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―― 第二章 ―― 紅い血の刻印
【027】失踪者の行方の報告
「桜子さんは変わりましたね」
帰り際、尋子が静かに桜子へ告げた。何気なく顔を向けると、そこにははにかむような笑顔があった。
「以前はどこか陰があって、悲しげで……けれど、今の桜子さんは優しいお顔をすることが増えましたね」
「尋子さん……」
「どちらの桜子さんも好きだけれど、どうせなら、幸せに笑っている方がいいわ」
優しい友人の声に、桜子も微笑を返した。
その後馬車で帰宅すると、先に礼人が戻っていた。礼人の書斎に挨拶に顔を出すと、礼人は難しい顔で書類を見ていた。邪魔をしては悪いかとも思いつつ、ひかえめに声をかける。
「ただいま戻りました」
「ああ、おかえり。桜子さんの前で先生の素振りをするのが、少し恥ずかしかったけど、変ではなかった?」
「え、ええ……」
「その間はなに?」
「その……」
「うん」
「……格好良いと噂になっていました」
おどおどしながら桜子が報告すると、虚を突かれた顔をしてから礼人が苦笑交じりに吹き出した。
「桜子さんもそう思ってくれましたか?」
「っ、はい……」
「桜子さんにだけそう思ってもらえれば、充分なんだけどね」
そんなやりとりをして、すぐにまた礼人が書類に視線を向ける。その姿に、帰宅時ずっと考えていたことを、桜子は述べることにした。たとえばそれは、大切な友達が毒牙にかかったら嫌だというような、そんな思いと、少しでも礼人の役に立ちたいという感情からだった。
「あ、あの……私にお手伝い出来ることはありませんか?」
「ん。桜子さん」
礼人は視線を上げない。声もいつになく平坦だ。
「これは俺の仕事だよ。それにきみを巻きこみたくない」
「はい……」
「だからあまり言いたくないんだけれど、もし知っていたら、いくつか聞かせてほしいことはある。それを調べてきてほしいと言うんじゃない。今知っていることだけを聞きたいんだ」
そう言って顔を上げた礼人は、長椅子に桜子を促した。
そして銀のベルを慣らし、紅茶を二つ用意させる。それがそろってから、礼人が言った。
「おまじないの紙って知ってる?」
そういえば以前、尋子から聞いたことがあると、桜子は思い出した。
「半紙に六芒星を書いて、真ん中に血を垂らすというおまじないですか?」
「うん。それ」
「それがどうかしたんですか?」
「あやかし対策部隊の特務班――つまり俺の勤務している部隊の班では、その紙が降霊術に用いられて、呼びだされたあやかしが、人攫いをしているのではないかと考えているんだよ」
「人攫い?」
「今、女学院で失踪事件が相次いでいるんだ」
「失踪事件……あっ……確かにおやすみの方が、とても増えていて、流行性感冒でもなさそうだから不思議だと話していたことがあります」
桜子が頷くと、うんうんと礼人もまた頷き返した。
「ただ今日、失踪した女学生達を捜索していたあやかし対策部隊の人間が、何人かは見つけたんだ」
「どこにいらしたんですか?」
「民間の孤児院や教会、病院、まぁそういったところの前で倒れていて、意識が戻ると皆が記憶を失っていたんだよ。それで発見が遅れたんだ。身分も違うから、平民と同じ場所にいるという考えもなくて、発見に時間がかかったんだけど」
「まぁ、記憶が……」
「その記憶だけど、あやかしが暗示をかけた痕跡があったから、あやかし対策部隊の医療班で解呪していて、少しずつ戻ってきた子もいるみたいだよ。朗報なのは、命までは奪われないと言うことだね。ただ――」
「ただ?」
「――皆が皆、重度の貧血なんだ。勿論、以前のきみほどではないけれどね」
「っ」
「黒薔薇修道会となにか関連があるのか、それとも血を欲する別の存在の行いなのか、どちらにしろ黒椿女学院には何かがあるんだと思う。俺は今後、それを調べるよ」
青磁のカップを持ち上げ、ゆっくりと礼人が紅茶を飲む。
桜子もおずおずとカップを手にした。
「だから、桜子さんにしてほしいことがあるとすれば、女学生の間で広まっている噂を、受動的に、あくまで受動的になにか聞いたら、俺に教えて欲しいということになるかな。それ以上は、絶対にしないでくれ」
きっぱりと述べた礼人に対し、桜子はこくりと頷いた。
そして礼人はきっと知っていると思ったから言わなかったが、尋子の話だと吸血鬼が願いを叶えてくれるという噂話であったはずで、吸血鬼は血を吸うという伝承を女学院の本で見たことがあったから、犯人は吸血鬼なのだろうなと漠然と考えていた。きっとそうに違いない。
「俺はもう少し書類を精査する。桜子さんは、食事まで少し休むと良いよ。いやな話も聞かせてしまったしね」
「いえ……お仕事のことなのに……さ、差し出がましいことを言ってしまって……」
桜子がそう言うと、礼人が立ち上がり、桜子のすぐ側に立って屈んだ。
そしてわずかに唇の両端を持ち上げる。視線を合わせ、手に触れる。
「俺は、桜子さんのそういう優しい気持ちが、嫌いじゃないよ」
それからすぐに、礼人は執務机に戻った。あわあわして真っ赤になった桜子は、ぎこちなく紅茶を飲み干してから、部屋を後にした。
帰り際、尋子が静かに桜子へ告げた。何気なく顔を向けると、そこにははにかむような笑顔があった。
「以前はどこか陰があって、悲しげで……けれど、今の桜子さんは優しいお顔をすることが増えましたね」
「尋子さん……」
「どちらの桜子さんも好きだけれど、どうせなら、幸せに笑っている方がいいわ」
優しい友人の声に、桜子も微笑を返した。
その後馬車で帰宅すると、先に礼人が戻っていた。礼人の書斎に挨拶に顔を出すと、礼人は難しい顔で書類を見ていた。邪魔をしては悪いかとも思いつつ、ひかえめに声をかける。
「ただいま戻りました」
「ああ、おかえり。桜子さんの前で先生の素振りをするのが、少し恥ずかしかったけど、変ではなかった?」
「え、ええ……」
「その間はなに?」
「その……」
「うん」
「……格好良いと噂になっていました」
おどおどしながら桜子が報告すると、虚を突かれた顔をしてから礼人が苦笑交じりに吹き出した。
「桜子さんもそう思ってくれましたか?」
「っ、はい……」
「桜子さんにだけそう思ってもらえれば、充分なんだけどね」
そんなやりとりをして、すぐにまた礼人が書類に視線を向ける。その姿に、帰宅時ずっと考えていたことを、桜子は述べることにした。たとえばそれは、大切な友達が毒牙にかかったら嫌だというような、そんな思いと、少しでも礼人の役に立ちたいという感情からだった。
「あ、あの……私にお手伝い出来ることはありませんか?」
「ん。桜子さん」
礼人は視線を上げない。声もいつになく平坦だ。
「これは俺の仕事だよ。それにきみを巻きこみたくない」
「はい……」
「だからあまり言いたくないんだけれど、もし知っていたら、いくつか聞かせてほしいことはある。それを調べてきてほしいと言うんじゃない。今知っていることだけを聞きたいんだ」
そう言って顔を上げた礼人は、長椅子に桜子を促した。
そして銀のベルを慣らし、紅茶を二つ用意させる。それがそろってから、礼人が言った。
「おまじないの紙って知ってる?」
そういえば以前、尋子から聞いたことがあると、桜子は思い出した。
「半紙に六芒星を書いて、真ん中に血を垂らすというおまじないですか?」
「うん。それ」
「それがどうかしたんですか?」
「あやかし対策部隊の特務班――つまり俺の勤務している部隊の班では、その紙が降霊術に用いられて、呼びだされたあやかしが、人攫いをしているのではないかと考えているんだよ」
「人攫い?」
「今、女学院で失踪事件が相次いでいるんだ」
「失踪事件……あっ……確かにおやすみの方が、とても増えていて、流行性感冒でもなさそうだから不思議だと話していたことがあります」
桜子が頷くと、うんうんと礼人もまた頷き返した。
「ただ今日、失踪した女学生達を捜索していたあやかし対策部隊の人間が、何人かは見つけたんだ」
「どこにいらしたんですか?」
「民間の孤児院や教会、病院、まぁそういったところの前で倒れていて、意識が戻ると皆が記憶を失っていたんだよ。それで発見が遅れたんだ。身分も違うから、平民と同じ場所にいるという考えもなくて、発見に時間がかかったんだけど」
「まぁ、記憶が……」
「その記憶だけど、あやかしが暗示をかけた痕跡があったから、あやかし対策部隊の医療班で解呪していて、少しずつ戻ってきた子もいるみたいだよ。朗報なのは、命までは奪われないと言うことだね。ただ――」
「ただ?」
「――皆が皆、重度の貧血なんだ。勿論、以前のきみほどではないけれどね」
「っ」
「黒薔薇修道会となにか関連があるのか、それとも血を欲する別の存在の行いなのか、どちらにしろ黒椿女学院には何かがあるんだと思う。俺は今後、それを調べるよ」
青磁のカップを持ち上げ、ゆっくりと礼人が紅茶を飲む。
桜子もおずおずとカップを手にした。
「だから、桜子さんにしてほしいことがあるとすれば、女学生の間で広まっている噂を、受動的に、あくまで受動的になにか聞いたら、俺に教えて欲しいということになるかな。それ以上は、絶対にしないでくれ」
きっぱりと述べた礼人に対し、桜子はこくりと頷いた。
そして礼人はきっと知っていると思ったから言わなかったが、尋子の話だと吸血鬼が願いを叶えてくれるという噂話であったはずで、吸血鬼は血を吸うという伝承を女学院の本で見たことがあったから、犯人は吸血鬼なのだろうなと漠然と考えていた。きっとそうに違いない。
「俺はもう少し書類を精査する。桜子さんは、食事まで少し休むと良いよ。いやな話も聞かせてしまったしね」
「いえ……お仕事のことなのに……さ、差し出がましいことを言ってしまって……」
桜子がそう言うと、礼人が立ち上がり、桜子のすぐ側に立って屈んだ。
そしてわずかに唇の両端を持ち上げる。視線を合わせ、手に触れる。
「俺は、桜子さんのそういう優しい気持ちが、嫌いじゃないよ」
それからすぐに、礼人は執務机に戻った。あわあわして真っ赤になった桜子は、ぎこちなく紅茶を飲み干してから、部屋を後にした。
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