あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第四章 ―― 反枕の夢

【055】腕の温もり

 ――あ。と。
 来てくれた。強い腕の温もりに抱きしめられながら、桜子は今になって震えがきて、思わず抱きつき返した。呼吸が荒くなる。怖かった。だが。

「尋子さんとお姉様も――」
「紅子嬢は気絶させただけだよ。尋子嬢は、俺の親友が処置してる」
「そうですか」

 震えながらもほっと一息ついた桜子は、それから己の肩に顎をのせた礼人を見る。
 礼人は、チラリと夜市と、その向こうで堂々と椅子に座って脚を組んでいる斑目を一瞥した。斑目はニヤニヤと笑いながら、そのとき反動をつけて立ち上がると、コツコツと踵の音を響かせて、歩きはじめた。歩きながら、ワインの瓶を片手に取る。

「たしかにこれは困ったな。数が多いね。牝に感謝だ」

 斑目の声が響いた瞬間、その場が騒がしくなった。桜子が礼人の肩越しに入り口の方を見ると、軍服姿の人間が大勢踏み込んできた。目を見開いた礼人も振りかえる。入り口脇の壁では、二葉中佐が指揮を出している。

 混乱する人間の修道士や修道女達は、次次に拘束されていき、五桐少佐が軍刀を構えて壇上に飛び乗ってきた。礼人が息を呑む。

「五桐少佐……どうしてここに?」
「ん? まぁ……あれだな。俺達の間にも友情があったんだろ。友情に則り、加勢する」
「冗談でしょ」

 礼人が目を据わらせると、五桐少佐が肩を竦めた。

「酷ぇな。そこにいる吸血鬼を仕留めるために、一条大佐が前々から逃さないようにする結界の構築燭台を環央家に依頼してたって話でな」

 五桐がそう言うと、右手の壁際に走り、蝋燭を置く。左手にも軍人が置いた。
 入口側の左右にも置かれている。設置が完了した瞬間、金色の光が溢れた。桜子は眩しさに目を伏せる。礼人は桜子の後頭部に触れ、己の肩に押しつけた。

 六芒星が床全体から浮かび上がる。
 光が収束してから礼人が斑目がいた方角を見ると、そこには――。

「いない?」

 二葉中佐が上がってきてそう呟いた。礼人が一瞥すると、糸のような目をした二葉中佐は、不機嫌そうに唇に力を込めていた。五桐少佐も歩み寄ってくる。

「っ、そこの奥の天井、穴があるな。化ける方策は封じていたから、普通に足で跳んで、天井から逃げたのか。無力化する結界だけでは甘かったってことだな」
「ただの人間のような状態では、効果は確かにないね」

 二葉中佐が五桐少佐の言葉に頷いた。それから二葉中佐は、じっと礼人と桜子を見た後、顔を背けた。五桐少佐が腕を組む。

「一条大佐が、『市民一人守れないで、なにが軍部だ』と、大演説を打ったから、四峰大尉は感謝しておくといいぞ」
「ええ。その通りだと。こちらとしては、上官命令ですからね」

 二葉中佐が細い目で瞼を伏せる。すると五桐少佐が笑った。

「二葉中佐は、その前に『全員で行くべきでは?』と進言していたんじゃ?」
「五桐少佐。それは……確立と可能性の問題というだけですので」

 そんな二人のやりとりを聞くと、礼人が小さく頷いた。

「助かりました。ありがとうございます」
「珍しく素直だな。ま、かみさんが無事でよかったな、四峰大尉。夏になったらクリームソーダを食べる権利を、お前は手に入れた」
「それは行かなくていいです」

 こうして斑目は逃したが、一つの騒動が収束するかに見えたが――……桜子が呟く。

「あの、薫子さんは?」

 それを聞いて、そういえばいないではないかと礼人は周囲を素早く見る。化生のものだというのは明らかだが。するとそれまで場を見守っていた夜市が、腕を組んだ。

「雑面の鬼。背格好と髪型は、遺影と同じでした」

 その報告に、一同は目を瞠る。桜子は、彼らの言わんとしていることが分からなかったが、ただ一つ、礼人の腕の温もりだけは、理解出来た。

「礼人様」
「うん?」

 小さく名を呼んだ桜子を、礼人が見る。目が合ったので、桜子は微笑した。

「未来は、変わりましたか?」
「……」

 礼人は唇を閉じ、それから緩慢に瞬きをした。

「変わったよ。俺は、変えた。けれどそれは、みんなが助けてくれたからです。俺だけの力ではないよ。でも」

 そう言うと、礼人は己の額を、桜子の額に押し当てた。

「きみを守れてよかった。それに――」

 その言葉に、桜子が涙ぐみながら笑う。

「――きみが、頑張って耐えて、生きてくれたからだよ」
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