あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第一章 ―― 黒薔薇の刻印

【014】欲しかった言葉

 青木あおき屋という呉服店は、近年では洋服を主体としたデパートメントの展開もしているのだが、この日礼人が馬車を降りて向かった先は老舗の店舗の方だった。馬車から降りるとき手を差し出され、桜子はおずおずと手をのせる。

「こちらはね、限られた客しか今は通さないんだけど、和洋それぞれなんでもある。一見デパートの方が最先端なんだけれどどうしても流行ものは、庶民的な様相が色濃い。どちらが悪いとも俺は思わないけど、今日は俺が桜子さんに贈り物がしたいから、俺の好みを優先させてもらうよ。次に来るときは、桜子さんが行きたいところにしよう」

 礼人は前を見てそう言った。優しいけれど、主導権はある程度握ってくれる。それが、自分の手を引いてくれるところが、安心感と頼りがいを感じるから、これまでふらふらと、貧血だけでなく先の人生についても分からずに生きてきた桜子からすると心強くてたまらない。ついていきたい。礼人相手ならば、そう思うのが、嫌ではない。

 中へと入ると、主人と女将が即座に顔を出し、恭しく礼人にこうべを垂れた。手で、挨拶は不要だと伝えた礼人は、それから流すような視線で桜子を見る。

「俺の婚約者です」
「まぁ、礼人様の」
「これはこれは、めでたいですね。なぁ、お前?」
「ええ、ええ、本当におめでたいことですよ!」

 主人と女将が我がことのように喜んでいる。それだけ古くからの付き合いなのだろう。

「もうじき冬が来るから、彼女にマフラーと手袋を贈りたいんだ。それとは別にかんざしを。彼女は女学院に通っているから、そこで奇異の目で見られないような品。なんていうんだろうね、浮かない品? 年相応の品、か。簪は、いつでも身につけられるものがよい。あとは、洋服に合うペンダントなんかも欲しいかな。そういう装飾品って、独占欲の表れなんでしょ? 相手が自分のものだっていう」

 気怠げな声で礼人が言う。そうですねと、女将が応じている。
 桜子は頬が熱くなってきた。女学院でもそうした話題が出ることがあるからだ。許婚や婚約者から、なにかを貰ったというのは格好の話題のまとだ。

 マフラーと手袋は、自前の品を用意している娘も多い。だが、天羽家では、それらを桜子に購入するような配慮はなされなかった。女学院に行かせてやっているだけでもありがたく思えという家だ。

「桜子さん。以上の品を俺は買いたいけど、好みは桜子さんに任せるよ。追加で何かを買ってもいい。少し見ておいで」
「あ、あの、本当に良いんですか?」
「うん。俺達は、婚約者だからね」
「……」

 桜子は、礼人が婚約者の振るまいとして正しいことをしようとして、興味も無い宝飾品を買おうとしているのだろうと困ってしまった。己には、そこまでしてもらう価値などないように思う。瞳を揺らした桜子に気付いた様子で、その時礼人が目を丸くした。

「言い方が悪かったね。婚約者だから、婚約者が桜子さんで、俺は桜子さんに贈り物を贈りたいと思ったので、贈らせて下さい。桜子さんだから、だよ。そこは間違えてはいけないところだな。仮に桜子さんが婚約者でなかったとしても、俺はきっと贈ったよ。不貞はしないから、婚約者じゃなかったら贈らないけど……どう言えばいいんだろうね」

 礼人が唸っている。悩んでいる様子だ。桜子はといえば、そんな礼人を凝視していた。
 欲しかった言葉が降ってきたものだから、ギュッと桜子の胸が締め付けられた。ドクンドクンと動悸が激しい。微笑している礼人の緑の瞳には、とても優しい色が浮かんでいる。それが、泣きそうなほどに嬉しくて、桜子は目を潤ませてた。

「さ、桜子さん?」

 すると気付いた礼人が焦ったように手を伸ばす。桜子は手の甲で目元の涙を拭いてから、頭を振り、そして顔を上げて、満面の笑みを浮かべた。

「嬉しいんです」

 それを呆然とした様子で見た後、顔を背けてた礼人の頬は、赤かった。




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