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―― 第四章 ―― 反枕の夢
【049】硫酸 ※彼女
――斑目先生は、きっと私を見てくれるはず。
――斑目先生は、きっと私を抱きしめてくれるはず。
――斑目先生は、私のことを世界で一番愛してくれるはず。
少女は恍惚とした表情で、頬を紅潮させ、黒い瞳を輝かせていた。髪のリボンが揺れている。
そこは黴臭く薄暗い地下だった。ステンドグラスが嵌めこまれた壁。その向こうには光源があるようで、描かれた黒い聖母と薔薇が輝いている。傍らには、片翼の黒い像。堕天使像だ。金の燭台が、祭壇の左右に。数は六本ずつ。祭壇の上に載るのは、この黒薔薇修道会の聖典だ。
堕天使は吸血鬼の祖であり、金は吸血鬼を害しないという知識は、彼女には無い。
黒椿女学院の女学生である彼女は、はぁはぁと息を切らして、ここまで走ってきた。
あれは、秋のある日。
斑目先生が好きだとおまじないをしたら、なんとその斑目当人が、『僕もだよ』と囁いてくれた。おまじないの効果だと大喜びしていると、斑目は彼女をこの黒薔薇修道会の拠点である廃教会の地下へと誘った。斑目は女学院を辞めてしまったけれど、会える時は、下駄箱にいつも紙切れを忍ばせてくれる。
「斑目先生!」
気付くと、壁際に斑目がいた。黒い外套を羽織っている。少女は駆け寄り抱きついた。
「お会いしたかったです」
「僕もだよ。本当にきみは綺麗だ」
美麗に笑った斑目は、それから少女の髪を撫でる。
「桜子さんの次に」
そしていつも口にする言葉を放った。いつも? いつから? 少女は、それを思い出せなかったが、途端、鳩尾が重くなる。思考が曖昧としたものに変わる。黒い渦のようなものに、全身が囚われていくような感覚。
「……先生、は。桜子さんがお好きなの? 私より? ねぇ。私よりも?」
普段であれば、そうだといって蕩々と桜子の魅力を語り、斑目は少女に笑いかける。いいや、彼女を嘲笑う。優しいのは顔に貼り付けた仮面の上だけ。
「ああ、僕は綺麗なものがすきだよ。だからたとえば、きみが桜子さんの顔に硫酸をかけて溶かしてしまったのならば、僕はきっときみのほうを好きになる」
だが、この日は違った。
「硫酸……」
「理科室にある」
「……そうすれば、斑目先生は私だけを愛してくれるのね……」
虚ろな目をした少女は呟いた。それからすぐに恍惚とした眼差しに戻る。
そして斑目への愛を語る。斑目は楽しげにそれを聞いている。ひとしきり耳を傾けて、そうして。牙を突き立てた。単衣の合間の白い首筋から、二つの紅色の液が垂れる。少女の体は痙攣し、不意の失血に防衛反応を見せたが、すぐにガクンと頽れた。それを抱きとめた斑目は、ふっと吐き捨てるように笑う。
「ああ、不味い」
――斑目先生は、きっと私を抱きしめてくれるはず。
――斑目先生は、私のことを世界で一番愛してくれるはず。
少女は恍惚とした表情で、頬を紅潮させ、黒い瞳を輝かせていた。髪のリボンが揺れている。
そこは黴臭く薄暗い地下だった。ステンドグラスが嵌めこまれた壁。その向こうには光源があるようで、描かれた黒い聖母と薔薇が輝いている。傍らには、片翼の黒い像。堕天使像だ。金の燭台が、祭壇の左右に。数は六本ずつ。祭壇の上に載るのは、この黒薔薇修道会の聖典だ。
堕天使は吸血鬼の祖であり、金は吸血鬼を害しないという知識は、彼女には無い。
黒椿女学院の女学生である彼女は、はぁはぁと息を切らして、ここまで走ってきた。
あれは、秋のある日。
斑目先生が好きだとおまじないをしたら、なんとその斑目当人が、『僕もだよ』と囁いてくれた。おまじないの効果だと大喜びしていると、斑目は彼女をこの黒薔薇修道会の拠点である廃教会の地下へと誘った。斑目は女学院を辞めてしまったけれど、会える時は、下駄箱にいつも紙切れを忍ばせてくれる。
「斑目先生!」
気付くと、壁際に斑目がいた。黒い外套を羽織っている。少女は駆け寄り抱きついた。
「お会いしたかったです」
「僕もだよ。本当にきみは綺麗だ」
美麗に笑った斑目は、それから少女の髪を撫でる。
「桜子さんの次に」
そしていつも口にする言葉を放った。いつも? いつから? 少女は、それを思い出せなかったが、途端、鳩尾が重くなる。思考が曖昧としたものに変わる。黒い渦のようなものに、全身が囚われていくような感覚。
「……先生、は。桜子さんがお好きなの? 私より? ねぇ。私よりも?」
普段であれば、そうだといって蕩々と桜子の魅力を語り、斑目は少女に笑いかける。いいや、彼女を嘲笑う。優しいのは顔に貼り付けた仮面の上だけ。
「ああ、僕は綺麗なものがすきだよ。だからたとえば、きみが桜子さんの顔に硫酸をかけて溶かしてしまったのならば、僕はきっときみのほうを好きになる」
だが、この日は違った。
「硫酸……」
「理科室にある」
「……そうすれば、斑目先生は私だけを愛してくれるのね……」
虚ろな目をした少女は呟いた。それからすぐに恍惚とした眼差しに戻る。
そして斑目への愛を語る。斑目は楽しげにそれを聞いている。ひとしきり耳を傾けて、そうして。牙を突き立てた。単衣の合間の白い首筋から、二つの紅色の液が垂れる。少女の体は痙攣し、不意の失血に防衛反応を見せたが、すぐにガクンと頽れた。それを抱きとめた斑目は、ふっと吐き捨てるように笑う。
「ああ、不味い」
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