あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第一章 ―― 黒薔薇の刻印

【011】痩せ細った愛猫の温もり

 午前四時になった。父はもう就寝している。最後まで残った兄が、現在注射針と拘束具を外して、桜子の腕に包帯を巻いている。この研究室のような部屋へとまっすぐ連れてこられたからかもしれないが、まだ愛猫のカイを見ていない。

「お兄様……」
「なんだ?」
「カイの世話はしてくださいましたか……?」

 それを聞くと、思い出したという顔をしたあと、兄が笑った。

「そうだった。水も餌もない部屋に閉じ込めておいた。生きているか見てきてやろう」
「なっ……」

 兄が部屋を出ていく。追いかけようと立ち上がった桜子は、そのままふらついて正面に転んだ。下にした左手の包帯が緩む。そこへ兄が戻ってきた。そして倒れている桜子の顔の正面に、ボロボロの猫を投げつけた。

「なんてことを……」
「なぁに、お前の血を一滴のませればすぐに回復する」
「あ……」
「さて僕は寝る。血を与えたら、その後はきちんと身なりを整え包帯が見えないようにして出ていけ。化物」

 退屈そうにそう告げて、兄がその部屋をあとにした。猫に手を伸ばすと、指先に鼻を押し当ててくる。桜子は思わず涙ぐんだ。

 それから緩んでいた左手の包帯を外し、その下のガーゼを取って、まだ止まっていなかった血を指に取る。それから無理やり猫の口を開けて、血を塗りつけた。そして祈るような気持ちで見守っていると、猫の瞳に光が戻り毛並みはつややかになった。

「……」

 週に一度は、血を与えなければ、兄に殺されてしまう。だめ、そもそも一週間に渡って辛い思いをさせるなんて耐えられない。守りたい、連れて行こう。そもそも置いていったのが間違いだったのだ。

 その後着替えて髪をリボンと簪でとめ、桜子は大きな鞄に猫を入れた。鳴かないでと祈る。カイは大人しくしていた。四峰家から迎えに来た馬車に乗り込む。耳鳴りと目眩がしたが、猫のことが一番に気になっていた。鞄ごしに温もりが伝わってくる。

 朝というには日が高くなった頃、桜子は四峰邸に帰宅し玄関から中に入った。すると礼人が出迎え、驚愕した顔をしてから、すぐに険しい眼差しに変わった。そして何か言いかけたのだが、一拍早く、桜子が大きな鞄を開けながら必死な様子で声を出した。

「お願いです、カイを、この仔を飼わせてください」

 それを聞くと険しい表情のままで、礼人が頷く。床には、鞄から飛びだした猫がいる。

「それは構わないけど、すぐに医者を」

 それを聞いて桜子は焦った。父と兄の所業は、世に出たら捕まるのではないかと思う。酷いことをするとはいえ、家族だ。

「やめて」
「何故?」
「大丈夫です」
「また、『大丈夫』か。一体どこが?」

 目を眇めた礼人が、冷ややかな声を放つ。それを見て取ったのとほぼ同時に、強い貧血に襲われて、桜子は意識を手放した。



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