あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第二章 ―― 紅い血の刻印

【023】降霊術か否か ※礼人

 本日の特務班の会議は、午後三時からだった。気を回した夜市が、茶の用意をする。休憩がてらの会議というのもおかしいが、午前中にはあやかし討伐を一つおこなってきたので、話し合いで席につけるのは、休息としても良いのかも知れない。

 冷たい煎じ茶が浸る湯飲みを受け取った礼人は、気が利く友人を見る。礼人にそう言った気遣いが出来ないわけではないが、彼はやらなくてよいことはやらない。

 そこへ一条大佐達が入ってきて着席し、会議が始まった。

「今回はだな、黒椿女学院から直訴があったんだ」

 一条大佐の声に、桜子が通う学校の名だと気付いて、礼人は少し身を乗り出す。

「暫く前、夏頃から失踪事件が相次いでいるらしい」
「失踪?」

 礼人が尋ねると、ひげを撫でながら大きく一条大佐が頷いた。他の者も物珍しそうな顔をしている。

「それは女学生を狙った人買い事件と言うことですか?」

 五桐少佐の声に、一条大佐が唸る。

「一応、通常の軍部にも報告はあげて、人身売買をしそうな組織や闇市に探りは入れているが、それらしい事件は起きていないという」
「何人くらいの規模なんですか? 女学院の学生ならば、見合い結婚などで途中退学し、学院に顔を出さなくなるのは珍しくないのでは?」

 夜市の指摘に、二葉中佐が資料を捲って答えた。

「もう十七名が失踪している様子ですね。最新では一昨日から姿が見えない女学生がいるのだとか。これが、約二月の間に発生していますよ」

 確かにその数は異常だと、礼人も思った。もし桜子が巻きこまれたらと、嫌な想像をしてしまう。胸が痛くなる。きっと失踪した者の家族も同じ気持ちだろう。

「そして一つ気になる事があるんだ。なんでも女学院では、おまじないの紙、とやらが流行っているらしいのだが、異能を持つ者が使えば充分に降霊術を行える品のようなんだ。六芒星の中央に血判を押す――祓魔七環と同じ構成で、善にも悪にも使えるものだ」

 一条大佐の言葉に礼人が腕を組む。

「呼び出されたなんらかのあやかしの類いが、被害者の女学生を惑わして連れ去っていると言うことですか?」
「話が早いな。その可能性はあると踏んでいる。そこで、だ。黒椿女学院の内部に潜むあやかしの類いがいないか調査したいが、先方に怪しまれては話にならない。よって、囮捜査をしたいと考えている」

 その言葉に、周囲は顔を見合わせた。

「七環の者も通っているが、軍属ではないしその者だけに任せるのも不安だ。さて、教師役だが――」

 一条大佐は夜市と礼人を交互に見た。

「さすがに私と二葉副官は管理統括があるから、空けられない。五桐にはこれまで通りあやかしへの通常対応を頼みたい。そして夜市には引き続き、百鬼夜行の兆候の観察を指示し、その報告をとりまとめてもらいたい。そうなると、四峰大尉。お願い出来るか?」

 いつもならば、礼人は面倒だとして断ろうとしたかもしれない。別に特務班の人間でなくともあやかし対策部隊には他の班もある。だが。

「わかりました」

 礼人が答えると、ぱぁっと一条大佐の表情が明るくなった。こちらも説得する覚悟をしていた様子だ。それがなくなって嬉しいのだろう。礼人はひとえに、桜子のことが心配だから引き受けただけなのだが。

「ちょうど英語教師が休暇をとりたいと話していたそうで、今回は新任の英語教諭として赴任してもらう」
「英語ですか」
「苦手か?」
「得意というわけではないですが、文明開化語の西洋のあやかし対策がありますから、特務班に所属する条件の日常会話が可能な程度、一定の読み書きが出来る程度には、幼少時から学び習得していますよ」

 それに祖父が推奨しており、幼少時から学ばせられた過去が、礼人にはある。
 祖父は海外の怪異との交易もなしている様子だ。

「結構結構。あとは名前から素性が露見しないように、一条を名乗って言ってくれ。一条礼人、一条侯爵家の親戚の家柄。嘘ではないだろう?」
「そうですね、どこにも嘘はないですね」
「これが資料だ」

 悠然と笑い頷いた一条大佐が、分厚い資料を礼人に渡した。
 さて、学校に潜入することを、桜子にどのように説明するべきか。礼人は暫しの間、思案した。



「――ということになったんで」

 結果、礼人は正直に桜子に話した。

「だから暫く一条礼人という英語教師として、黒椿女学院に行くけど、婚約者だというのは内緒にしてほしいんだ。仕事だし、俺の婚約者だと露見すれば、桜子さんまであやかしに狙われてしまうかもしれないから」
「は、はい……礼人様が、先生」
「女学院では、礼人先生と呼んでもらえる?」
「は、はいっ!」

 こくこくと桜子が頷いた。それを見ると、また頭を撫でたそうに、礼人が手を持ち上げ、そして自制するように、顔を背けて手を逸らした。

「あ、あの、礼人様」
「なに」
「……撫でて下さっても、大丈夫です。その、私の勘違いでなければ」
「っ、そ、そう。わかりやすかったかな、俺」
「……はい」
「きみ以外には、本当にわかりにくいって言われるんだけどね」

 はぁっと息をついてから、ポンポンと優しく叩くようにして、礼人は桜子の頭を撫でた。なんだか擽ったい。桜子は、随分と笑うようになった。穏やかな表情を見ていると、礼人は安心するように変わった。だから、この笑顔を守りたいと思う。大切に、大切に。

「明日からは一緒に馬車で出るよ。途中で俺が下車して、同じ馬車で来たことには気付かせないようにする」
「はい!」
「それじゃあ、夕食にしよう」

 こうして桜子の腰に手を触れて、礼人は食堂へと誘った。
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