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―― 第六章(終章)―― 春の兆しとチョコレート
【068】戻ってきた日常
色々なことがあった。
気付くとあっという間に二月が訪れていて、ようやく桜子は黒椿女学院へと登校した。ただ教室に、薫子と尋子の姿がないことに、心が痛む。先生が、二人とも結婚して退学したと説明していた。そうでないことを桜子は知っている。
これは登校する前、今朝の話だ。
「薫子さんと尋子さんは、どうなったんですか?」
不安に思って桜子が聞くと、視線を下げた礼人が少し低い声を出した。
「心配ですか? 自分を害した相手なのに」
「その、それは……」
助けてくれた礼人に聞くべきではなかったのではないかと口ごもると、ようやく視線をあげた礼人が嘆息した。
「そういう優しいところ」
「はい……」
「俺は好きだけどね」
「っ」
桜子が息を呑むと、礼人が微苦笑した。
「薫子さんはね、異形の鬼が成り代わっていて、本物は亡くなっていたんです」
「え……?」
「尋子さんはね、硫酸のダメージが、跡は消えても腕にまだ残っている様子だから、自宅で療養しているけど、醜聞を嫌った彼女のご両親が、少し家格が下の相手と見合いをさせることにしたらしい。尋子さん自身は、自分が何をしたのかよく記憶していない様子で――つまり、吸血鬼の暗示が解けた様子でね。一部覚えていることとして、きみに謝りたいと話しているようだけど、俺が謝罪は受け取らないと断った。当主としてね。許さないから」
礼人の目は冷ややかだ。
「ただ、手紙を書くことを許して欲しいと請われているから、時期を見て桜子さんの気持ちを聞こうとは思っていたよ。どうする?」
「わ、私は……手紙、嬉しいです」
「そう。ではそのように返事をしておくよ。勝手をしたと俺は思いはするけど、俺自身の選択に後悔はない。きみに会わせたくない、もう二度とね」
それを聞き、小さく桜子は頷いた。
その際に、礼人に聞いたのだ。
『便乗して、薫子嬢も婚姻と言うことにして、二人とも退学扱いだよ』
と。
ぼんやりと教室の戸口でそう考えていると、気付いた舞子が顔を向けた。
「おはようございます、桜子さん」
「舞子さん」
「ねぇ、え? 桜子って呼んでもいいかしら?」
「勿論です」
「私のことも舞子でいいわ」
「そ、それは慣れてきたら……」
「奥ゆかしいですね、本当。これだから高嶺の花は」
そんなやりとりをしながら席へと着く。
こうして二月の朝が始まった。節分は、気付いたら過ぎていた。その頃はまだ、医療班の本部に詰めっぱなしだった頃である。
この日の昼食は、舞子の誘いで、桜子は一緒にお弁当を食べることにした。
教室の皆は、物珍しそうな顔をしている。これまで舞子は一人で食べていたからだろう。
薫子と尋子のことは、他に結婚退学した他の学生と同様、朝に先生からお知らせがあったので、誰も気にしていない。もう自分達は、伴侶を選ぶ――選ばれる年齢だ。
「大活躍だったって聞いているわ」
「え?」
「医療班」
小声で舞子がいう。照れくさくなって、桜子は俯いた。
舞子はそれから、お弁当のおにぎりを見る。
「あ、そうでした。桜子さんは、バレンタインはご存じ?」
「え、ええ」
女学院では、主に下級生がお姉様になってほしいと望む上級生に、お菓子を贈る文化がある。
「チョコレートがいいらしいのよ」
「そうなんですか」
「私。しっかりと夜市に告白しようと思っているんです」
「まぁ……夜市さんに?」
桜子は驚いて目を丸くした。親しい様子だとは思っていたが、舞子の気持ちを知らなかったからだ。
嘗て、舞子と礼人の仲を疑ったのを思い出すと、より羞恥に駆られる。
「ええ。人生なにがあるか分からないもの。押していかなくちゃ」
しかし舞子は、そんな桜子の胸中に気付いた様子は無く、普段の凜とした静けさなどなかったように、力強く拳を握った。桜子は気圧されつつ、応援したいと考える。
「素敵です」
「だから、一緒にチョコレートの用意をしません?」
「用意ですか?」
「桜子さんだって、礼人様にあげるでしょう?」
「ぜ、全然考えてませんでした」
焦る桜子に、舞子がにこりと笑う。
「じゃあ今考えましょう。私、材料を持ってきたの。今日、あなたの家に行ってもいい? 四峰伯爵家に」
「舞子さんなら構わないと思います」
「ありがとう、桜子」
そんなやりとりをするうちに、お昼休みは終わりを告げた。
気付くとあっという間に二月が訪れていて、ようやく桜子は黒椿女学院へと登校した。ただ教室に、薫子と尋子の姿がないことに、心が痛む。先生が、二人とも結婚して退学したと説明していた。そうでないことを桜子は知っている。
これは登校する前、今朝の話だ。
「薫子さんと尋子さんは、どうなったんですか?」
不安に思って桜子が聞くと、視線を下げた礼人が少し低い声を出した。
「心配ですか? 自分を害した相手なのに」
「その、それは……」
助けてくれた礼人に聞くべきではなかったのではないかと口ごもると、ようやく視線をあげた礼人が嘆息した。
「そういう優しいところ」
「はい……」
「俺は好きだけどね」
「っ」
桜子が息を呑むと、礼人が微苦笑した。
「薫子さんはね、異形の鬼が成り代わっていて、本物は亡くなっていたんです」
「え……?」
「尋子さんはね、硫酸のダメージが、跡は消えても腕にまだ残っている様子だから、自宅で療養しているけど、醜聞を嫌った彼女のご両親が、少し家格が下の相手と見合いをさせることにしたらしい。尋子さん自身は、自分が何をしたのかよく記憶していない様子で――つまり、吸血鬼の暗示が解けた様子でね。一部覚えていることとして、きみに謝りたいと話しているようだけど、俺が謝罪は受け取らないと断った。当主としてね。許さないから」
礼人の目は冷ややかだ。
「ただ、手紙を書くことを許して欲しいと請われているから、時期を見て桜子さんの気持ちを聞こうとは思っていたよ。どうする?」
「わ、私は……手紙、嬉しいです」
「そう。ではそのように返事をしておくよ。勝手をしたと俺は思いはするけど、俺自身の選択に後悔はない。きみに会わせたくない、もう二度とね」
それを聞き、小さく桜子は頷いた。
その際に、礼人に聞いたのだ。
『便乗して、薫子嬢も婚姻と言うことにして、二人とも退学扱いだよ』
と。
ぼんやりと教室の戸口でそう考えていると、気付いた舞子が顔を向けた。
「おはようございます、桜子さん」
「舞子さん」
「ねぇ、え? 桜子って呼んでもいいかしら?」
「勿論です」
「私のことも舞子でいいわ」
「そ、それは慣れてきたら……」
「奥ゆかしいですね、本当。これだから高嶺の花は」
そんなやりとりをしながら席へと着く。
こうして二月の朝が始まった。節分は、気付いたら過ぎていた。その頃はまだ、医療班の本部に詰めっぱなしだった頃である。
この日の昼食は、舞子の誘いで、桜子は一緒にお弁当を食べることにした。
教室の皆は、物珍しそうな顔をしている。これまで舞子は一人で食べていたからだろう。
薫子と尋子のことは、他に結婚退学した他の学生と同様、朝に先生からお知らせがあったので、誰も気にしていない。もう自分達は、伴侶を選ぶ――選ばれる年齢だ。
「大活躍だったって聞いているわ」
「え?」
「医療班」
小声で舞子がいう。照れくさくなって、桜子は俯いた。
舞子はそれから、お弁当のおにぎりを見る。
「あ、そうでした。桜子さんは、バレンタインはご存じ?」
「え、ええ」
女学院では、主に下級生がお姉様になってほしいと望む上級生に、お菓子を贈る文化がある。
「チョコレートがいいらしいのよ」
「そうなんですか」
「私。しっかりと夜市に告白しようと思っているんです」
「まぁ……夜市さんに?」
桜子は驚いて目を丸くした。親しい様子だとは思っていたが、舞子の気持ちを知らなかったからだ。
嘗て、舞子と礼人の仲を疑ったのを思い出すと、より羞恥に駆られる。
「ええ。人生なにがあるか分からないもの。押していかなくちゃ」
しかし舞子は、そんな桜子の胸中に気付いた様子は無く、普段の凜とした静けさなどなかったように、力強く拳を握った。桜子は気圧されつつ、応援したいと考える。
「素敵です」
「だから、一緒にチョコレートの用意をしません?」
「用意ですか?」
「桜子さんだって、礼人様にあげるでしょう?」
「ぜ、全然考えてませんでした」
焦る桜子に、舞子がにこりと笑う。
「じゃあ今考えましょう。私、材料を持ってきたの。今日、あなたの家に行ってもいい? 四峰伯爵家に」
「舞子さんなら構わないと思います」
「ありがとう、桜子」
そんなやりとりをするうちに、お昼休みは終わりを告げた。
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