あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

文字の大きさ
12 / 70
―― 第一章 ―― 黒薔薇の刻印

【012】腕の温もりとホットワイン

 誰かの温かく強い腕の感覚。
 そうだ、これは礼人様のものだ、と、桜子は寝台に下ろされた時おぼろげに思った。目を開ければ懊悩するような礼人の顔が、自分を覗き込んでいた。端正な顔の眉間には皺が刻まれている。険しい緑色の瞳は、だというのに美しい。

「お願いです……お医者様は呼ばないで……」

 そう繰り返した桜子は、再び意識を落とすように寝入ってしまった。
 なにかが足元に飛び乗ってきた気がしたけれど、もう瞼を開けることはできなかった。

 次に目を覚ますと、周囲が暗かった。わずかに開いた白いレースのカーテンの向こうから、月明かりが差し込んでくる。瞬きをした桜子は、ゆっくりと体を起こす。だいぶ楽になっていた。そしてハッとした。見ればカイが、己の足元に丸まっていた。その元気そうな様子に、思わず涙ぐむ。片手で唇を覆い、何度も何度も確認するようにカイを見る。無事を確認してからほっと息をついて、ゆっくりと室内を見渡し、目を丸くした。猫の餌と水の用意がしてある。

 驚いて床に降りてそちらへ近づくと、そばのテーブルに紙片があり、書き置きがなされているのが分かった。

『急なあやかし討伐があるから、数日は帰れません。養生して下さい。桜子さんの考えを尊重して主治医は呼ばなかったけれど、自分の意思で必ず医師に診てもらって下さい』

 そう書かれていた。安心して胸に手を当てる。ありがたく温かな気遣いに胸が満ちる。なにも返せないのが苦しい。

「でも、お医者様に見てもらうわけにはいかない」

 なにせ――もう、腕に傷はない。浄癒の力で既に注射針の痕は綺麗に消えている。医師を必要とする者は多いだろうから、無用な受診は控えるべきだろう。そばには銀色のベルがある。温かいものが飲みたい気分だったが、使用人の手を煩わせるのも躊躇われる。そう考えていると、ノックの音がした。ビクリとしてから、顔を向けて声をかける。

「はい」
『桜子様、お目覚めですか?』
「は、い」
『酒精を飛ばしたホットワインをお持ち致しました。温まります。いかがですか?』

 桜子付きの女中だという詩乃の声だった。

「お願いします」

 おどおどしながらそう答えた時、ゆっくりと扉が開いて、詩乃が入ってきた。
 そしてランプをそばに置くと、カップを桜子に差し出す。両手で受け取った桜子は、窓辺の椅子に座る。

「礼人様は明日にはお帰りになります」
「数日は帰れないと」
「桜子様は丸一日眠っておいででしたので。僭越ながら、病院には――」
「ありがとうございます、お気遣いだけで」
「そうですか。差し出がましいことを申しました」

 詩乃はそれ以上はなにも言わなかった。桜子は軽く首を振り、感謝の言葉を思案する。
 そうしながら口に含んだホットワインは、初めて飲むものだったのだが、ほどよく甘く、そして苦かった。口当たりがよく、体が芯から温かくなっていく。

「ありがとうございます」
「いいえ、桜子様」

 そうして夜が更けていった。


感想 35

あなたにおすすめの小説

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

「職場では隙のない完璧な先輩が、家ではゆるニットで甘えてくる。それでも彼女は、まだ俺の恋人じゃない」

まさき
恋愛
会社では完璧で、誰も近づけない先輩。 そんな彼女と、俺は同じ部屋で暮らしている。 「…おかえり」 ゆるニット姿の彼女は、家でだけ甘い声を出す。 近い。甘い。それでも―― 「ちゃんと付き合ってから」 彼女は知っている。自分が好きになりすぎることを。 嫌われるのが怖くて、迷惑になるのが怖くて。 だから一歩手前で、いつも笑って止まる。 最初から好きなくせに、言えない彼女と。 気づいているのに、待っている俺の話。

悪徳公主と冷徹皇帝陛下の後宮薬膳茶

菱沼あゆ
キャラ文芸
 冷徹非道と噂の皇帝陛下のもとに、これまた悪しき評判しかない異国の王女、琳玲がやってきた。  琳玲は皇后の位は与えられたが、離宮に閉じ込められる。  それぞれの思惑がある離宮の女官や侍女たちは、怪しい薬草で皇帝陛下たちを翻弄する琳玲を観察――。  悪徳公主と冷徹皇帝陛下と女官たちの日々は今日も騒がしい。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。