして女官の魂魄は消えてしまった。ふっと雪玲はお香の火を吹き消す。

「どう? 聞いていた?」
「おう。なんというか……」
「怖かった?」
「誰がだよ? 怖くなんてねぇよ。そうじゃねぇ。ただ思っただけだ、後宮っていうのは、魔窟なんだなって、それだけだ」

 そういうと容時が立ち上がる。そして大きく息を吐くと、入り口を見た。

「帰る。水を浴びたい」
「あ、待って。今暗示を――」

 記憶を曖昧にしなければと考えて、雪玲が手を伸ばしたときには、既に容時はその場を後にしていた。

「まぁいいか。次に会うことがあれば、その時でも」

 どうせ一度きりでは信憑性はない。それに、雪玲もまた体を清めたかった。

 その日はゆっくりと休み、翌日身支度をする。
 そして長公主のもとへと向かうと、長公主は書簡を見ていた。

「ああ、雪玲。ちょうど良かったわ」
「どうかなさったんですか?」
「東妃宮の女官長は腰を悪くしていたらしいのよ。これまでの功績もあるし、可哀想だから素敵な隠居先を見つけてあげようという話になってね。後任探しをすることになったの。女官長は付き人の春鈴という下級女官とすでに旅だったわ」
「そうですか」
「あと後宮では持ち込みを禁止している星羅毒が何故なのかまた広まっていたようで、困っていたんだけれど、ぱたりとなくなったみたい。きっと、製法を知っている者がいなくなったのね」
「そうですか」
「私以外」
「……そうですか」
「あなたに頼んで良かったわ。毒の生成方法を知る女官の行方が知れないなんてことになったら大変だもの。毒は時に必要だけれど、不要なことが多いのだから」

 くすくすと長公主が笑う。含みがあるのかないのか悩ませるような口ぶりは、いつものことだ。含みがないわけがないと雪玲は考えているが。

「そうそう、雪玲。頼み事があるの」
「なんでしょうか」
「そこの卓にある饅頭、美味しすぎて食べ過ぎちゃうのよ。だから一つ、食べて?」
「なりません」
「そうね、困らせてしまうわね」

 そんなやりとりをして、夏の日はまた一日、過ぎていくのだった。
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