あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第五章 ―― 百鬼夜行

【066】桜舞い散る春の夢

 この日は夜通し起きていたこともあり、桜子はゆっくりと日中眠った。
 すると、夢を見た。
 そこには、礼人に目元がそっくりの壮年の男性が立っていた。礼人の祖父にも似ている。目尻の皺だけが、年齢を感じさせる。軍服姿だが、階級章が礼人とは異なる。

「……」

 夢だと分かる。今はまだ冬だけれど、桜が咲いていたからだ。

「桜子さん」

 耳触りのよい低い声は穏やかで、とても温かく聞こえた。

「礼人を助けてくれてありがとうございます」

 続いて、今度は女性の声がした。淡い桜色の着物を纏った女性が、壮年の男性の隣に立つ。桜子は、この二人の姿を見たことがあった。応接間に飾られている、礼人の幼かった頃の写真だ。あちらは白黒だったが、面立ちで分かる。違いは、小さな礼人がここ・・にいないことだろうか。

「私はね、今際の際に、反枕の力で夢を見たんだよ。礼人が死ぬ夢だ。ただ、癒やしの力を持つ――きみが、礼人の体を、そして心を癒やしてくれる可能性の夢も見た。死の淵で曖昧であったから、この予知がどうなるのかは分からなかった。それに未来は変わるものだ。そして、同時にきみを視て、助けたいと願ったんだよ」

 壮年の男性が語る。礼人の父だと、桜子は正確に理解した。
 寄り添う女性は、礼人の母だ。

「ありがとう、礼人を助けてくれて。今までも、今も、そしてこれからもそうであることを私は望む。勿論、あなた自身の幸せもだが」
「あなた。あなたが望まなくても、桜子さんは、そばにいてくれたではないですか?」
「そうだな、お前のようだ」
「まぁ」

 二人はにこやかに笑い合っている。それを耳にし、桜子は大きく頷いた。

「わ、私は、礼人様のおそばにずっといたいです」

 すると二人が視線を桜子に戻し、そろって目を細めて笑った。

「私は嬉しいよ。礼人にあなたのようなお嫁さんがきて。あなたが浄癒の力を持たなくてもそれは変わらない。義父として、あなたのこともまた、礼人が大切にすることを願う」
「私もよ。ずっと、娘がほしかったの。礼人のお嫁さんを楽しみにしていたのよ。義母ははと呼んでほしいけれど、残念ながら私達はもう、常世にはいないから――こうして、化けて出るほかないかしら」
「おまえ。桜子さんを怖がらせるな」

 二人の間の穏やかな空気を見て、夫婦ふうふとは、こういうものなのだなと桜子は感じ入る。自分もこうして寄り添い隣に立って、礼人とともに歩いて行きたい。

「私は、この先どのような未来が待ち受けていても、それが辛いものならば礼人さんと一緒に変える努力をし、そして幸せな未来ならば、それが訪れるよう頑張ります。お義父とう様、お義母様」

 桜子は笑顔を浮かべようと思った。礼人もきっと、二人に会ったら幸せに思うだろう。

「そうか。反枕の夢も、悪いことばかりではないのだな、やはり。婚姻を結ぶようにと告げた私は、自分を身勝手だと思いもしたが――桜子さんが家族になって嬉しいよ」
「私も。娘が欲しかった、というより、桜子さんだから、好きになれるのよ」
「これからも、見守っているからね」
「礼人と、幸せにね」

 二人の言葉を聞いた直後、ハッと桜子は目を覚ました。
 カイが足元で丸くなって眠っている。

「今の夢は……」
『親を思う子の気持ちは、いつも大きいものよ。きっと桜子もすぐに分かるわ』
「アリア……」

 そう言いながら桜子は起き上がる。するとノックの音がした。
 返事をすると、詩乃が入ってくる。

「旦那様がお帰りです」
「今行きます」
「大切なお話があるそうで、書斎にきて欲しいそうです」
「分かりました」

 頷いてから、桜子は身支度をして、礼人の書斎へと向かった。中に入ると、紅茶の用意をしてから、執事の遠藤が下がる。

「桜子さん、あのね」
「はい」
「俺にも夜市にも異常は見つからなかった」
「よかった」
「ありがとう、桜子さん」
「いえ」
「――ただ、百鬼夜行での負傷者が多くて、その八割が瘴気被害なんだ。重症度は異なるから、医療班で対応出来るものもあるけれど。でも、軍の特務班の判断として、桜子さんに、浄癒の力で治療に協力してほしいということになったんだわ」

 礼人が水のように冷静かつ澄んだ目をして、桜子を見た。そして頭を下げる。

「協力して下さい」
「あ、頭をお上げ下さい! 私に出来る事なら」
「ありがとう。でも、無理もしないでください」
「はい」
「明日の朝から、一緒に軍に来てほしい」
「分かりました」

 礼人は顔を上げると、桜子を見て頷く。なにか、葛藤しているようにも見える眼差しだ。桜子を危険に晒すような真似はしたくないけれど、部下や仲間を見捨てられないというような面持ち。桜子にはその気持ちが分かる気がした。礼人は、優しいからだ。

「私、頑張ります」
「頑張りすぎないでくださいね」
「はい」

 こうして、桜子は翌日から軍へと、礼人と同じ馬車で向かうことに決まった。
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