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―― 第四章 ―― 反枕の夢
【051】友達の悩み事
「いってらっしゃい、桜子さん」
「礼人様もいってらっしゃい」
本日は、ほぼ同じ時刻に出る。それぞれ、別の馬車に乗った。四峰邸の馬車は一つだが、軍の方は迎えの馬車が乗り合いで訪れることもある。ここのところは、礼人はそれを利用している。帝都は一段と寒くなった。だが、雪は少なくなった。凍るほうが多い。まだ梅が咲く季節ではないが、そう遠くない。
黒椿女学院へとつき、教室へと入る。
「おはようございます、桜子さん」
いつもの通り、薫子が天真爛漫な笑顔を浮かべる。その正面では舞子が振りかえり、凜とした眼差しを、今では少し柔らかくして桜子に向ける。二人に挨拶をしてから、桜子は自分の席へと着いた。尋子がいつもならば挨拶をしてくれるが、今日の彼女は俯いていた。
「尋子さん、おはようございます」
自分から声をかけることがあまりないから少し緊張したが、桜子は朝の挨拶を述べる。するとハッとしたように尋子が顔を上げた。
「桜子さん……」
その声が暗い。桜子は小首を傾げた。
「どうかなさったんですか?」
「……あなたに、」
すると尋子がごく小さい声で言った。
「はい」
「お願い、私の話を聞いて。もう抱えてきれないの」
尋子はそう言うと震え始めた。瞳には涙が浮かんでいる。
「尋子さん、わ、私でいいのなら、私に出来ることなら」
「本当? お願い……放課後、話したいことがあるの」
こくこくと桜子は頷いた。すると薫子が見ていた様子で、歩み寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか?」
「っく、薫子さんも話を聞いてくださる?」
涙の滲む瞳を、尋子が薫子に向けた。
「話? も、勿論ですけど! 桜子さん、これは?」
「私にも分からなくて……」
桜子が戸惑う。
「でも、私達友達ですし、尋子さんが困っているなら一蓮托生!」
薫子が拳を握る横で、青い顔をした尋子が呟くように言う。
「放課後……放課後……」
「放課後ですね? わかりました。私の家でお話ししましょう!」
その言葉に、桜子は頷いた。二人は実際、本当に大切な友達だった。特に尋子は親友だ。困っているのならば、助けになりたい。
舞子は朝の一コマ目に早退した。こっそりと桜子にだけ教えてくれたのだが、六角家に軍から依頼があったらしい。
そうしてそわそわしながら日中を過ごした。お昼休みの空気もどこかよそよそしい。
こうして放課後を待ち、薫子の夜野家の馬車に乗せてもらう。夢のこともあるし、心配するかもしれないと思い、桜子は四峰の御者の山辺に、きちんと夜野邸へ行くと伝えた。
四峰家の馬車より少しガタガタと車輪が揺れる馬車は四人乗りで、中央にテーブルがあった。薫子がカップにお茶を注いでくれる。
「どうぞ。それで、尋子さん? 一体どうしたんですか?」
両腕を抱えてガクガクと震えている尋子は、隣に大きな鞄を置いている。普段使っている物と違うなと、桜子は気付いた。なにか、液体が揺れる音がする。カップを受け取り、その温もりに一息つきつつ、紅茶を飲む。尋子の目は、どこか虚ろに見えた。薫子もカップを傾けつつ、困った顔をしている。
「私……」
尋子が漸く口を開いた。
桜子がじっと見守る。
「桜子さんが憎いの」
その言葉に驚愕して、桜子は息を呑む。すると尋子は、ポロポロと泣き出した。
「あなたがいるかぎり、斑目先生は私を見てはくれないのですって」
「なっ……」
「美しいあなたがいるかぎり。だから私はあなたを醜くするわ」
桜子は、隣に座っている尋子から距離を取り、助けを求めるように薫子を見た。
薫子は、普段とは違い、冷静な顔をしていた。
それを桜子が確認した時だ。ガクンっと桜子の腰から力が抜けた。倒れ込む。不意に目眩に襲われ、気付くと視界が霞んでいた。
「っあ」
そのまま意識が暗転した。だから、続いて響いた薫子の冷淡な声は耳に入らなかった。
「甘いのよ、暗示が。黙って硫酸をかけさせればよかったものを」
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