あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第一章 ―― 黒薔薇の刻印

【013】秋の日差し、回廊の先

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 朝までもう一眠りした桜子は、日差しが頬に触れた気がして目を覚ました。秋ではあるが、まだ寒さはない。ゆっくりと上半身を起こし、何度か瞬きをしてから身支度を調えた。髪に触れながら思う。毎日湯に触れさせてもらえるおかげで、傷んでいた髪が少しずつだが元に戻ってきた。全て、礼人と四峰家の人々が与えてくれた優しい温もりのおかげだ。

 外へと出て階下に降りると、詩乃が歩み寄ってきて頭を下げた。

「おはよう、詩乃さん」
「さんは不要だと何度も申しております、おはようございます。桜子様」

 詩乃はあまり表情を変えないが、その言動の節々から優しさが伝わってくる。二十代前半の女性で、紅子より少し年上だ。姉が怖かったから、その年代の女性に苦手意識があったのだけれど、ともにいるとすぐに心が安らぐようになった。

「礼人様が食堂でお待ちです」
「はい、参ります」

 二人で食堂へと向かう。回廊の窓からは、秋の陽光が降り注いでいて、調度品の銀色の燭台を輝かせていた。ドアの前にいた使用人が二人、扉を開ける。中に促された桜子は、いつも通りとなったように、礼人の正面に腰を下ろした。本日は、和食の様子だ。

「おはようございます、桜子さん」
「おはようございます。おかえりなさい、礼人様」
「顔色はよくなったようだけれど。あえて報告はさせなかったけど、病院には行ったの?」
「……」
「次からは皆の者に連れていくように命じるから」
「そ、そのっ」
「この話はこれで終わり。食べようか」

 礼人はそう言うと、下げていた視線を桜子に向けた。テーブルクロスの上には、アイロンがかけられた帝都新聞がある。口ごもった桜子の前に、お味噌汁が置かれた。直接運んできた料理人の岡崎は、微苦笑している。礼人の優しさを分かってやってほしいというような眼差しだった。それは、桜子にだっていやというほど分かる。普段の礼人は強制するようなことを口にしないというのも、もうよく理解していた。

「そうだ、桜子さん」
「はい」

 手を合わせてから箸を手にした桜子は、礼人へと顔を向ける。

「今日は少し、外へ出ない?」
「外、ですか?」
「うん。別に行商を呼んでもいいんだけれどね」
「行商?」
「今日は女学院はお休みなんだろう?」
「はい」
「だったら、少し外で買い物でもどうかと思って。体調が改善したのなら、休んでばかりいたら体にも良くないから」

 礼人は特に笑うでもなく、かといって怒るでもなく、普通の表情あるいは無表情でそう告げた。桜子はきょとんとしてから、こくりと小さく頷く。

「お気遣い頂きありがとうございます」
「別に。俺も行きたいだけだよ。逆に付き合わせることになりますね」
「どちらへ行きたいのですか?」
「そうだなぁ。クリームソーダは好みじゃなかったから、少し季節には早いけれどココアでも飲みに行きませんか?」
「ココア?」

 初めて聞く名前に、素直に桜子が首を傾げる。
 すると金色のだし巻き卵を見ていた礼人が、チラリと目線を桜子に向けた。

「知ってる?」
「いいえ。どのような飲み物ですか?」
「無知の知を知る者が俺は好きだよ。甘い飲み物」

 楽しげに礼人が笑う。礼人が笑うと桜子も嬉しいので、桜子もまたごく小さく唇の両端を持ち上げた。

「先日もホットワインを飲みました。様々な飲み物があるのですね」
「そう。うん。ホットワインは俺も気に入ってる。それでその前に、少し買い物を、と。ぶらぶらと見るのもいきなんじゃない?」
「はい」

 こうしてこの日は、二人で買い物をして、ココアを飲みに行くことに決まった。

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