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―― 第五章 ―― 百鬼夜行
【057】降りしきる黒い羽根
暫くの間女学院を休むことになった桜子は、腕の横に頭がのるカイの温もりを感じながら目を覚ました。朝、五時。いつもよりも少し早い起床、まだ外は薄暗い。
「……」
最近考えることがある。血を、提供してもいいのかもしれないと。たとえば、あれは尋子を救うことも叶ったのだし、礼人の力にもなれるかもしれない。できることをしたい。けれど、あのとき庇ってくれた礼人を思う。自分の身を自分で守れるようにならなければという想いも強い。
コンコンとノックの音がしたのは、いつも起きる六時を少し過ぎた頃だった。
声をかけると入ってきた詩乃が、身支度の用意を手伝ってくれた。和装に着替えて、帯を締める。それから階下へ向かえば、食卓で新聞を広げている礼人が視界に入った。
「おはようございます、桜子さん」
顔を上げた礼人に向かい、桜子は挨拶を返す。自然と笑みが浮かんでくる。今、桜子は己が強く礼人のことを想っていると自覚していた。
「今朝は洋食か。焼いたパン、桜子さんは好きだよね」
「は、はい。でも、どうして?」
「俺も桜子さんの博士になれるということです」
いつも見てくれていることだと判断し、桜子は頬を持ち上げた。そのとき、視界の端になにか黒いものが舞った気がして、窓の外を見る。
「? あれは……」
「うん?」
首を傾げた礼人が、桜子の視線を追いかけて、ハッとした顔をした。
そこには、空から庭に降りしきる黒い羽根が見える。
大きな羽根だ。鴉のものかもしれない。だが、量が尋常ではない。桜子が戸惑っていると、険しい顔をした礼人が、窓辺に歩み寄り、ガラッと窓を開けた。
「これは」
そして睨み付けるように天を仰ぐ。
「礼人様、一体何が……」
「本来味方であるはずの、鴉天狗の羽根だよ。ただ鴉天狗はいつも、百鬼夜行で荒ぶる。これは、宣戦布告の合図だ」
「宣戦布告……」
「予兆どころの話じゃない。もう、始まっている」
礼人はそう述べると席まで戻り、傍らの椅子にかけてあった軍服の上衣を手に取った。そしてそれを身に纏うと、桜子のもとへと歩み寄る。
「桜子さん」
「はい」
「百鬼夜行というのは、夜に危険性がある、あやかしの騒乱だ」
「百鬼夜行……」
「絶対に今後、日が落ちてからは外に出ないように。昼はあやかしも動かないから安全だから、外に出るときは、必ず日中に」
「は、はい」
「俺は軍に行く。桜子さん」
礼人はそっと桜子の肩に触れる。
「しばらくは戻れないかもしれない。戻れても昼だ」
「無事に帰ってきて下さいますか?」
「……ごめん、約束は出来ない」
それを聞いて、桜子は息を詰める。だが、今、己がすべきことは、泣いて縋ることではないはずだ。
「わかりました。私は……礼人様のお帰りをお待ちしてます」
「うん。きみが、そばにいてくれると思って、頑張ってきます」
微笑した礼人は、それから険しい顔へと戻り足早に玄関の方へと消えた。
「……」
最近考えることがある。血を、提供してもいいのかもしれないと。たとえば、あれは尋子を救うことも叶ったのだし、礼人の力にもなれるかもしれない。できることをしたい。けれど、あのとき庇ってくれた礼人を思う。自分の身を自分で守れるようにならなければという想いも強い。
コンコンとノックの音がしたのは、いつも起きる六時を少し過ぎた頃だった。
声をかけると入ってきた詩乃が、身支度の用意を手伝ってくれた。和装に着替えて、帯を締める。それから階下へ向かえば、食卓で新聞を広げている礼人が視界に入った。
「おはようございます、桜子さん」
顔を上げた礼人に向かい、桜子は挨拶を返す。自然と笑みが浮かんでくる。今、桜子は己が強く礼人のことを想っていると自覚していた。
「今朝は洋食か。焼いたパン、桜子さんは好きだよね」
「は、はい。でも、どうして?」
「俺も桜子さんの博士になれるということです」
いつも見てくれていることだと判断し、桜子は頬を持ち上げた。そのとき、視界の端になにか黒いものが舞った気がして、窓の外を見る。
「? あれは……」
「うん?」
首を傾げた礼人が、桜子の視線を追いかけて、ハッとした顔をした。
そこには、空から庭に降りしきる黒い羽根が見える。
大きな羽根だ。鴉のものかもしれない。だが、量が尋常ではない。桜子が戸惑っていると、険しい顔をした礼人が、窓辺に歩み寄り、ガラッと窓を開けた。
「これは」
そして睨み付けるように天を仰ぐ。
「礼人様、一体何が……」
「本来味方であるはずの、鴉天狗の羽根だよ。ただ鴉天狗はいつも、百鬼夜行で荒ぶる。これは、宣戦布告の合図だ」
「宣戦布告……」
「予兆どころの話じゃない。もう、始まっている」
礼人はそう述べると席まで戻り、傍らの椅子にかけてあった軍服の上衣を手に取った。そしてそれを身に纏うと、桜子のもとへと歩み寄る。
「桜子さん」
「はい」
「百鬼夜行というのは、夜に危険性がある、あやかしの騒乱だ」
「百鬼夜行……」
「絶対に今後、日が落ちてからは外に出ないように。昼はあやかしも動かないから安全だから、外に出るときは、必ず日中に」
「は、はい」
「俺は軍に行く。桜子さん」
礼人はそっと桜子の肩に触れる。
「しばらくは戻れないかもしれない。戻れても昼だ」
「無事に帰ってきて下さいますか?」
「……ごめん、約束は出来ない」
それを聞いて、桜子は息を詰める。だが、今、己がすべきことは、泣いて縋ることではないはずだ。
「わかりました。私は……礼人様のお帰りをお待ちしてます」
「うん。きみが、そばにいてくれると思って、頑張ってきます」
微笑した礼人は、それから険しい顔へと戻り足早に玄関の方へと消えた。
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