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―― 第五章 ―― 百鬼夜行
【067】アリア像の瞳
朝、馬車の中で礼人がほぉっと息を吐いたので、桜子は顔を向ける。
女学院の制服の上に、礼人が買ってくれた外套を羽織っている。手袋と、マフラーも。
「どうかしましたか?」
「うん? 浄癒の力に副作用とかはないのかなと思って」
「ちょっと緊張することはありますが、うーん」
「たぶん精神力なんかが持っていかれるんじゃないかな」
「礼人様」
「なに? 心配のしすぎだって?」
「いいえ。私が疲弊したら、礼人様が癒やしてくださるんでしょう?」
当然のことだというように、桜子がまじまじと礼人を見る。見惚れたような顔をした礼人は、直後口を手で覆って顔を背けた。
「そうですね」
「なら、大丈夫です」
そんなやりとりをしながら、二人で軍に向かった。まっすぐに医療班の区画に行くと、そこは桜子が想像していた以上に地獄で、ベッドは満床、咳き込む者が多く、所狭しと医療従事者が動いていた。気を引き締めた桜子は、そこに加わった。顔馴染みの葛西医師や眞鍋が、次に対処すべき患者の指示を出してくれる。すぐに順応して動き始めた桜子を確認したのか、礼人は己の仕事へと向かったようだった。
それから三日三晩は寝ずの看病だった。
ようやく負傷者全員の様態が安定した頃、何度も熱い体で息を吐いて、桜子は迎えに来た礼人とともに馬車に乗った。礼人は昨日だって一昨日だって迎えに来たが、必死の桜子が帰らないと言い張り、治療を続けた結果だ。
「お疲れ様です」
馬車の中で、礼人が桜子の頭を抱き寄せた。桜子はぼんやりと礼人を見てから、手を伸ばす。そして礼人の頭を撫でた。
「なに?」
「撫でると癒やされるんでしょう?」
「俺の場合はね」
「アリアも撫でるくらいになりなさいって言っていたんです」
「そう。そうだ、落ち着いたらその『アリア』の確認もさせてもらいたいんだけど」
「ええ。私もアリアを紹介したいです」
そう告げてから、疲れきっていた桜子は、礼人にもたれかかるようにして眠ってしまった。次に目を覚ましたのは、お姫様のように抱っこをされているときだった。礼人が目を覚ました桜子に気付き、微苦笑してからベッドに下ろす。
「起こしてしまいましたね」
「……運んでくれてありがとうございます」
「なにか、先に少し食べる?」
「あ、そうだ。アリアの紹介を」
「疲れがとれてからでも……」
と述べた礼人の横で床に降りてから、桜子はまだ疲労からふらつく足で、アリア像の前に立った。そしてチェストの前で振りかえる。
「これがアリアです」
「ふぅん」
「アリア。礼人様です」
だが、アリアはなにも言わない。不思議に思って桜子が黒い小さな像を見る。そして首を傾げた。
「いつもは目が青く輝いているのに、どうして黒いんでしょうか」
「……部外者の俺がいるからかな。ほかにアリアの話す姿を見た者はいる?」
「いません。カイはいたけれど……で、でも、嘘じゃないんです」
「桜子さんを疑ったりしないよ」
礼人はそう言って隣に立つと、アリア像を見て、小さく頭を下げた。
「間接的にはあなたのおかげです。ありがとうございます」
それを聞いて、桜子は微笑しながら、同じようにぺこりと頭を下げる。
そうしていると、礼人が桜子の下ろしていた手に触れ、指先を握るようにして、手を繋いだ。それから、恋人繋ぎをする。
「でも、俺は撫でるほうが好きなので、余計な知識は吹き込まないで下さいね」
「あ、礼人様!」
「なんてね。さて、目が覚めたのなら、少しは食べた方がいい。食堂へ行こうか」
「はい」
こうして二人が部屋を出る。そのドアが閉まった頃、アリア像の瞳がサファイアのように輝いた。
『お幸せに』
その声を聞く者は誰もいなかったが、とても温かな声音だった。ころころと、笑みが続く。幸せが、そこにあるようだった。
女学院の制服の上に、礼人が買ってくれた外套を羽織っている。手袋と、マフラーも。
「どうかしましたか?」
「うん? 浄癒の力に副作用とかはないのかなと思って」
「ちょっと緊張することはありますが、うーん」
「たぶん精神力なんかが持っていかれるんじゃないかな」
「礼人様」
「なに? 心配のしすぎだって?」
「いいえ。私が疲弊したら、礼人様が癒やしてくださるんでしょう?」
当然のことだというように、桜子がまじまじと礼人を見る。見惚れたような顔をした礼人は、直後口を手で覆って顔を背けた。
「そうですね」
「なら、大丈夫です」
そんなやりとりをしながら、二人で軍に向かった。まっすぐに医療班の区画に行くと、そこは桜子が想像していた以上に地獄で、ベッドは満床、咳き込む者が多く、所狭しと医療従事者が動いていた。気を引き締めた桜子は、そこに加わった。顔馴染みの葛西医師や眞鍋が、次に対処すべき患者の指示を出してくれる。すぐに順応して動き始めた桜子を確認したのか、礼人は己の仕事へと向かったようだった。
それから三日三晩は寝ずの看病だった。
ようやく負傷者全員の様態が安定した頃、何度も熱い体で息を吐いて、桜子は迎えに来た礼人とともに馬車に乗った。礼人は昨日だって一昨日だって迎えに来たが、必死の桜子が帰らないと言い張り、治療を続けた結果だ。
「お疲れ様です」
馬車の中で、礼人が桜子の頭を抱き寄せた。桜子はぼんやりと礼人を見てから、手を伸ばす。そして礼人の頭を撫でた。
「なに?」
「撫でると癒やされるんでしょう?」
「俺の場合はね」
「アリアも撫でるくらいになりなさいって言っていたんです」
「そう。そうだ、落ち着いたらその『アリア』の確認もさせてもらいたいんだけど」
「ええ。私もアリアを紹介したいです」
そう告げてから、疲れきっていた桜子は、礼人にもたれかかるようにして眠ってしまった。次に目を覚ましたのは、お姫様のように抱っこをされているときだった。礼人が目を覚ました桜子に気付き、微苦笑してからベッドに下ろす。
「起こしてしまいましたね」
「……運んでくれてありがとうございます」
「なにか、先に少し食べる?」
「あ、そうだ。アリアの紹介を」
「疲れがとれてからでも……」
と述べた礼人の横で床に降りてから、桜子はまだ疲労からふらつく足で、アリア像の前に立った。そしてチェストの前で振りかえる。
「これがアリアです」
「ふぅん」
「アリア。礼人様です」
だが、アリアはなにも言わない。不思議に思って桜子が黒い小さな像を見る。そして首を傾げた。
「いつもは目が青く輝いているのに、どうして黒いんでしょうか」
「……部外者の俺がいるからかな。ほかにアリアの話す姿を見た者はいる?」
「いません。カイはいたけれど……で、でも、嘘じゃないんです」
「桜子さんを疑ったりしないよ」
礼人はそう言って隣に立つと、アリア像を見て、小さく頭を下げた。
「間接的にはあなたのおかげです。ありがとうございます」
それを聞いて、桜子は微笑しながら、同じようにぺこりと頭を下げる。
そうしていると、礼人が桜子の下ろしていた手に触れ、指先を握るようにして、手を繋いだ。それから、恋人繋ぎをする。
「でも、俺は撫でるほうが好きなので、余計な知識は吹き込まないで下さいね」
「あ、礼人様!」
「なんてね。さて、目が覚めたのなら、少しは食べた方がいい。食堂へ行こうか」
「はい」
こうして二人が部屋を出る。そのドアが閉まった頃、アリア像の瞳がサファイアのように輝いた。
『お幸せに』
その声を聞く者は誰もいなかったが、とても温かな声音だった。ころころと、笑みが続く。幸せが、そこにあるようだった。
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