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―― 第五章 ―― 百鬼夜行
【060】祠と小さな石像
そのようにして裏庭にいくと、小川の上には薄氷が張っていた。
祠を見て、桜子は進む。
そして屈んで中を覗き込むと――その瞳が、まるでサファイアのように、暗い青に輝いて見えた。
「?」
不思議に思ってまじまじと見ると、石の彫刻はずの口元が弧を描いているように見えた。
桜子は思わず手を伸ばした。そして小さな石像に触れる。
『あら、私の声が聞こえるのかしら?』
「!」
すると声がしたものだから、狼狽えて手を引く。
『ならばあなたは、私――アリアと、私の愛したパウロの末裔なのね』
「アリア……吸血鬼アリア……?」
話に聞いていたアリアの名に瞠目すると、喉で笑うような気配がした。
『そうね、私は確かに吸血鬼。けれど決して人を襲ったりはしていない』
「……」
『人間がご飯を必要とするように、私が生きるためには血という糧が必要だというだけよ。だから提供してもらっていたの、宣教師になったパウロに。繰り返すけれど、生きるために血が必要だから』
アリアの声は、優しい。
『それから私達は、吸血鬼と聖職者でもそばにいることを罰せられないこの国へと訪れたのよ』
「……」
『私は彼を愛していた。あなたには、愛しい人はいるかしら?』
「……はい」
しっかりと桜子は、礼人の顔が浮かんできたから頷いた。
するとアリアがころころと笑うような声で続けた。
『愛はとても素敵。その結晶の、私とパウロの娘には、黒い薔薇の痣があったの。三人いたのだけれど、一人にだけ。そして黒い薔薇の痣がある子には、癒やしの力――浄癒の力が宿っていたのよ』
懐かしむような、アリアの声が続く。
「私にも、黒い薔薇の痣があります」
『そう。では早く、白い薔薇にしなければならないわね』
「え?」
『力は血に宿るけれど、それを素に使わなければ、無用の産物でしょう?』
「どうやって使うんですか?」
『助けたい、癒やしたい、そういう想いや願いを強く意識に浮かべると、両手が温かくなって、淡い光が出ると、私の娘は話していたわ』
それを聞いて、大きく桜子は頷いた。自分にも出来ることがあるかもしれない。
「やってみます」
『頑張って。よかったら見守りたいから、私も連れていって』
「えっ、でも……」
『悪いようにはしないし、悪いこともしないわ』
「……」
アリア像がころころと笑う。
桜子は逡巡した。この小さな石像は、きっと魔のものだ。けれど不思議と、信じてもよい気がした。なにか、全身の血が温かくなるような安心感が、声を聞くだけで生まれたからだ。そしてそれは嘗てから、ずっとそばにあったものだ。昔は声こそ聞こえなかったけれど。
「わかりました」
こうして桜子は、祠から、小さな石像を取り出し、腕に抱える。
本当に小さく細いため、掌でも握れるかもしれない。
そのまま坂道を降りて馬車が停まっている所まで戻る。詩乃は、石像に対して特に何か感想を述べることもなかった。馬車へと乗り込み、四峰邸へと戻る。
すると。
玄関で、ちょうど出てきた礼人と顔を合わせた。
「あ」
「桜子さん。よかった、顔だけでも見られて」
「礼人様……」
「ちょっと着替えをとりによっただけだから、また今から出るよ」
外出していたのが悔やまれた。ポンっと礼人は微笑して桜子の頭を叩くように撫でる。
「いってきます」
「っ、いってらっしゃい」
必死で桜子が声を出すと、礼人は笑顔で頷き、己の馬車へと乗りこんだ。
それを見送ってから、桜子は自分の部屋へと戻る。やっと会えた。
『彼があなたの愛しい人なのね』
「……ええ」
『ならば、強くならないと。愛とは一方通行ではなく、双方向なのだから。彼を助け、あなたが彼を、次は撫でてあげるといいわ』
アリアの楽しそうな声を聞きながら、桜子はチェストの上に小さな石像を安置した。
祠を見て、桜子は進む。
そして屈んで中を覗き込むと――その瞳が、まるでサファイアのように、暗い青に輝いて見えた。
「?」
不思議に思ってまじまじと見ると、石の彫刻はずの口元が弧を描いているように見えた。
桜子は思わず手を伸ばした。そして小さな石像に触れる。
『あら、私の声が聞こえるのかしら?』
「!」
すると声がしたものだから、狼狽えて手を引く。
『ならばあなたは、私――アリアと、私の愛したパウロの末裔なのね』
「アリア……吸血鬼アリア……?」
話に聞いていたアリアの名に瞠目すると、喉で笑うような気配がした。
『そうね、私は確かに吸血鬼。けれど決して人を襲ったりはしていない』
「……」
『人間がご飯を必要とするように、私が生きるためには血という糧が必要だというだけよ。だから提供してもらっていたの、宣教師になったパウロに。繰り返すけれど、生きるために血が必要だから』
アリアの声は、優しい。
『それから私達は、吸血鬼と聖職者でもそばにいることを罰せられないこの国へと訪れたのよ』
「……」
『私は彼を愛していた。あなたには、愛しい人はいるかしら?』
「……はい」
しっかりと桜子は、礼人の顔が浮かんできたから頷いた。
するとアリアがころころと笑うような声で続けた。
『愛はとても素敵。その結晶の、私とパウロの娘には、黒い薔薇の痣があったの。三人いたのだけれど、一人にだけ。そして黒い薔薇の痣がある子には、癒やしの力――浄癒の力が宿っていたのよ』
懐かしむような、アリアの声が続く。
「私にも、黒い薔薇の痣があります」
『そう。では早く、白い薔薇にしなければならないわね』
「え?」
『力は血に宿るけれど、それを素に使わなければ、無用の産物でしょう?』
「どうやって使うんですか?」
『助けたい、癒やしたい、そういう想いや願いを強く意識に浮かべると、両手が温かくなって、淡い光が出ると、私の娘は話していたわ』
それを聞いて、大きく桜子は頷いた。自分にも出来ることがあるかもしれない。
「やってみます」
『頑張って。よかったら見守りたいから、私も連れていって』
「えっ、でも……」
『悪いようにはしないし、悪いこともしないわ』
「……」
アリア像がころころと笑う。
桜子は逡巡した。この小さな石像は、きっと魔のものだ。けれど不思議と、信じてもよい気がした。なにか、全身の血が温かくなるような安心感が、声を聞くだけで生まれたからだ。そしてそれは嘗てから、ずっとそばにあったものだ。昔は声こそ聞こえなかったけれど。
「わかりました」
こうして桜子は、祠から、小さな石像を取り出し、腕に抱える。
本当に小さく細いため、掌でも握れるかもしれない。
そのまま坂道を降りて馬車が停まっている所まで戻る。詩乃は、石像に対して特に何か感想を述べることもなかった。馬車へと乗り込み、四峰邸へと戻る。
すると。
玄関で、ちょうど出てきた礼人と顔を合わせた。
「あ」
「桜子さん。よかった、顔だけでも見られて」
「礼人様……」
「ちょっと着替えをとりによっただけだから、また今から出るよ」
外出していたのが悔やまれた。ポンっと礼人は微笑して桜子の頭を叩くように撫でる。
「いってきます」
「っ、いってらっしゃい」
必死で桜子が声を出すと、礼人は笑顔で頷き、己の馬車へと乗りこんだ。
それを見送ってから、桜子は自分の部屋へと戻る。やっと会えた。
『彼があなたの愛しい人なのね』
「……ええ」
『ならば、強くならないと。愛とは一方通行ではなく、双方向なのだから。彼を助け、あなたが彼を、次は撫でてあげるといいわ』
アリアの楽しそうな声を聞きながら、桜子はチェストの上に小さな石像を安置した。
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