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―― 第一章 ―― 黒薔薇の刻印
【002】父の遺言 ※礼人
「珍しいな、時間通りに来るなんて」
上官である一条大佐の声に、四峰礼人は執務机のそばに立ったままで、視線を上にあげた。思案しつつ宙を見て、腕を組む。そんな礼人を見ながら一条大佐が続ける。
「無論遅刻ではないが、いつも三十分前にはいる四峰大尉がいないと、なにかあったのではないかと心配してしまう」
一条大佐が肩を揺らして笑ってる。
それを聞き、礼人は素直に話すことにした。
「見に行ってきたんです、浄癒の力を持つという娘を」
「……ほう。とすると、天羽家の。次女だったな?」
少し間を置き、一条大佐が顎に手を添えた。その瞳には、好奇の色が宿っている。
礼人は頷いた。
「見合いの相手はその釣書ですよ。それを頼りに遠くから見る予定だったんですが」
「どうだった?」
「接触してしまいました。そうですね……痩せすぎていて寝不足に見えました」
礼人は支えたときのことを思い出し、実際彼女の具合は、そのような状態だったのではないかと考える。
血の気の失せたような色白の肌を、しばらく凝視してしまったほどだ。人形でももっと生気があるだろう。
「顔立ちは?」
「俺は顔の美醜を語るのは好きではないし低俗だと思いますが、美少女でしたよ。十六歳だから俺とは七歳も違いますね。俺は二十三なので」
そうつらつらと礼人が述べるのを、あごひげに触れながら興味深そうに一条大佐が聞いている。
会いに行ったのは、今度見合いをするからだ。
それは、礼人の父の遺言だからである。
礼人は亡くなった父のことを思い出した。父は先の百鬼夜行の際に、敵対的なあやかしの瘴気を受けて肺を患い長く寝たきりだった。百鬼夜行中のあやかしの瘴気は、人間の肺を冒すことが多い。それにやられた父は、おそらく予知をしたのだろう。
反枕の血を引く四峰家の者は、程度の差はあれ、ちょっとした未来予知の力を持つ者が多い。礼人の父は、特にその予知の力が強かった。今際の際、その父が遺言を残した記憶は、礼人の中で色濃い。
「礼人……」
父の嗄れた声は、掠れて聞こえた。実年齢よりも老け込んで見える身体。
「浄癒の力を持つ娘……天羽の次女……」
「父上?」
「すぐに嫁に迎えよ。礼人、後生だから……」
「っ……わかりました。わかりましたよ。結婚にこだわりはないので、すぐに見合いを打診しますよ。だから、祝言まで頑張ってくださいよ、父上」
そうは言いつつ、礼人は泣きそうだった。長くないのは明らかだった。皮膚に黄疸が出ている父は、礼人を見ると優しい目をしで笑い、眦から一筋涙をこぼしてから瞑目した。礼人は、握っていた父の手から力が抜け、奇妙なほどに重くなった記憶を、よく覚えている。
葬儀が終わって一年。
喪があけたので、天羽男爵家に見合いを打診した。すると一つ条件を出された。
『週に一度は、天羽家の儀式の都合があるので、一泊ほど家に帰らせてほしい。そうでなければ断る』
天羽家もあやかし関連の家柄としては、位や能力は高くないとされてはいるが、相応に有名なので、儀式があっても不思議ではない。礼人は了承したと伝えた。
「今週末が楽しみだな」
一条大佐の声で我に返る。
視線を向けると、一条大佐が窓の方を見ていた。鴉が窓の外を飛んでいく。本当の鴉以外も混じっている。たとえばそれは、式神だ。ほかに、鴉天狗の配下が舞うこともあるのが、帝都の空だ。
「お見合いの付き添いの家族役、どうぞよろしくお願いします」
父も母も没しているので、代理で一条大佐にお願いしている。母方の叔父も存命だが、今回は父方の伯母の夫である一条大佐に頼んだ。伯母の鞠子が、一条大佐の妻だ。当日鞠子は、急な仕事で来られないらしい。鞠子は慈善事業を取り仕切る立場にある。甥の見合いよりも、孤児に菓子を振る舞うのとを己が務めとした様子だ。それに礼人も異はない。
「勿論だとも」
力強い笑顔で、一条大佐が頷く。実年齢より随分と若々しい。
父が亡くなってからは、ずっと実父のように支えてくれている。
「さて会議の時間だ。行くとしようか」
こうして二人は、執務室を後にした。コツリコツリと靴の踵の音が響く。
あやかし対策部隊の特務班の日常に、こうして礼人は紛れていく。
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