あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第二章 ―― 紅い血の刻印

【026】お昼休み、表情の差異

「一条先生、ご挨拶を」

 今泉先生の言葉に、視線を合わせて礼人が頷く。

「はい」

 答えた礼人が教卓の前に立った。少し隣に今泉先生がずれた。

「これから、きみたちに英語を教える一条礼人です。分からないことがあれば、なるべくその場で授業中に質問をしてください。それと、英語圏ではファーストネームを先に名乗ることが多いので、勉強の一環として、今回俺のことは礼人と呼んでください。宜しくお願いします」

 無表情の礼人は、億劫そうだ。だが、流すような目で教室内を見渡して、そして桜子に気付くと、不意にふわりと微笑んだ。唇の両端がわずかに持ち上がっただけだったのだが、それまでの表情との差異に、胸がドキリとする。人を惹きつけ、魅了する笑みだ。

 礼人はすぐにまた仏頂面に戻り、これから教科書のどの範囲を学ぶかなどを説明した。だが、誰も聞いていなかった。みんな礼人に見惚れていたからである。

 なお、本日は英語の授業は無かった。

 ――昼休み。
 お弁当の時間が訪れて、サンドイッチを見たとき、薫子が席にやってきて、桜子の机の端に自分のお弁当箱を置いた。他にも同様の生徒が多い。皆で話すときは、クラスのリーダーのような存在である尋子の席に集まることが多いからである。混ざっていないのは舞子くらいのものである。舞子は、人と群れない。

「かっこよかったですわねぇ」

 うっとりしたように薫子が言う。
 すると周囲が同調した。

「さきほどちょっとだけ笑いかけて下さったのは、きっと私に向けてに違いないわ」
「絶対に私によ」
「あらあら、私だと思うのだけれど?」

 それらに耳を傾けつつ尋子は、伏し目がちになにか考えるような顔をしてから、顔を上げてにっこりと笑った。

「みなさんは、斑目先生と礼人先生のどちらがお好み?」

 すると方々から声が上がった。斑目派も礼人派も大勢いる。

「かっこいいのは礼人先生よね。あのちょっと冷たそうな感じが好き」
「斑目先生の凄く優しいところも良いじゃない。あ、でも、お顔は礼人先生の方が整っているわね」
「斑目先生も整っているわ! でも、私は今、礼人先生が気になります!」

 誰が何を話しているのか分からないような喧噪だ。かしましく皆で語りあう。

「桜子さんは、どちらの先生がお好みですか?」

 その時尋子に問いかけられて、桜子は息を小さく吸うと、反射的に答えた。

「礼人先生が……」
「まぁ! 珍しいですね、桜子さん。いつも殿方の話には加わらないのに」

 薫子が驚いたように声を上げた。その指摘に羞恥を覚え、桜子は頬が熱くなってきたので俯く。

「桜子さん。婚約者の方に怒られてしまうのではなくて?」

 すると楽しげな尋子の声がした。さらに桜子は赤くなる。
 ……その婚約者が礼人なのだと、心の中で考える。同時に、自分が思うだけではなく、みんなも礼人を格好良いと感じるのだなと考えた。自分にはもったいないお方だと、改めて思ってしまう。だけど、離れたくない。以前は、こんな風に自分の願いを持つことは、ほとんどできなかった。今、それが叶うようになったのも、他でもない礼人のおかげだ。

「冗談ですわ。さて、そろそろ午後の授業。皆さん。席にお戻りになって」

 尋子が仕切ると、その通りになった。

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