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―― 第一章 ―― 黒薔薇の刻印
【007】夕食と親睦
その後二人で食堂へ向かう。礼人は目に見えて桜子に合わせた速度で歩く。桜子はふらつきがだいぶ収まってはいたが、礼人の歩幅がせまいことに安心していた。迷ったら大変だから。けれどそれは杞憂で、広い邸宅だが、迷うこともなく、無事にたどり着く。それは礼人のおかげだと、桜子は感じた。
執事の遠藤に椅子を引かれて席につくと、洋食が並んでいた。そばには銀器と、この場には似合わないが箸がある。だが桜子は箸がある気遣いをありがたいと思った。ナイフやフォークの使い方は、一応一通りは女学院で習ったが、そう得意な方ではない。
「急な引っ越しで悪かったね」
礼人が口を開きながら、スープを見る。コーンを裏ごししたクリームスープらしい。スープをどのタイミングでどう味わうかも、女学院で習った。懐かしく思えてくる。
「いえ……あの、女学院にはもう行けないのですよね?」
懐かしさから、つい桜子は言葉を零す。
裁縫道具も置いてきたままだ。最後に学び舎を出たときは、お見合いをするなんて考えてもいなかったから、なにもかもそのまんま。寂しくないといえば嘘になる。
「うん? 行きたいのなら、行っても構わないよ」
「っ、本当ですか?」
「勿論。それと週に一度は、天羽家に一泊してくるんだよね? 女学院の帰りに寄ってきたら?」
パンを食べながら、礼人が言う。マナーが完璧に、桜子には見えた。ただその台詞に、思わず暗い色を瞳に浮かべる。
「……はい」
すると礼人がじっと桜子を見てから、首を傾げた。
「どうかした?」
桜子の様子に気づいたらしい。
「いえ……」
首を振った桜子を見ると、礼人がナイフとフォークを置いた。
「何かあるなら話してほしい」
「え?」
「俺は結婚するならば、お互いの意思や考えを尊重しあえるような、対等で、相手を思いやれるような、支えあえるような関係性が望ましいと思う。そしてこれは努力で誰もができることだ。だから俺は、桜子さんが言いたいことがあるのなら、時間が許すかぎり聞くよ」
その言葉に驚いて、桜子は目を見開いた。
これまで、誰かに意見を尊重されたりという経験が、学外ではほとんどなくて、驚いてしまったのだ。だが、血を抜かれるのが嫌だなんて、言うわけにもいかないだろう。家を出てくるとき兄が、『猫の世話をしておいてほしいなら必ずもどれ』と笑っていたのも気になる。
「私は大丈夫です」
「そう。『大丈夫』か。わかったよ」
それ以上は追求せず、礼人は皿を見る。
「洋食は好き?」
「ほとんど食べたことがありません」
「そう。嫌いな食べ物は?」
「特には……どうぞ私のことは気になさらないでください」
「気にするので、胃に良さそうな料理を、今後は料理人の岡崎に頼んでおくよ。小食みたいだから。ちなみに好きな色は?」
困惑しつつ、桜子は苦しいときいつも見上げていた空を思い浮かべる。
「……青でしょうか。何故ですか?」
「親睦を深めようと思って。夫婦仲はいいほうが良いと俺は思うけど、きみは違う考え?」
さらりと告げられた言葉に、反射的に桜子は照れた。
「えっ、ふ、夫婦……」
「この結婚に乗り気じゃない?」
「そ、その、まだ現実感が無くて……」
頬を染めたまま潤みそうな目を、桜子はオロオロと揺らす。それを見ると、礼人が右の口角を持ち上げた。
「可愛い反応をするんですね」
「か、からかわないでください!」
「──少し元気になったね。顔色も良くなった。じゃあそろそろ食事は終えようか。女学院への通学に必要なまのは、天羽の家にあるの?」
「は、はい」
「じゃあ明日は少し早く馬車で出て、実家に寄ってから女学院に行くといい。天羽には遣いを出して連絡しておくよ」
こうして食事を終え、桜子は礼人と別々の部屋のベッドに入った。明日実家の天羽家にいくのは憂鬱だったが、それ以上に女学院に行けることが、楽しみだった。
執事の遠藤に椅子を引かれて席につくと、洋食が並んでいた。そばには銀器と、この場には似合わないが箸がある。だが桜子は箸がある気遣いをありがたいと思った。ナイフやフォークの使い方は、一応一通りは女学院で習ったが、そう得意な方ではない。
「急な引っ越しで悪かったね」
礼人が口を開きながら、スープを見る。コーンを裏ごししたクリームスープらしい。スープをどのタイミングでどう味わうかも、女学院で習った。懐かしく思えてくる。
「いえ……あの、女学院にはもう行けないのですよね?」
懐かしさから、つい桜子は言葉を零す。
裁縫道具も置いてきたままだ。最後に学び舎を出たときは、お見合いをするなんて考えてもいなかったから、なにもかもそのまんま。寂しくないといえば嘘になる。
「うん? 行きたいのなら、行っても構わないよ」
「っ、本当ですか?」
「勿論。それと週に一度は、天羽家に一泊してくるんだよね? 女学院の帰りに寄ってきたら?」
パンを食べながら、礼人が言う。マナーが完璧に、桜子には見えた。ただその台詞に、思わず暗い色を瞳に浮かべる。
「……はい」
すると礼人がじっと桜子を見てから、首を傾げた。
「どうかした?」
桜子の様子に気づいたらしい。
「いえ……」
首を振った桜子を見ると、礼人がナイフとフォークを置いた。
「何かあるなら話してほしい」
「え?」
「俺は結婚するならば、お互いの意思や考えを尊重しあえるような、対等で、相手を思いやれるような、支えあえるような関係性が望ましいと思う。そしてこれは努力で誰もができることだ。だから俺は、桜子さんが言いたいことがあるのなら、時間が許すかぎり聞くよ」
その言葉に驚いて、桜子は目を見開いた。
これまで、誰かに意見を尊重されたりという経験が、学外ではほとんどなくて、驚いてしまったのだ。だが、血を抜かれるのが嫌だなんて、言うわけにもいかないだろう。家を出てくるとき兄が、『猫の世話をしておいてほしいなら必ずもどれ』と笑っていたのも気になる。
「私は大丈夫です」
「そう。『大丈夫』か。わかったよ」
それ以上は追求せず、礼人は皿を見る。
「洋食は好き?」
「ほとんど食べたことがありません」
「そう。嫌いな食べ物は?」
「特には……どうぞ私のことは気になさらないでください」
「気にするので、胃に良さそうな料理を、今後は料理人の岡崎に頼んでおくよ。小食みたいだから。ちなみに好きな色は?」
困惑しつつ、桜子は苦しいときいつも見上げていた空を思い浮かべる。
「……青でしょうか。何故ですか?」
「親睦を深めようと思って。夫婦仲はいいほうが良いと俺は思うけど、きみは違う考え?」
さらりと告げられた言葉に、反射的に桜子は照れた。
「えっ、ふ、夫婦……」
「この結婚に乗り気じゃない?」
「そ、その、まだ現実感が無くて……」
頬を染めたまま潤みそうな目を、桜子はオロオロと揺らす。それを見ると、礼人が右の口角を持ち上げた。
「可愛い反応をするんですね」
「か、からかわないでください!」
「──少し元気になったね。顔色も良くなった。じゃあそろそろ食事は終えようか。女学院への通学に必要なまのは、天羽の家にあるの?」
「は、はい」
「じゃあ明日は少し早く馬車で出て、実家に寄ってから女学院に行くといい。天羽には遣いを出して連絡しておくよ」
こうして食事を終え、桜子は礼人と別々の部屋のベッドに入った。明日実家の天羽家にいくのは憂鬱だったが、それ以上に女学院に行けることが、楽しみだった。
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