あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第五章 ―― 百鬼夜行

【059】使用人達

 ――それから三日が経過した。
  桜子は、眠い目をこすりながら、居室リビングにいた。礼人は、この三日というもの、一度も帰宅していない。夜が、夜がいけないのだと。そう思うと、不安でよく眠れない。

 夜更け、窓の外を見ると、その世界がいつもとは異なり、歪んでいるようにさえ見えた。

「奥様、少しお休みになられては」

 家令の山岡が声をかけた。視線を向ける。桜子の目の下には赤いくまがある。
 執事の遠藤はなにやら、礼人の書斎にある式神の灯火の確認を定期的に行っている様子だ。
 控えている侍女頭の小春と詩乃は、小さく家令に同意するように頷いている。

「……ありがとうございます。でも、私には待っていることしかできないので」
「奥様が倒れられては、旦那様がそれこそ集中できません」
「っ」
「奥様。旦那様を想うのならば、お休み下さい」

 強く家令に言われ、桜子は目を見開く。
 そうだ、きっと礼人は心配してくれると思うと目が潤んだが、言われたとおりに、少しの間仮眠をすることにした。


 目を覚ましたのは、昼下がりのことだった。
 周囲に使用人がいるとは言え、一人きりの食卓で、コーンスープをスプーンで掬う。礼人は満足に食べているのだろうか。考えるだけでも辛い。全身が痛くなるような感覚だ。心と身体は、連動しているのかもしれない。嘗ては、頻繁にこういうことがあった。父や兄、姉に誹られたとき、暴力を揮われたとき。そんなとき、どうしていたのだったか。

「……」

 そうだ。いつも己は、天羽家の裏手の祠のそばにいた。小川のせせらぎに耳を傾けていた。あの黒い聖母の像はどうなっているのだろう。祠の中とはいえ、雪をかぶっているのだろうか。

 ちらりと窓の外を見る。今は、昼間だ。安全な、昼間だ。

「……少し、気分転換をしに外に出てもよいでしょうか」

 桜子が小声で述べると、周囲の者はそれを拾った。

「奥様。奥様がそれを望むのならば」

 執事が声をかける。桜子が顔を向けると、そこにいた使用人達は皆優しい顔をしていた。

「お供しますよ」

 侍女頭が笑う。

「それは私のお役目です」

 詩乃が淡々とした声で言う。すると侍女頭がくすりと笑った。

「どちらへ?」
「あ、あの……天羽の、実家の裏庭に……」

 家令の問いに答えると、皆は反対せずに頷いた。
 こうして食後、四峰家の馬車を出してもらうことが叶った。

 揺れる馬車の中で、車窓から街を見る。何も知らない暢気な人々は、笑顔で歩いている。子どもが元気に凧を手にし、別の子は洋風の風船を持っていた。平和。目に見える平和は、きっと夜だけなのだろう。けれど、以後もそれが続くようにと礼人達は戦っている。

 できることがあればいいのに。
 桜子が俯くと、馬車の中で詩乃が紅茶を淹れてくれた。そのカップの温度は温かい。馬車の中の紅茶には良い思いはなかったが、桜子は詩乃を信頼している。だから浸る紅茶を飲み込んだ。

 こうして天羽家の前につき、桜子は御者の山辺の開けてくれた戸から外に降りる。
 雪は積もっていなかった。

「ここで待っていて」

 一人で行きたいからと告げれば、少し複雑そうな顔をした詩乃と山辺だったが、それぞれ頷き、桜子の願いを叶えてくれた。


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