あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第一章 ―― 黒薔薇の刻印

【003】黒椿女学院、通学路、秋

 今日は、金曜日。毎週いつも、憂鬱になる。
 金曜日に行くと女学院はお休みだ。女学院は週三回。家にいたくないと内心で思う桜子は、女学院が休みの日が憂鬱でたまらない。どんなに空が晴れている日であっても、心の中に曇天が立ちこめたような心地になる。

 季節は秋。帝都の街路樹の銀杏いちょうが、黄色い絨毯を通学路に敷く。毎年の風景だ。その路を、静かに歩いて行く。

 女学院に着くと、花壇に秋桜が咲いていた。他にも秋にも咲く花々が、校門から校舎へと並んだ花壇に咲いている。紺色に近い深縹こきはなだ色の行灯袴は制服だ。上の単衣は、薄桜うすざくら色。五年制で、貴婦人や職業婦人に恥じない教養を身につけるべく、上流階級の息女と一部の奨学生が通うのがここ、黒椿女学院である。桜子は現在第四学年だ。

 父の見栄で、通わせられたのが端緒。
 桜子の父がある日、高貴な私の娘が通わぬなど醜聞が悪い、イリス様も通うようにと話していた、と、酩酊しながら戻ってきて、そんなことを述べた結果、第一学年から通うようになった。イリス様がなんなのか、桜子は知らない。また、己の生まれた天羽家が高貴なのかも知らなかった。

 ただ今ではここにいる間だけが、心を休めることが出来るひとときとなっている。

 校舎に入り教室へと向かう。

「おはようございます、桜子さん」

 最初に明るく声をかけたのは、教室の戸と桜子の席の斜め中間に座っている夜野薫子よるのかおるこだった。切りそろえた髪の後ろに緑色のリボンをつけている。快活に笑う彼女は、身長はあまり高くないけれど、陽だまりのようにみんなを魅了する。

「おはよう、桜子さん」

 次にあまり感情の見えない怜悧な声がした。薫子の前の席の、六角舞子ろっかくまいこだ。凛としていて背が高い。冷たい印象を与えるが、美人特有の威圧感だと、薫子は結論づけたと桜子に笑って語ったことがある。

「桜子さん、おはようございます」

 桜子が席につくと、隣席から声がかかった。ここまでずっと会釈を返してきたが、今回は挨拶をする。

「おはようございます、尋子ひろこさん」

 朝霧あさぎり尋子は、挨拶を聞くと満面の笑みを浮かべた。伯爵令嬢で、豊満な女性的な胸をしている、ドレスがいかにも似合いそうな淑女らしい淑女だ。クラスでもリーダー的な存在である。桜子はリーダーからはほど遠いのだが、尋子はなにかと桜子に親しくしてくれる。仲が良いと桜子は、尋子に対して思っている。即ち、友人――親友だ。

 風呂敷から机にしまいものをしていると、桜子に尋子が声を潜めて話しかけた。

「桜子さん、手紙のおまじないのお話を聞きまして?」
「手紙のおまじない?」
「ええ。なんでも和紙に六芒星を描いて、真ん中に自分の血をつけて、折りたたんで、二階の図書館の一番好きな本に挟むと、願いが叶う人のところにだけ……吸血鬼が現れるそうなの!!」

 尋子の声が、興奮したものに変わる。

「? 吸血鬼が願いを叶えてくださるの?」
「わからないわ」
「吸血鬼とはお化けではないの?」
「まぁ、まぁ……きっと、迷信でしょうけれど」

 そんなやり取りをしていると、四十代の今泉蝶子いまいずみちょうこ先生が教室に入ってきた。眼鏡をかけていて灰色の髪をした、細い体躯の先生だ。

 こうして今日も黒椿女学院の一日が始まった。


 そう──始まるのは良い。良いのだ。終わりが、終わるのが辛い。
 鬱屈とした気持ちで、桜子は帰路につく。
 他に生き方がわからないのが一つ、もう一つは猫を飼っているからとてもあの家に置いてはいけなくて、自分が家に帰らなければいけないのが一つ。

 わかっていた。どちらも言い訳かもしれないと。だから女学院を出て職につけるようになったら、そのときは猫のカイを連れて見知らぬ土地へ行こう。そう夢想するときだけが、幸せだった。きっと卒業したその先には、幸せが待っている。





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