67 / 70
―― 第五章 ―― 百鬼夜行
【067】アリア像の瞳
しおりを挟む
朝、馬車の中で礼人がほぉっと息を吐いたので、桜子は顔を向ける。
女学院の制服の上に、礼人が買ってくれた外套を羽織っている。手袋と、マフラーも。
「どうかしましたか?」
「うん? 浄癒の力に副作用とかはないのかなと思って」
「ちょっと緊張することはありますが、うーん」
「たぶん精神力なんかが持っていかれるんじゃないかな」
「礼人様」
「なに? 心配のしすぎだって?」
「いいえ。私が疲弊したら、礼人様が癒やしてくださるんでしょう?」
当然のことだというように、桜子がまじまじと礼人を見る。見惚れたような顔をした礼人は、直後口を手で覆って顔を背けた。
「そうですね」
「なら、大丈夫です」
そんなやりとりをしながら、二人で軍に向かった。まっすぐに医療班の区画に行くと、そこは桜子が想像していた以上に地獄で、ベッドは満床、咳き込む者が多く、所狭しと医療従事者が動いていた。気を引き締めた桜子は、そこに加わった。顔馴染みの葛西医師や眞鍋が、次に対処すべき患者の指示を出してくれる。すぐに順応して動き始めた桜子を確認したのか、礼人は己の仕事へと向かったようだった。
それから三日三晩は寝ずの看病だった。
ようやく負傷者全員の様態が安定した頃、何度も熱い体で息を吐いて、桜子は迎えに来た礼人とともに馬車に乗った。礼人は昨日だって一昨日だって迎えに来たが、必死の桜子が帰らないと言い張り、治療を続けた結果だ。
「お疲れ様です」
馬車の中で、礼人が桜子の頭を抱き寄せた。桜子はぼんやりと礼人を見てから、手を伸ばす。そして礼人の頭を撫でた。
「なに?」
「撫でると癒やされるんでしょう?」
「俺の場合はね」
「アリアも撫でるくらいになりなさいって言っていたんです」
「そう。そうだ、落ち着いたらその『アリア』の確認もさせてもらいたいんだけど」
「ええ。私もアリアを紹介したいです」
そう告げてから、疲れきっていた桜子は、礼人にもたれかかるようにして眠ってしまった。次に目を覚ましたのは、お姫様のように抱っこをされているときだった。礼人が目を覚ました桜子に気付き、微苦笑してからベッドに下ろす。
「起こしてしまいましたね」
「……運んでくれてありがとうございます」
「なにか、先に少し食べる?」
「あ、そうだ。アリアの紹介を」
「疲れがとれてからでも……」
と述べた礼人の横で床に降りてから、桜子はまだ疲労からふらつく足で、アリア像の前に立った。そしてチェストの前で振りかえる。
「これがアリアです」
「ふぅん」
「アリア。礼人様です」
だが、アリアはなにも言わない。不思議に思って桜子が黒い小さな像を見る。そして首を傾げた。
「いつもは目が青く輝いているのに、どうして黒いんでしょうか」
「……部外者の俺がいるからかな。ほかにアリアの話す姿を見た者はいる?」
「いません。カイはいたけれど……で、でも、嘘じゃないんです」
「桜子さんを疑ったりしないよ」
礼人はそう言って隣に立つと、アリア像を見て、小さく頭を下げた。
「間接的にはあなたのおかげです。ありがとうございます」
それを聞いて、桜子は微笑しながら、同じようにぺこりと頭を下げる。
そうしていると、礼人が桜子の下ろしていた手に触れ、指先を握るようにして、手を繋いだ。それから、恋人繋ぎをする。
「でも、俺は撫でるほうが好きなので、余計な知識は吹き込まないで下さいね」
「あ、礼人様!」
「なんてね。さて、目が覚めたのなら、少しは食べた方がいい。食堂へ行こうか」
「はい」
こうして二人が部屋を出る。そのドアが閉まった頃、アリア像の瞳がサファイアのように輝いた。
『お幸せに』
その声を聞く者は誰もいなかったが、とても温かな声音だった。ころころと、笑みが続く。幸せが、そこにあるようだった。
女学院の制服の上に、礼人が買ってくれた外套を羽織っている。手袋と、マフラーも。
「どうかしましたか?」
「うん? 浄癒の力に副作用とかはないのかなと思って」
「ちょっと緊張することはありますが、うーん」
「たぶん精神力なんかが持っていかれるんじゃないかな」
「礼人様」
「なに? 心配のしすぎだって?」
「いいえ。私が疲弊したら、礼人様が癒やしてくださるんでしょう?」
当然のことだというように、桜子がまじまじと礼人を見る。見惚れたような顔をした礼人は、直後口を手で覆って顔を背けた。
「そうですね」
「なら、大丈夫です」
そんなやりとりをしながら、二人で軍に向かった。まっすぐに医療班の区画に行くと、そこは桜子が想像していた以上に地獄で、ベッドは満床、咳き込む者が多く、所狭しと医療従事者が動いていた。気を引き締めた桜子は、そこに加わった。顔馴染みの葛西医師や眞鍋が、次に対処すべき患者の指示を出してくれる。すぐに順応して動き始めた桜子を確認したのか、礼人は己の仕事へと向かったようだった。
それから三日三晩は寝ずの看病だった。
ようやく負傷者全員の様態が安定した頃、何度も熱い体で息を吐いて、桜子は迎えに来た礼人とともに馬車に乗った。礼人は昨日だって一昨日だって迎えに来たが、必死の桜子が帰らないと言い張り、治療を続けた結果だ。
「お疲れ様です」
馬車の中で、礼人が桜子の頭を抱き寄せた。桜子はぼんやりと礼人を見てから、手を伸ばす。そして礼人の頭を撫でた。
「なに?」
「撫でると癒やされるんでしょう?」
「俺の場合はね」
「アリアも撫でるくらいになりなさいって言っていたんです」
「そう。そうだ、落ち着いたらその『アリア』の確認もさせてもらいたいんだけど」
「ええ。私もアリアを紹介したいです」
そう告げてから、疲れきっていた桜子は、礼人にもたれかかるようにして眠ってしまった。次に目を覚ましたのは、お姫様のように抱っこをされているときだった。礼人が目を覚ました桜子に気付き、微苦笑してからベッドに下ろす。
「起こしてしまいましたね」
「……運んでくれてありがとうございます」
「なにか、先に少し食べる?」
「あ、そうだ。アリアの紹介を」
「疲れがとれてからでも……」
と述べた礼人の横で床に降りてから、桜子はまだ疲労からふらつく足で、アリア像の前に立った。そしてチェストの前で振りかえる。
「これがアリアです」
「ふぅん」
「アリア。礼人様です」
だが、アリアはなにも言わない。不思議に思って桜子が黒い小さな像を見る。そして首を傾げた。
「いつもは目が青く輝いているのに、どうして黒いんでしょうか」
「……部外者の俺がいるからかな。ほかにアリアの話す姿を見た者はいる?」
「いません。カイはいたけれど……で、でも、嘘じゃないんです」
「桜子さんを疑ったりしないよ」
礼人はそう言って隣に立つと、アリア像を見て、小さく頭を下げた。
「間接的にはあなたのおかげです。ありがとうございます」
それを聞いて、桜子は微笑しながら、同じようにぺこりと頭を下げる。
そうしていると、礼人が桜子の下ろしていた手に触れ、指先を握るようにして、手を繋いだ。それから、恋人繋ぎをする。
「でも、俺は撫でるほうが好きなので、余計な知識は吹き込まないで下さいね」
「あ、礼人様!」
「なんてね。さて、目が覚めたのなら、少しは食べた方がいい。食堂へ行こうか」
「はい」
こうして二人が部屋を出る。そのドアが閉まった頃、アリア像の瞳がサファイアのように輝いた。
『お幸せに』
その声を聞く者は誰もいなかったが、とても温かな声音だった。ころころと、笑みが続く。幸せが、そこにあるようだった。
23
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
紅蓮の鬼神と華印の乙女〜神隠しにあった穢れモノの私が、最愛に出逢うまで〜
五城楼スケ(デコスケ)
キャラ文芸
──人とあやかしたちが混在する、大正時代に似たもう一つの世界。
名家、天花寺(てんげいじ)家の娘である琴葉は14歳の頃、十日もの間行方不明になったことがあった。
発見された琴葉にその間の記憶は一切なく、そればかりか彼女の髪の毛は雪のように真っ白に変わってしまっていた。
そんな琴葉を家族や使用人たちは、人目に付かないよう屋敷の奥深くに隠し、”穢れモノ”と呼び虐げるようになった。
神隠しに遭った琴葉を穢らしいと嫌う父からは使用人より下に扱われ、義母や双子の義姉弟たちからいじめられていた琴葉が、十六歳の誕生日を迎える直前、ある転機が訪れる。
琴葉が十六歳になった時、天花寺家の遺産を琴葉が相続するように、と亡くなった母が遺言で残してくれていたのだ。
しかし、琴葉を狙う義兄と憎む義姉の策で、琴葉は絶体絶命の危機に陥ってしまう。
そんな彼女を救ったのは、どこか懐かしい気配を持つ、妖しくも美しい青年だった。
初めて会うはずの美青年は、何故か琴葉のことを知っているようで……?!
神聖な実がなる木を守護する家門に生まれながら、虐げられてきた少女、琴葉。
彼女が十六歳の誕生日を迎えた時、あやかしが、陰陽省が動き出す──。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?
小達出みかん
キャラ文芸
両親を亡くし、叔父一家に冷遇されていた澪子は、ある日鬼に生贄として差し出される。
だが鬼は、澪子に手を出さないばかりか、壊れ物を扱うように大事に接する。美味しいごはんに贅沢な衣装、そして蕩けるような閨事…。真意の分からぬ彼からの溺愛に澪子は困惑するが、それもそのはず、鬼は澪子の命を助けるために、何度もこの時空を繰り返していた――。
『あなたに生きていてほしい、私の愛しい妻よ』
繰り返される『やりなおし』の中で、鬼は澪子を救えるのか?
◇程度にかかわらず、濡れ場と判断したシーンはサブタイトルに※がついています
◇後半からヒーロー視点に切り替わって溺愛のネタバレがはじまります
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
【完結】偽りの華は後宮に咲く〜義賊の娘は冷徹義兄と食えない暗愚皇帝に振り回される〜
降魔 鬼灯
キャラ文芸
義賊である養父を助けるため大貴族の屋敷に忍び込んだ燕燕は若き当主王蒼月に捕まる。
危うく殺されかけた燕燕だが、その顔が逃げた妹、王珠蘭に似ていることに気付いた蒼月により取引を持ちかけられる。
逃げた妹の代わりに顔だけは綺麗な暗君である皇帝の妃を決める選秀女試験に出て不合格になれば父の解放を約束するという密約を交わした。
記憶力抜群、運動神経抜群、音楽的才能壊滅の主人公が父のために無難な成績での選秀女試験不合格を勝ち取れるのか。
実は食えない性格の皇帝と冷徹だがマメな義兄蒼月に振り回され溺愛される燕燕は無事2人から解放されるのか。
後宮コメディストーリー
完結済
男装獣師と妖獣ノエル 2~このたび第三騎士団の専属獣師になりました~
百門一新
恋愛
男装の獣師ラビィは『黒大狼のノエル』と暮らしている。彼は、普通の人間には見えない『妖獣』というモノだった。動物と話せる能力を持っている彼女は、幼馴染で副隊長セドリックの兄、総隊長のせいで第三騎士団の専属獣師になることに…!?
「ノエルが他の人にも見えるようになる……?」
総隊長の話を聞いて行動を開始したところ、新たな妖獣との出会いも!
そろそろ我慢もぷっつんしそうな幼馴染の副隊長と、じゃじゃ馬でやんちゃすぎるチビ獣師のラブ。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる